英国で読む:バルファキスが書いた『もう一つの世界』

ギリシャの元財務大臣ヤニス・バルファキス。

大臣職にいたのはほんの半年ほど(2015年1月から7月まで)であったのに、欧州中にこれほど強い印象を残した政治家は珍しい。閣僚だったのはもう6年も前なのに、積極的に言論活動を続けているため、今でも忘れられていない。

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バルファキスが財務大臣になる直前、2014年のギリシャは経済危機に瀕していた。何年も景気後退が続き、失業率は27%に到達。若者たちの多くが失業中だった。

シリザのチプラスに声をかけられて

2015年1月25日、アレクシス・チプラス率いる急進左派連合シリザが政権を取る。チプラスに政権に入ることを求められたのが、バルファキスだ。

1961年アテネ生まれのバルファキスは、主として英語圏の大学で経済学を学び、教えてきた。

新政権発足前夜、欧州連合(EU)側はギリシャに厳しい財政緊縮案の実行を求めた。一方、ギリシャ政府を代表するバルファキスは大幅な債務減免を主張した。

バルファキスがEU関係者との交渉の場に革ジャン、バイク姿で乗り付ける様子はいかにも型破りで、颯爽としていた。「難題を押し付けるEU官僚」に対し、「ギリシャの国民の側に立つヒーロー」というイメージが付いた。

2015年6月27日、ギリシャがあと数日で債務不履行に陥ろうとしていた時、チプラス首相はEUやIMFによる財政緊縮案を受け入れるか否かの国民投票を行うと発表する。

7月5日、61%を超える国民は緊縮案を否決した。

これに対してEU側は強硬姿勢を崩さず、ギリシャのユーロ圏からの除名さえ可能性として出されるようになり、チプラス政権は妥協の道を探ることになった。

バルファキスは国民投票の翌日、財務相を辞任。チプラス路線を批判する側に回った。

辞任後もバルファキスの人気は衰えず、英国を含む各国のメディアに登場する論客の一人となった。作家としても名を成すようになり、『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(ダイヤモンド社)はベストセラーとなった。

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もう一つの世界

 『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』日本語版(右)と英語版(筆者撮影)

 

そして今、バルファキスは小説に挑戦した。これが『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』(講談社、江口泰子訳)である。原題は『Another Now』(もう一つの世界)。

筆者は英国のテレビに登場するバルファキスの姿を何度も見てきた。会場に聴衆が入る番組の場合、バルファキスが紹介されると、場内から歓声がよく上がっていた。「バルファキス・ファン」なる人々がいるのである。

モデルのようなその容姿を好む人もいれば、現在のグローバルな資本主義社会の批判に同意する人もいるだろう。

筆者は、バルファキスによる資本主義社会の問題点の指摘のいくつかにうなずいてきたが、同時に、「じゃあ、どうすればいいのか」、「どんな世界にしたいのか」と感じてもいた。

小説『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』は、まさに、「もしこんな世界があったら・・・」を描く。

「今私たちが生きている世界」から、「あちらの世界」に行ったら、どうなるのか。「もう一つの世界」とはどういうものなのか。

英小説家C・S・ルイスの児童向け小説『ナルニア国物語』では、子供たちが洋服ダンスの中に入って、別世界に移動する。

バルファキスの『もう一つの世界』では、別の装置が設定されている。

小説の中には、いかにも経済学者が書いたような、一般人にはやや難解な説明も若干あるが、経済に興味がある・なしにかかわらず、最後まで読んでみると、別世界を丸ごと体験できる。

読み終わって、周囲を眺めてみよう。読みだす前とは違った世界に見えてくるはずである。

国連のCOP26会議が終わったばかりだ。「もう一つの」生き方、世界の回り方に思いを巡らせてみたい。

ヤニス・バルファキス氏とアテネの風景 sarra22/iStock


編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2021年11月21日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。