カーボンゼロのニュースが氾濫しています。2050-60年に実質ゼロとするという政治目標に社会も企業も踊らされています。ところが現実には無理難題と思われるところもあります。2030年の削減目標などは各国の首脳が勝手に盛った数字で、下から積み上げたものでも実現可能な予想を出したものでも何でもありません。そこに向かって世界が驀進しようとしていますが、歪みは当然あります。そこを少し考えてみましょう。
EV化。多くの自動車メーカーが電気自動車の投入に熱心ですが、バンクオブアメリカの調査部門が発表したレポートには2025-26年にバッテリーは枯渇する、26-30年の入手は非常にタイトと。人々がEVに乗り換える傾向が強まればその需要に合わせたEV用の電池の需要も爆発的に増大しますが、その製造はその需要を満たさない、というわけです。
仮にそのレポートの通りになったとすればEV車の価格高騰と普及率の減速化、併せて内燃燃料車やハイブリッドの見直しとつなぎ期間が長くなることはありえます。
私は今、EVチャージャー業者と会社の施設への導入の話をしていますが、製品は不足しています。半導体不足だからです。今後、EVチャージャーは爆発的潜在需要が生まれますが、その製造能力とそれを設置する場所の議論も進みません。つまり、電気自動車の普及一つにしても自動車メーカーの努力だけでは社会の仕組みがそう簡単に変えられないのです。
ならばいっそのこと、車そのものを減らす、という発想があるべきなのですが、それは自動車メーカーと行政や政治の結びつきからそういう話にならないのです。つまり、議論の展開が都合の良い方に進んでいるのです。
視点を変えましょう。温暖化を抑える方策に於いて、大都市のヒートアイランド化対策についてもう少し議論があってもよいと思っています。東京の過去100年間の平均温度の上昇は3度。それに対して地方は1度。その差はヒートアイランド現象ではないかとされています。その原因はアスファルトやコンクリートでおおわれていること、自動車や冷房設備からの熱量、密接なビルによる風通しの悪さなどが指摘されています。ところが都市部の開発における緑化義務内容は非常に低く、緑化のレベルは欧米のそれに比べて明らかに低くなっています。
山間部などで土砂崩れ防止の工事を各地で行っていますが、そもそも居住できる場所を無理やり作り上げた乱開発もその背景にあるでしょう。熱海の土石流事故もそもそもなぜ、そこを開発しなくてはいけなかったか、そしてその下に住宅があるのになぜ、当局は工事を認めたのか、という原点に立ち返る必要はあると思っています。どこに住もうと自由じゃないか、というのは時代遅れの発想で本来であれば雨水やその浸透を考え、我々は土地を自然に戻しながら共生することも考えなくてはいけないのです。
石油の扱いを止める、という企業が増えてきました。世界最大の鉱山会社BHPが石油天然ガス事業から撤退を検討と報じらています。私は「BHPよ、おまえもか」と思わずつぶやいてしまいました。アメリカのシェールオイルはトランプ政権の時代には全盛期を迎え、掘削リグは1300を超えていました。今ではこれだけ原油価格が上昇しても450程度です。もう、銀行も投資家も掘削リグ投融資は社会的同意を得にくく企業のポリシーに反する、というわけです。
では2-30年後に原油の供給が十分に出来なくなったらどうなるでしょうか?先進国は天然ガスに風力発電、太陽光発電、もしかすれば新型の小型原発に切り替えているかもしれませんが、途上国はそういうわけにはいかないのです。ごく一部の先進国だけが進めても地球全体のバランスでは非常に悪いものになります。
中国はどうやってエネルギー政策において石炭から脱却するのでしょうか?ドイツはフランスから原発の電力を買い、ロシアからのパイプラインでしのぎながら自国は環境重視の先進国だというのでしょうか?これではおかしいのです。そもそも新興国には大都市が数多くあり、それらの国、都市が2030年、2050年までといったスパンの間に先進国化する点を忘れてはなりません。
経済産業省がエネルギー基本計画の素案を有識者に提示しています。日経の社説では「数字合わせで終わらせるな」と指摘しています。今の段階ではどんな数字でも作れるのです。ただ、2030年はさほど遠い先ではありません。現実とその弊害も考慮すべきでしょう。ところがカーボンゼロは政治の小道具になっています。いまそれを主張する人や会社は支持を得られ、それで良いのですが、その対価を払うのは誰なのか、また他にもアプローチがあるのではないか、といった総合的な議論があまりにも欠落しているように思えます。
社会は変えられます。しかし激変は副作用も大きいということを考慮すべきだと思っています。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年7月22日の記事より転載させていただきました。