多義語の誤謬

藤原かずえ講座

多義語の誤謬

fallacy of equivocation / doublespeak

前提となる言説に使われている多義語を誤解釈して異なる結論を導く

情報操作と詭弁論点の誤謬論点曖昧多義語の誤謬

<説明>

論証とは前提から結論を導くプロセスですが、前提となる言説に多義語が使われている場合には、その多義語について真実と異なる解釈を行うことで、異なる結論を導いてしまうことがあります。これを多義語の誤謬と言います。

詭弁を使うマニピュレーターは、この多義語につけこんで、意図的に前提となる言説を誤解釈することで自分にとって好都合な結論を導きます。

誤謬の形式

前提の言説Spに使われている多義語Wの意味はmfなので、結論の言説Scfが導かれる。

※ここで、多義語Wの意味するところはmfではなくmtであり、前提の言説Spから導かれる真の結論の言説はSctである。

<例1>

<例1a>
A君:明日は大雪警報が出ているけど、学校あるかな?
B君:鉄筋コンクリート製だから、なくなることはないと思うよ

A君は、翌日に学校の授業があるか否かについてB君の意見を求めていますが、B君はてっきり学校の建物があるか否かについて問われたものと考えています。

<例1b>
会社の部長:この書類、一部焼いておいてくれ。
会社の若手:燃えカスはどこに捨てればいいでしょうか?

部長は昔の青焼きコピーのつもりで若手に書類のコピーを頼んでいますが、若手はてっきり書類を焼却処分するものだと思っています。

<例1c>
会社の先輩:会議の動画が記録されているこのCD、コピーしといてくれる。
会社の後輩:カラーにしますか?白黒にしますか?

先輩は後輩にCDの複製(ディスクコピー)を頼んでいますが、後輩はてっきりCDをコピー機で複写印刷するものだと思っています。

以上の例について「そんな奴おらへんやろ~」と思われるかもしれませんが(笑)、理論的にはあり得ます。これらの例における「学校がある」「書類を焼く」「CDをコピーする」という言葉について、発言者が意図しているのは「学校の授業がある」「書類をコピーする」「CDを複製する」という意味ですが、情報受信者が解釈しているのは「学校の建物がある」「書類を焼却する」「CDを複写する」という発言者の意図とは異なる意味です。

例1aでは、A君が「学校の授業がある」ことを「学校がある」と比喩したことから勘違いが生じています。授業および建物が学校という場所と空間的に関連する(隣接する)ことから、「学校の授業」「学校の建物」はしばしば「学校」と比喩されます。

例1bでは、部長が「複写する」ことを「焼く」と比喩したことから勘違いが生じています。昭和時代には、青焼複写機という道具を使うことを意味する「焼く」という行為によって「複写する」のが主流でした。これらは時間的に連続する(隣接する)行為なので、昭和時代の人は「複写する」を「焼く」と比喩したのです。

例1cでは、先輩が「CDの複製」という言葉を「コピー」と表現したことから勘違いが生じています。「複製」と「複写」という言葉は、いずれも「同じものを作る」という概念上の関連性(隣接性)から「コピー」という英語表現で代表されます。

このように空間的、時間的、あるいは思考内で隣接する2つの事物について、一方の表現で他方を比喩(意味の拡張)することを【認知意味論 cognitive semantics】において【メトニミー=換喩 metonymy】と言います。現実社会の言葉表現にはこのようなメトニミーが普通に存在し、多義語の誤謬を引き起こすのです。

<例2>

<例2a>
母:テストで結果を出さないとね。
子:それなら今日0点取ったよ。
母:え~!そんなんじゃダメ!
子:テストで結果出したじゃない。

母が言う「結果」とは「よい結果」であり、子が考えている一般的な意味の「結果」ではありません。

<例2b>
母:今日は花見しましょう。公園に行くから用意しなさい。
子:公園まで行かなくても庭にチューリップが咲いているよ。

母が言う「花」とは「桜」のことであり、子が考えている一般的な意味の「花」ではありません。

<例2c>
母:約束通りご飯を食べに行くから用意しなさい。
子:え~嘘~!昨日はスパゲティ食べに行くって約束したじゃない。

母が言う「ご飯」とは一般的な「料理」のことであり、子が考えているような「米を炊いたもの」ではありません。

例2aにおいて、発言者は「結果」という一般的な言葉を使って「よい結果」という特殊な意味を意図しています。例2bも同様で、発言者は「花」という一般的な言葉を使って「桜」という特殊な意味を意図しています。一方、例2cにおいて、発言者は「ご飯」という特殊な言葉を使って「料理」という一般的な意味を意図しています。認知意味論の分野においては、このような一般的な表現で特殊な意味を意図する比喩、ならびに特殊な表現で一般的な意味を意図する比喩(意味の拡張)を【シネクドキ=堤喩 synecdoche】と言います。現実社会の言葉表現にはこのようなシネクドキが普通に存在し、多義語の誤謬を引き起こすのです。

<事例1>

<事例1a>TBSテレビ『サンデーモーニング』2021/08/08

唐橋ユミアナ:入江が勝利し、金メダル。ボクシングで日本女子がメダルを獲得するのはこれが初めてです。

関口宏氏:はい、張さんいかがでしょう。

張本勲氏:女性でも殴り合い好きな人がいるんだね。どうするのかな。嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合ってね。こんな競技好きな人がいるんだ。それにしても金だからアッパレあげて下さい。

<事例1b>TBSテレビ『サンデーモーニング』2021/08/15

関口宏氏:次はスポーツのコーナーに入りますが、その前に番組からお詫びをしなければなりません。唐橋さんよろしく。

唐橋ユミアナ:先週のスポーツコーナーで、張本勲さんのコメントの中に、女性およびボクシング競技を蔑視したと受け取られかねない部分があり、日本ボクシング連盟より抗議文が寄せられました。不快に思われた関係者の皆様、そして視聴者の皆様、大変申し訳ございませんでした。

関口宏氏:いやぁ、私も会話の途中でも、間違いを糺せばよかったかということを反省させられました。張さん、どういうふうに受け取っていらっしゃいますか?

張本勲氏:今回は言い方を間違えて反省しています。以後気をつけます。

東京五輪のボクシング女子フェザー級で金メダルを獲得した入江聖奈選手に対する張本勲氏の発言は、(1)ジェンダーを根拠にその指向を否定する「女性でも・・・な人がいる」という女性に対する蔑視、(2)結婚前の女性を「嫁入り前のお嬢ちゃん」と表現する女性に対する揶揄、(3)「嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合ってね」という結婚前の女性に対する行動の自由の否定、(4)ボクシングを「殴り合い」と表現するスポーツ競技に対する揶揄が含まれています。このうち(2)(4)は言葉の使用法で改善できるので、張本氏の「言い方を間違えた」という表現は正当な反省と言えますが、(1)(3)は言葉の使用法では改善できないので張本氏の「言い方を間違えた」という表現は不当な反省と言えます。ただし、「言い方」という言葉の意味を「発言全体」と解釈すれば、正当な反省と言えないわけでもありません。張本氏は、このシネクドキを利用することによって、何について反省したのかという説明責任を回避したのです。その意味で「言い方を間違えた」という釈明方法は見かけ上は無敵であると言えます。

さて、この欺瞞について、当日の番組出演者である姜尚中氏・安田菜津紀氏・薮中三十二氏・松原耕二氏からは何の批判もありませんでした。ちなみに、このうち安田菜津紀氏は、「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」と発言した森喜朗・東京五輪組織委員会会長の謝罪会見、および会見の場にいた聴衆の沈黙に対して、過去の番組で次のように非難していました。

<事例1c>TBSテレビ『サンデーモーニング』2021/02/07

安田菜津紀氏:先程、カッコつきの謝罪会見の模様があったが、中身の伴わない形だけの謝罪会見がここでまかり通ってしまえば、これはまるでとるに足りない問題であるかのような誤ったメッセージを日本社会や国際社会や次世代に発してしまう。この発言がその場で黙認されてしまった、まかり通ってしまったことを重く受け止めなければならない。こうしたことが繰り返されてしまう土壌やこうした発言が下支えされてきてしまった社会構造にも切り込んでいく必要がある。

発言の翌日に会見を開き、「オリンピック・パラリンピックの精神に反する不適切な表現であったと認識しています。深く反省をしております」という言葉を先頭に3分間にわたって謝罪するとともに15分以上の質疑応答を行った森会長の謝罪会見が「カッコつきの謝罪会見」であるのならば、女性アナに謝罪させて本人はわずか5秒程度の謝罪で済ませた張本氏の謝罪は何の中身も伴っていないのは明白です。安田氏は「その場で黙認したこと」=「取るに足りない問題」というシネクドキを認識しています。つまり、張本氏の謝罪をその場で黙認した安田氏は、張本氏の発言を取るに足りない問題であると考えていることになります。外集団に対しては烈火のごとく非難する一方で内集団に対してはその場で批判しない『サンデーモーニング』という番組の土壌や構造に問題があることは明白です。

<事例2>

<事例2a>フジテレビ『バイキングMORE』2021/08/11

伊藤利尋アナ:続いては夏休み特別企画です。坂上さんと水曜メンバーがユニバーサル・スタジオ・ジャパンに、これかなり前ですね。緊急事態宣言の前におじゃまをしてきました。今は不要不急の外出は難しいタイミングですが、VTR、気持ちだけでも一緒に行った気分になっていただければと思います。バイキングメンバー、おじさんたち本気で楽しんでます!

これは、フジテレビのワイドショー『バイキングMORE』における「20周年 USJの魅力をご紹介! 大人の夏旅行へHere We Go!スペシャル(放映時間:50分)」という夏休み特別企画を伊藤アナが冒頭で説明したものです。この説明において、伊藤アナが発した「これはかなり前ですね」「緊急事態宣言の前」という言葉は「緊急事態宣言の前の安全な時期」を示すメトニミーであると言えます。伊藤アナの言葉を聞く限り、バイキングのメンバーは安全な時期にUSJを訪れたかのように聴こえます。

さて、バイキングのメンバーが具体的にいつUDJを訪れたかは発表されていませんが、2021/07/10にUSJを訪れた善意の第三者が当日に次のような[目撃tweet]をしています。

<事例2b>Twitter 2021/07/10

パークに坂上忍さん、おぎやはぎ小木さん、カンニング竹山さんが綾小路さんとロケ
「バイキング」かな?
#USJ #USJファン

坂上忍氏・おぎやはぎ小木氏・カンニング竹山氏・綾小路氏は、まさに当該企画でUSJを訪れたメンバーであり、番組の企画・出演者を知りえない第三者が、番組の1か月前に出演者を特定していたという事実は、2021/07/10にバイキングメンバーがUSJを訪れたことを示す有力な状況証拠と言えます。

ところで、2021/07/10の日本のコロナの感染はどのような状況であったかと言えば、東京都を含む首都圏や大阪府を含む近畿圏は、既に都道府県を跨ぐ不要不急の移動の自粛を求める「まん延防止適用地域」に指定されていました。また、翌々日の2021/07/12からは緊急事態宣言が発令されることが既に決定されていました。事実、2021/07/09に『バイキングMORE』の放送では、この緊急事態宣言を次のように話題にしていました。

<事例2c>フジテレビ『バイキングMORE』2021/07/09

伊藤利尋アナ:昨日発表された新規感染者は2000人を超えました。2242人です。来週の月曜日(2020/07/12)からは東京にも緊急事態宣言が発令される流れになりました。東京は新規感染者が896人と感染者で見ますとステージ4と一番深刻なレベルになっています。

坂上忍氏:東京の数字を見ていると東京から浸み出して言っているのは間違いない。

伊藤利尋アナ:はい、全体の7割くらいを首都圏が占めています。昨日の菅総理の会見の言葉を詳しく見ると「夏休みやお盆の中で多くの人が地方へ移動することが予想されます。ここで再度東京を起点とする感染拡大を起こすことは絶対に避けなければなりません。そうした思いで先手先手で予防的措置を講ずることとし、東京都に緊急事態宣言を今一度発出する案段をいたしました」という発言がありました。

楠田枝里子氏:菅首相は先手先手とか安全安心という言葉をいつも繰り返し使うが、国民はちっとも安心していないし、全く安全だとは思っていないし、いつも後手後手に回っている。

伊藤利尋アナ:はい、全体の7割くらいを首都圏が占めています。昨日の菅総理の会見の言葉を詳しく見ると「夏休みやお盆の中で多くの人が地方へ移動することが予想されます。ここで再度東京を起点とする。

二木芳人氏:(2週間後に始まる五輪の宮城県の有観客開催について)おそらく観客のかなりの部分は首都圏で、首都圏の人を動かすことは矛盾がある。すべて無観客にした方がいい。

楠田枝里子氏:一都三県以外の地方の競技場で有観客は凄く大きな不安を感じます。その競技場に向けて人流が生まれる。真逆のメッセージを与えているわけで、これでは人は信用しない。

坂上忍氏:五輪が始まったら自ずと人流は県を跨いでいく。

土田晃之氏:全てこうなったのは政治のせいだ。

このように、番組は、出演者全員で首都圏からの人流を問題視し、五輪の開催を罵倒し、菅首相を執拗に人格攻撃することでメディアリンチしました。その感染を拡大させるリスクを百も承知なバイキングのメンバーが、この放送の翌日に、都道府県を跨ぐ不要不急の移動の自粛を求める「まん延防止適用地域」に指定されている東京から大阪へ移動し、テーマパークで大声を出して大はしゃぎしていた可能性が高いのです。たとえ、ロケ日が2021/07/10でなくても前回の緊急事態宣言以来、まん延防止は継続して適用されていたため、番組が政府の呼びかけを確信的に無視して不要不急の移動を行ったことに間違いはありません。まさに、言っていることとやっていることが真逆であり、番組を制作したフジテレビは人の命よりも金儲けを確信的に優先したと言えます。

なお、日本の実効再生産数が報告ベースで急上昇を始めたのは2021/07/23でピークに達したのは2021/07/28です。2021/07/23の約2週間前にあたる2021/07/10は、まさに最も強力な感染拡大の5日間が始まった時期であり、バイキングのメンバーはウイルスを拡散する最もリスキーな時期に東京から大阪に訪れていた可能性が高いと言えます。

このように私たち国民は確信的にテレビ局にバカにされているのです。

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