コロナ対策の給付金などを「バラマキ合戦」と批判した財務省の矢野康治事務次官の『文藝春秋』の記事が、さまざまな波紋を呼んでいる。さっそくこれに噛みついたのが、自民党の高市早苗政調会長である。政府内では更迭論も出てきた。
コロナ対策の給付金のほとんどは貯蓄された
世の中では財務省の緊縮財政論に高市氏が鉄槌を下したことになっているが、問題はそう単純ではない。矢野氏の記事はそれほど過激なことを言っているわけではなく、財務省の公式見解に近い。
高市氏が「大変失礼な言い方」というのは「バラマキ合戦は、これまで往々にして選挙のたびに繰り広げられてきました」といった表現だろうが、昨年の給付金が無差別のバラマキだったことは事実である。問題はそこではなく、バラマキは本当に役に立ったのかということだ。矢野氏はこう書く。
家計においても、マクロ的には、全世帯を所得階層別に5分割したうち、最も低い所得階層を含む全ての階層で貯蓄が増えています。
このような経済情勢の下では、昨春の10万円の定額給付金のような形でお金をばらまいても、日本経済全体としては、死蔵されるだけで、有権者に歓迎されることはあっても、意味のある経済対策にはほとんどなりません。
これも事実である。コロナ対策で70兆円以上の補正予算が支出されたが、そのほとんどは貯蓄に回った。図のように2020年に家計貯蓄はGDPの2%以上増えたが、これは定額給付金13兆円がまるまる貯蓄されたに等しい。
ゼロ金利がいつまでも続くとは限らない
「名目成長率が名目金利を上回れば財政は改善していく」という高市氏の話は、経済学でいうドーマー条件だが、これについても矢野氏の指摘が正しい。これは政府債務残高/名目GDPの分子は長期金利、分母は名目成長率で増えるので、
長期金利<名目成長率
の場合は分母の増え方が大きく、債務比率が減るという条件だが、プライマリーバランスがゼロの場合の条件である。PBが大きな赤字だと、その赤字に金利をかけた分だけ政府債務が増えるので、分子が分母より急速に増え、債務は発散する。
自民党の財政政策がバラマキだという矢野氏の批判は正しいが、不況期には財政赤字を気にしないで政府支出を増やすべきだという高市氏の反論も、一般論としては成り立つ。これはケインズ以来、80年以上続いてきたマクロ経済学の論争である。
どっちの意見が正しいかは、今のゼロ金利状況がいつまで続くかに依存する。矢野氏はこれを一時的な金利ボーナスと考えているが、ここ10年ぐらいゼロ金利が続き、自然利子率はマイナスだった。
ただアメリカではインフレ率が4%を超えて長期金利は1.6%になり、日本でも長期金利の先高感が強い。世界的な資源インフレで名目金利(自然利子率+インフレ率)が名目成長率を上回り、金利>成長率になると、高市氏の前提は崩れる。
ここで重要なのは、資源インフレは金融政策でコントロールできないということだ。日銀は天然ガスの供給をコントロールできない。財政支出を2%のインフレ目標でコントロールするという高市氏の話は、財政政策と金融政策を混同している。
今は「本当に困っている方を助ける」などという選挙向けのレトリックで補正予算を追加するより、使い残して昨年度から繰り越している30兆円の補正予算を使い切るのが先だろう。
いずれにしても財政政策について、このように本質的な論争が行われるのは珍しい。国会議員が官僚を一方的にどやしつけるのではなく、高市氏と矢野氏が個人の立場で討論してはどうだろうか。