会長・政治評論家 屋山 太郎
横浜市長選で小此木八郎氏が大敗したのは、国民の菅義偉首相に対する期待が全く外れたことの表明ではないか。小此木氏は現職の議員でかつ国家公安委員長という閣僚ポストを捨てて出てきた人物。横浜は自分の地盤でもあり、菅氏が仕切り役を務める神奈川県内だ。
この敗北は、任期満了に伴う総選挙に重大な影響をもたらすのは必至だ。これまで自民党は菅氏を担いで党内派閥で話をつける思惑だった。しかし横浜市長選の敗北の様を見て、選挙に不安な若手が一気に騒ぎ出した。この勢いで選挙なら、必ずやられると恐れている。安倍晋三、麻生太郎の両氏は、それぞれの派閥と二階派がくっつけば、総裁選はほぼ決まりと読んでいたが、党内の様相が全く違うことに気付いたようだ。内閣支持率は産経新聞によると31%。時事通信によると29%だという。このレベルに直面すれば、与党が倒閣に動いてもおかしくない。
菅首相の立居振る舞いは、さながら官房長官である。彼が今なお官房長官ならそのままで良いが、残念ながら総理に格上げされたのである。その格上げされた人物がモノを言う時、書類を読むのは見るに堪えない。首相を嘱望された稲田朋美氏が防衛大臣になると、ひたすら官僚の書いた答弁書を読んだ。これで総理の資格なしと判定された。私が見ていて堪らないのは、首相がペーパーに目を落として最後のセリフまで読むことだ。そんな時は大抵、新型コロナ対策分科会の尾身茂会長も同席している。尾身氏はバッハIOC会長が再来日した時「オンラインでできないのか」と難癖をつけた挙句、「やる以上、なぜやるのかというメッセージは改善する余地があった」とうそぶいた。尾身氏の仕事はコロナの分析に限られる。オリンピックに発言権があるのはバッハ氏と菅首相だろう。
こういう分を弁えない人物を常時引き連れてテレビに出てくるのは耐えられない。G7の年間の超過死亡率(全死亡者数が平年に比べてどれくらい増減したかを示す)は米国プラス20.2%、英国19.6%と大幅にプラスである。ところが日本だけはマイナス1.4で、この現象に欧州各国は仰天した。その分だけ保健所に負担がかかっている訳だが、これはコロナの扱いを黒死病並みにしたからだ。インフルエンザ並みの扱いにする手もあったという医師もいる。尾身氏の指図で政治が全て薄暗がりの中で行われているかの如くだ。風邪にとらわれすぎて経済も殺した。
安倍氏は日本を世界の中に押し出した。押し出された日本は相応の働きをしているのか。菅政権になって外交の明かりも消えた。国会終了間際、中国のウイグル政策に強く反対する決議を自民党の下村博文氏がまとめたが、最後に二階俊博幹事長がサインする番になったら、二階氏の子分、林幹雄氏が「公明党にも相談しなければ…」と引き取って潰した。総裁選の各候補者の所信を読んだが、最高賞は高市早苗氏であった。立派な考え方である。
(令和3年9月1日付静岡新聞『論壇』より転載)
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屋山 太郎(ややま たろう)
1932(昭和7)年、福岡県生まれ。東北大学文学部仏文科卒業。時事通信社に入社後、政治部記者、解説委員兼編集委員などを歴任。1981年より第二次臨時行政調査会(土光臨調)に参画し、国鉄の分割・民営化を推進した。1987年に退社し、現在政治評論家。著書に『安倍外交で日本は強くなる』など多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2021年9月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。