ウィーンに事務局を置く包括的核実験禁止機関(CTBTO)は9月、国連総会で条約が採決され、署名が開始されて25年目を迎える。それを記念して国連郵便は今月27日、10枚連刷の切手などを発行する。モチーフはCTBTOが構築中の国際監視制度(IMS)関連だという。同時に、CTBTOでは8月1日を期して豪外務貿易省保障措置・不拡散事務局長のロバート・フロイド氏(Robert Floyd)がラッシーナ・ゼルボ事務局長の後任事務局長(任期4年)に就任したばかりだ。
CTBTは署名開始から25年の年月が経過するが、法的には発効していない。署名国数は8月現在、185カ国、批准国170国だ。その数字自体は既に普遍的な条約水準だが、条約発効には核開発能力を有する44カ国(発効要件国)の署名、批准が条件となっている。その44カ国中で署名・批准した国は36カ国に留まり、条約発効には8カ国の署名・批准が依然欠けている。
具体的には、世界最大の核保有国・米国、世界の制覇の野望に燃え核戦略の強化に乗り出してきた中国、インド、パキスタン、イラン、エジプト、イスラエル、北朝鮮の8カ国が条約の発効を阻止している。そのうち、過去6回の核実験を実施した北朝鮮は未署名だ。
米国はクリントン政権時代、上院が1999年10月、批准を否決した。核全廃を主張してノーベル平和賞(2009年)を受賞したオバマ政権には全く批准への動きはなかった。言行不一致の典型的な例だ。中国共産党政権は過去、国会で審議中だと説明してきた。習近平国家主席は核兵器の使用可能な兵器化を推進しているから、批准は難しい。米紙ワシントン・タイムズによると、中国は最大4000発の核弾頭を保有している可能性があるという。中国は米国の批准の動きを見ているのだろう。インドとパキスタン両国は一方が批准すれば、他方が批准に応じる可能性は十分考えられる。
問題はイランだ。同国で今月、穏健派のロウハニ大統領に代わって保守強硬派のライシ師が新大統領に就任した。ライシ新大統領の新閣僚が明らかになったが、イランの核合意の立役者だったザリフ氏は外相から外され、反欧米派のアブドラヒアン元外務次官が外相に選出された。この結果、ウィーンで開始されたイラン核協議の進展に陰りが出てきた。
イラン核協議は国連常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国とイランとの間で13年間続けられた末、2015年7月に包括的共同行動計画(JCPOA)が締結されたが、トランプ米大統領が18年5月8日、「イランの核合意は不十分」として離脱を表明した。バイデン政権は「JCPOAに再加盟する」と表明。それを受け、イランと6カ国間で交渉がスタートしたばかりだ。
イスラエルのベニー・ガンツ国防相は4日、「イランは2015年7月に核合意したJCPOAの内容に全て違反している。同国は10週間以内に核兵器用の核物質を生産できる」と警告している。
一方、イスラエルは核保有国と受け取られているが、同国は正式には核保有を認めていない。そのイスラエルのGilad Erdan駐米大使が、「わが国は核を保有している」と示唆するツイッターを発信していた、という情報が流れてきた。米国のインターネット・メディア「ザ・インターセプト」が8月12日に報じた。
これが事実とすれば、大きなニュースだ。問題は、なぜこの時に核保有を示唆する発言をする必要があるかだ。同大使が失言したとは考えられないから、イランを意識した発言でないかと推測できる。「わが国は核保有をしている。いざとなれば……」と示唆することで、イランに警告を発することができるからだ。
最後に、北朝鮮の場合、平壌は米国との非核化交渉とは関係なく、核兵器を破棄する考えはない。必要ならば、核実験もするだろう。他の7カ国が批准したとしても、北朝鮮は署名も批准も拒否するはずだ。金正恩政権は、リビアのガダフィ政権が欧米からのオファーを受け、核開発を放棄した後、崩壊したことを知っている。だから、リビアの再現を絶対に回避するからだ。
CTBTOは現在、国際監視制度(IMS、目標337カ所)を構築中で、世界各地で既に302カ所の監視施設が連結されている。IMSは核爆発を探知するネットワークで全世界に4種類の観測所(地震観測所、微気圧振動観測所、水中音波観測所、放射性接種観測所)を設置し、監視している。IMSは過去、インドネシアの大津波など自然災害の対策にも大きく貢献してきた。
国連郵便は記念切手の発行を通じてCTBTの重要性をアピールたいところだが、早期発効の可能性は限りなくゼロに近い。それを打破するためには、発効要件国を明記した条約第14条の改正以外にないが、条約の改正を実施した場合、全ての署名・批准は振出しに戻る。これまた大変だ。フロイド新事務局長には幸運と健闘を祈るばかりだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年8月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。