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東邦・女子医・昭和大:麻酔科で研究不正が多発する訳

筒井 冨美

残念なことだが、日本人科学者は「STAP騒動」など研究不正が多いことが知られている。研究不正で撤回された論文数ランキングの上位には、常に複数の日本人がランクインしているし、2018年には科学誌サイエンスで「ウソの潮流」という浮世絵を使って日本を暗示するような研究不正特集が組まれている。

tommaso79/iStock

2021年5月28日、ある日本人研究者が更なる不名誉記録を作ってしまった。昭和大講師だった麻酔科医C氏の研究内容について「発表した142本の論文に不正があり、117本に捏造や改ざんがあった」として、同大はC氏を懲戒解雇はとした。

117本は撤回論文数として世界第三位となる。これでワースト10のうち5名が日本人という不名誉記録を更新し、そのうち3名が麻酔科医となった(表参照)。

日本人医師のうち2.4%しかいない麻酔科医が、何故このように高確率に大規模研究不正に手を染めるのか、その構造的な病理について解説してみたい(年表参照)。

海外からの指摘を12年間放置した東邦大A准教授事件

一連の麻酔科研究不正の中で最も知られているのが東邦大A准教授事件だろう。研究不正論文数183本は、現在も世界一位を保持している。多くの研究者が疑問に思うのは「数本ならともかく、10本以上も不自然な論文が量産されたら、上司や同僚が気付くのでは」だろう。実際、A氏の論文は2000年の時点で、米国学術誌が「信じられないぐらいデータが整っている」と不正を指摘している。他に欧州学術誌からも同様の指摘があったが、日本麻酔科学会は黙殺し続けた。A氏は似たような研究論文を発表し続け、2005年には東邦大准教授に栄転した。

2012年4月、海外学術誌23誌の編集長から連名で、A氏の研究不正を疑うメールが送付され、日本麻酔科学会は重い腰を上げざるを得なくなった。同年6月、調査結果が発表され、172本の論文を「捏造あり」と判定した。と同時に、共著論文が多かった3名の麻酔科医については実名を挙げて厳しく責任追及している。しかしながら、直接の上司であった東邦大麻酔科教授は「共同著者でなかった」ためか、報告書内では全く言及されていない。

同年9月、A氏は日本麻酔科学会を退会し、学会がA氏を処分することは不可能になった。振り上げた拳の行先を失ったためか、学会理事長で岡山大学長でもあるM氏は不正論文の共同著者達を「譴責処分」と断罪した書簡を送付し、「始末書の提出」を要求した。

麻酔科論文不正処分通知書(※ 個人情報を消去した実物)

一連の対応は、日本人麻酔科医に2つの教訓を残した。

  • 研究不正がバレても、すぐに学会を退会したら処分されない
  • 教授でも共同著者としてサインしなければ、研究不正がバレても処分されない

である。

A事件で不正指摘されるも監視されなかった女子医大B准教授事件

案の定、似たような大規模研究不正が発覚した。2016年に海外研究者より東京女子医大B准教授の研究不正が指摘され、日本麻酔科学会が調査を開始した。2017年、学会はB氏の論文を研究不正と判定したが、B氏は学会を退会したので処分できなかった。

B氏はA事件報告書で「共著論文が多かった」として実名が挙げられた3名のうちの一人である。B氏上司は研究不正が再発しないよう厳しく監視すべきだったと思うが、学会報告書ではB氏上司だった教授の監督責任については言及していない。

元マッキンゼー/MBA教授でも防げなかった昭和大C講師事件

2020年、オーストラリアの学術誌がC氏の研究不正を指摘した。日本麻酔科学会は直ちに調査委員会を立ち上げたが、コロナ禍もあって調査は難航した。2021年5月、学会はC氏の117本の論文について研究不正と判定した。

C上司の教授は「東大医学部→海外MBA→元マッキンゼー」という異色の経歴で知られていたが、結果的には足元の研究管理もできなかったようだ。2021年2月には「東大医学部→マッキンゼー→ベンチャー役員→女子アナと結婚」した経営者が、週刊文春で「不適切な夜の濃厚接触」を報道されて降格されたが、2010年代にもてはやされた「名門医大→外資コンサル」というキャリアパスも、そろそろ斜陽なのかもしれない。

今回の報告書では「(上司である教授は)捏造及び改ざんへの関与は認定されなかったが、管理責任は問われる」と、教授の監督責任を明確にしたことが、A・B事件の報告書とは明確に異なっている。昭和大もC氏の懲戒解雇のみならず「上司教授を降格」「共同著者2名の博士号取り消し」と、A・B事件には見られなかった厳しい処分を下している。

不正告発者をクビにしたM氏が示す、学会幹部の研究倫理レベル

麻酔科で大規模不正が多発した理由の一つは、当時の麻酔科学会幹部の研究倫理レベルが著しく低かったことだろう。外科・内科などに比べて麻酔科は新興分野であり、特に昭和年代卒の麻酔科教授は他科に比べて研究業績が見劣りする者が多い。2013年のインタビューで、学会理事長のM氏が「外科は厳しい競争の世界。麻酔科はさほど競争はありません。頭角を現すのは簡単でしたよ。」と述べている。

A事件の当時に学会理事長だったM氏は岡山大学長でもあった。2014年、岡山大では「薬学部教授2名が医学部の大規模研究不正を告発」するが、2015年には内部調査委員会で「不正なし」と結論付けた。更に、2016年には「パワハラ」で告発者2名を解雇し、現在も裁判が継続中である。まあ、そういう人材がトップを務めている組織では…自浄作用など期待してもムダなのだろう。

2021年6月3日、日本麻酔科学会総会がWeb開催された。案の定、研究不正についての言及はなかった。理事長に次ぐ主要ポストである常務理事の一人が、Web講演で「アメリカのメディケアという病院の患者」と述べて、SNS上で失笑された。米国のメディケアとは日本の国民健康保険のような医療保険の一種であり、病院の名前ではない。常務理事は「普段、英文医学論文をあまり読んでいない」とバレたようなものだったからである。

しかしながら、こういうガラパゴス老教授も次第に定年となり、外科・内科教授と比べても見劣りしない業績の麻酔科教授も増えている。C事件に対する学会の迅速で妥当な報告書は、学会幹部の世代交代と共に研究不正への処分も適正化されていきそう…と個人的には期待が持てるものだった。