インフレを嫌う日本

インフレ、この言葉に一番強い反応を示すのは日本の主婦かもしれません。スーパーマーケットに日々通勤する中で5円10円の価格差に鋭く目を光らせ、店側が客寄せ用で売り出す赤字覚悟の特別価格の商品に一目散、今日はそれを買う予定がなかったけれど今夜のおかずの計画を変更してでも目玉商品を手にします。

metamorworks/iStock

ではお父さんはどうなのでしょうか?「お小遣い」を月々何万円か貰う中で昼食をしてたまには飲みたい日もあるでしょう。しかし、月々の枠組みが仮に3万5000円でワンコインランチが月20回で1万円。週に一回、一人飲みが2500円x4=1万円。ここまでケチってようやく確保した計算上の1万5千円もあれ、財布を見ればすっからかん。どこで流出したのかわからない使途不明金にぼやいているのが関の山でしょうか?

こんなお父さんとお母さんの「やりくり大奮闘記」は過半数の家庭でごく日常的に行われています。では独身は貴族かといえばとんでもない話です。彼ら、彼女らの生活も結局はアパートなりシェアハウスの家賃で5-6万円が飛び、食費や雑品や服飾や生活必需品もありますが、交際費が彼らには多く、年に何度かの旅行出費もあります。それでも堅実な女性は年100万円どころか数百万円貯める猛者もいます。「Youはなぜ貯金を?」を聞けば将来マンションを買う頭金にすると。世の男は楽になったものだと思いきや、「私、ずっと一人なので」「結婚してもこの頭金はへそくっちゃいますので」という世知辛さであります。

アメリカで学資ローンが社会問題になっていますが、無くなることはありません。卒業後に必死でローンを返すために大学は無事卒業し、良い待遇を受けられる企業に就職しなくてはいけないという切迫感があります。ローンが払えなければ保証人の親にどつかれます。とすれば就職後も仕事を頑張り、年次の査定では「私、これだけ目標を達成したので給与はこれだけ上げてもらわないと」と厳しい要求を突きつけます。受け入れられなければライバル会社に給与2割増しで転籍する、という渡り鳥は今でも健在です。つまり、人件費が否が応でもインフレします。これも一種のコストプッシュ型のインフレでしょう。

以前、私は消費は「循環消費」に入っていると申し上げました。製品やサービスが成熟すると特段、目新しさが無くなるため、使い切るまで、あるいは壊れるまで使ったり、サービスを受ける頻度を落としたりします。例えば携帯電話は出始めの頃は2年に一度、当たり前のように交換していましたが、今は4-5年、普通に使っています。自家用車なんて10年モノは当たり前になりましたが、70-80年代は4-5年で乗り換えていませんでしたか?それはどんどん新しいものが生まれ、消費意欲を掻き立てたからです。

昨日、EVの話をしましたが、これも「ガラガラポン」させることで新たなる莫大な需要を作ることができる欧米の戦略です。コロナで宅配ビジネスが生まれました。これも無から有を生んだのですが、経済的インパクトは小さかったと思います。理由は需要が蒸発したところにデリバリーで需要を生むのはよかったのですが、ギガワーカーと称する配達の人達が一気に数多く参入し、業界としてレッドオーシャン化し、ギガワーカーの収入は減るわ、デリバリー会社同士の競合は激しいわ、挙句に顧客からは「高いから自分でピックアップする」となれば需要は想定ほど創出されなかったことになります。

カナダで不動産の話をすれば誰しも「ローンを組んで早く買った方がいい」と。理由は第一次取得者層のハードルが上がり過ぎてそのうち、買えなくなるからとされます。ところが何年たってもそれが起きなかったのは労働者の収入もインフレしたので思った以上のローンが組めるのです。私のところの元従業員氏は最近、遂に家を買ったと。「ほう、頑張ったね、大変だったんじゃない?」と聞けば「ローン、(日本円換算)8000万円組めました」と。ええぇ?です。どうして、と聞けば彼の年収は日本円でいう1000万円以上。私のところにいたときには300万円だったけど、学校に行き、技術を磨き、7-8年で3倍以上です。

インフレもどの面を見るか、次第です。若いときは給与が毎年5-10%上がり、転職して20%上がり、資格取って30%上がり…が今でも現実に起きています。もちろん、頑張った人間の話です。では頑張らない人やユニオン(労働組合)に入っているようなワーカーはどうか、と言えば最低賃金が20年で2倍になったのでスライドで上がる部分もあるし、それ以上に親の財産を継ぐ世代が今の時代は多いのです。ブーマー族からその子供たちへの資産の引継ぎです。それに伴い、更にその子供たちにも分け前が行きやすくなっています。これは世代間をまたぐ「トリクルダウン」と私は称します。

日本はこの相続の部分が問題です。そもそも相続対象の金品がないのです。令和元年、日本で相続税の対象者は8.3%、12人に一人です。それも相続税改変になったからでその前は4%そこそこだったのです。相続税対象者は3000万円プラス600万円x法定相続人です。決して目の玉が飛び出る金額ではないのにそれがないのはインフレしなかったのが全ての理由です。

高橋洋一氏が「給料低いのぜーんぶ日銀のせい」という最新の著書を出し、ベストセラー1位になっているようです。日銀は何を嫌ったのかといえばインフレなのです。おまけに奇妙な経済学者らしき人達が「そんなことすればハイパーインフレになる」と事あるごとに叫ぶのです。ハイパーインフレは天変地異が起きない限り日本では起こりえません。いや、世界でもハイパーインフレは特殊状況下でないと起きなくなりました。左派的思想者と想像力豊かな方々のコラボで日銀も「インフレ恐怖症」となってしまったのが現実です。

一定水準のインフレは怖くありません。5%ぐらいでも一時的なら大丈夫です。日経のコラム「一目均衡」に編集員記事で「日本株『日銀離れ』始まる」と題し、日本株が低迷していた原因の一つに日銀悪玉説を上げ、その日銀がETFを買わなくなったのでいびつな株価形成が止まり、好転するきっかけになったとあります。

日本をダメしたのは誰でしょうか?日銀かもしれないし、石油ショックがトラウマになった主婦層のインフレ恐怖症かもしれないし、フリーターでもお気楽な生活を選んだ若者にも原因がないとは言えないでしょう。日本ではもう熱血漢なんて流行らないのでしょう。スマートに枠にはまる、です。

だけど、ごめんなさい、私にはそれは全く出来ないです。ぶきっちょで枠から飛び出しちゃうんですねぇ。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年8月4日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。