イギリスの失敗から学ばない日本の移民政策の甘さ

谷本 真由美

岸田政権は外国人労働者の在留資格「特定技能」のうち、長期在留や家族の帯同が可能な「2号」について、人材不足が深刻な14分野において受け入れ拡大を検討しており、さらに「在留期限をなくす方向」で調整していると報じられた。

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日本での扱いは思いのほか小さいが、これは日本社会のあり方を激変させる可能性を秘めている動きである。

衝撃的な在留期限の撤廃

北米や欧州の先進国の移民政策に詳しかったり、自分で就労許可を取得したことがある人であれば、これがどれほど衝撃的なことかよくわかる。

まず受け入れが拡大される業種には農業や漁業、飲食料品製造業、産業機械製造業、外食業、宿泊などが含まれるが、他の国では低賃金の非熟練労働者と分類され、就労許可の取得がかなり困難な職種が含まれている。

「在留期限をなくす」とは、要するにこの様な非熟練労働者の外国人が、一旦働き始めれば、永住権を取得できる道が開けることを意味する。家族の呼び寄せも可能になっているので、実質的に労働者本人だけではなく家族も移住が可能になる。

非熟練労働での長期滞在許可は実質不可能

一方で、大半の国では低賃金の非熟練労働者が就労許可を取る事はかなり難しい上、家族呼び寄せには厳し目な制限がついてくる。

例えばカナダやイギリスは、就労許可を取得しようとすると、大卒や大学院卒以上でなければかなり不利だ。職種も限られており、ソフトウェア開発者や研究者などの高度技能者や、建築や医療、製造業などの分野の熟練者でないと難しい。

農業などの非熟練労働で許可を取得できたとしても、短期滞在のみと言う国が少なくない。

次に、他の国では労働許可取得にあたっては現地語の能力試験が必要な場合がある。

例えばイギリスの場合は熟練労働者や高度技能労働者の場合でもかなり難易度の高い英語の試験に受からなければビザを取得できない。そのような試験がなんと婚約者ビザや配偶者ビザにも要求されるのだ。

そのため配偶者がイギリス国籍であっても、申請者が英語の試験に受からないために日本に住んでいるカップルもいる。

その上イギリスは永住権や配偶者ビザ、国籍を取得する場合には「Life in the UK Test」と言う「イギリス国民クイズ」が存在している。

これは英語圏の大学1年生程度の英語力が必要であり、200ページ近い教科書を丸暗記しなければ受からない。

イギリスの王政から歴史、法令、芸能界等に関する重箱の隅を突くような内容で、実質的に現地の偏差値60程度の大卒程度の学力がない外国人がビザや永住権、国籍を取得できない仕組みになっている。

教育程度の低い外国人は受け入ない英国

つまり事務職でない人、英語力がない人間、途上国からやってくる教育程度の低い外国人は受け入れをしないと遠回しに言っているわけである。私も永住権を取得したのでこの試験を受けたが非常に「いけず」な内容であった。

永住権も簡単には取れず、就労許可取得後最低5年ほど働く必要がある場合が多く、収入の審査もある。国によっては永住権取得後も障害者手当や失業保険などの公的資金による支援を一切受けられないという制限があったりする。

申請費用も安くはなく、イギリスの場合、永住権は申請費用だけでも40万円近くかかる。弁護士も頼むと総額150-200万円ほどになることもある。

ブレア元首相も当時の移民政策は失敗と認めた

イギリスの例のように、北米や欧州では外国人労働者が就労許可を取得するのがかなり困難になってきており、コロナ禍で人材不足が問題になっているものの、ごく1部を除いて緩和する見通しは無い。

一旦規制を緩めてしまえば外国人の流れが止まらないからだ。途上国の政治経済はますます不安になっているので先進国の住環境は非常に魅力的なのだ。

日本では規制が緩和されても、賃金の安さや就労環境の悪さで外国人はやってこないだろうと言っている人もいるようだが、1990年代のイギリスも実はそのような状況だった。

労働党が楽観的な予測で規制を緩和したところ、予想以上の外国人がやってきてしまい、インフラや医療のキャパ越え、教育のサポート不足、住宅不足、地元労働者の賃金低下など社会の様々な部分で軋轢が起こり、国内で移民規制論が高まり、結果Brexitにつながった。元首相で労働党のブレアは当時の移民政策は失敗であったことを認めている。

イギリスの姿は日本の将来を予測している気がしてならない。

外国人から見て日本の条件は非常に魅力的

日本は先進国で医療と介護制度が最も恵まれている国である。公教育のレベルは世界のトップクラスで、治安が世界で最も良い国の一つだ。物価は今や東欧より安く、娯楽も豊富で、公共交通機関が発達しているので車が不要な地域も多い。都内近郊でさえ中古なら不動産は激安だ。その上国民の衛生意識が高く、コロナ禍もうまく切り抜け、死者も感染も驚くほど少ない。

他の国の入国が難しくなっている中で日本のこのような条件は非常に魅力的なので、賃金が安く言語バリアがあるとしても、外国人は次々にやってくるだろう。

谷本 真由美 @May_Roma

1975年、神奈川県生まれ。 シラキュース大学大学院にて 国際関係論および情報管理学修士を取得。 ITベンチャー、コンサルティングファーム、 国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在はロンドン在住。 日本、イギリス、アメリカ、イタリアなど世界各国での就労経験がある。