「トリアージ問題」専門家の重い発言

ドイツやオーストリアでは働く医師や看護師たちを病院の前で誹謗中傷したり、唾を吐きかける人もいるという。だから、看護師たちの中には、「外で歩いていると不安になることがある」という。看護師の中には仕事を変える人も出てきたというのだ。米ニューヨークの女性医師は昨年、コロナ患者を救えない現状に絶望して自殺している。コロナ禍は治療を担当する医師・看護師にとって重い十字架を背負わせている。

バーバラ・フリーゼネッカー氏(インスブルック医科大学のサイトから)

ドイツの週刊紙「ディ・ツァイト」電子版は11月26日、トリアージ専門家のバーバラ・フリーゼネッカー氏にコロナ禍でのトリアージ事情についてインタビューした。同氏はインスブルック麻酔医であり、集中治療医としてオーストリア麻酔学会、蘇生および集中治療医学(OGARI)の倫理ワーキンググループの責任者として活躍している。

トリアージとは、どの患者を治療し、どの患者を後回しにするか(見捨てるか)など、患者を選り分けることで、結果として生死を決定することになる。フリーゼネッカー氏は医師たちのトリアージ作業の行動の推奨事項を作成している。同氏は、「トリアージが必要となった場合、患者の年齢だけが判定材料とはならない」と強調している。以下、ツァイト紙のヨナス・フォーグッ(JonasVogt)記者の同氏とのインタビュー記事の概要を紹介する。

①トリアージとは

「トリアージは、並べ替えと振るい分けを意味する。コロナ患者の急増で病院崩壊した状況を表現するときに頻繁に使用されているが、この概念は通常、災害医療の現場で使用されている。地震や列車事故の場合、事故現場に到着し、医師が少なすぎて全ての患者を適切にケアできない場合、医師はどの患者を最初に救済しなければならないかを判断しなければならない。集中治療を受ける患者とそうではない患者に分け、別々のカードを張って区別する。生存の可能性の少ない患者は緊急治療から外す。トリアージの目的は緊急事態で出来るだけ多くの命を救うことだ」

②ベルガモ市の例

欧州で新型コロナウイルスの感染が最初に拡散したイタリア北部ロンバルディア州のベルガモ市はトリアージの最悪の実例となった。「ベルガモ以上ひどい状況はなかった。あなたの前には50人の患者がいて、全員が青くなり、誰も空気を吸えなくなっている。外部の酸素供給と換気なしでは死ぬだけだ。ベルガモの医師たちは現状に圧倒された。彼らは、誰が数少ない集中治療室の1つを手に入れ、誰が換気装置、心臓肺装置を手に入れ、誰が死ぬかを決定しなければならなかったのだ。現在、オーストリアではこのような状況ではないが、私たちは既に“トリアージライト”と呼んでいる状況にある」

③トリアージライトとは

「急性の緊急事態ではない手術を延期する。つまり、重病者のためのスペースを確保するために、他の患者を移動させたりする状況だ。新型コロナウイルス感染患者以外のケアが難しくなる。重症化した新型コロナ患者を優先するため、そうでない患者には通常のベッドも集中治療用ベッドもなくなる。トリアージライトですら、すべての患者にとって医療は悪化するのだ」

④欠乏しているのはベッドではない人材(医師、看護師、集中治療師)か

「看護師や集中治療を担当する専門看護師たちはほぼ2年間、緊迫状況下で働いている。一部の同僚は、患者をがっかりさせないように、疲れ果てても全力を投入している。一方、去っていく人も出てきた。そうでなければ、彼らは絶え間ない感情的および肉体的ストレスによって自分自身を病気にしてしまう危険があったからだ。集中治療は非常に専門的な分野であり、ただ学ぶことでできる内容ではない」

「オーストリアは、ドイツとフランスと同様に、既に世界の集中治療の最前線にいる。私たちは通常、1年間の集中治療室での占有率が85~95%になるように働いている。しかし、コロナ患者の増加で、追加の緊急事態にタイムリーかつ適切な方法で対処できるバッファー(余裕)を完全に欠いている」

⑤ハードトリアージはいつ始まるか

「トリアージは、すべての医療意思決定者を保護するために発表する必要がある。クリニックの経営陣は、『これからトリアージ基準の下で実行する』と。それは医療を完全に変える。医師は大きなストレスと時間のプレッシャーの下で不完全な情報で決定を下さなければならない。ケアの質は著しく悪化する。この選択をすることは、医師にとって非常に感情的な負担となる。しかし、この方法でのみ、少なくとも生存の可能性が最も高い患者の一部に適切なケアを提供することができるのだ。私たちがこれらの決定をしなければ、全ての患者が死んでしまうことになるからだ」

⑥トリアージ決定を客観的に説明できるか

「一部は可能だが、全てではない。インスブルックの同僚から、そのような状況での行動に関する推奨事項を作成するように求められた。たとえば、決定を文書化するためにも使用されるチェックリストだ。とりわけ、付随する病気だけでなく、患者の意志も、これが決定できるという条件で、それに記載されている。トリアージの状況であっても、治療に関する患者の希望を考慮に入れる必要があるからだ」

⑦ポイントシステムもこのチェックリストの一部か

「トリアージの状況には、非常に単純なスコアを勧める。虚弱性とADL(日常生活動作)スコアだ。これは、患者が食事、着替え、個人の衛生状態、失禁などの日常生活動作にどれだけうまく対処できるかを測定する。通常、これらのスコアはリスクの可能性を推定するためにのみ使用され、治療に入るかどうかの難しい基準ではない。これらのスコアの助けを借りて、トリアージ中に年齢が災害医療条件下で唯一のトリアージ基準になることを回避することができる」

⑧ベルガモではどのようなトリアージ基準が適応されたのか

「ベルガモのような状況にあるときは、通常は決してしないことをする。年齢が唯一の決定基準となった。60歳以上の患者は治療を受けられない。私は60歳だから、ベルガモでは私は死ぬことになる。これは現場の医師を批判しているのではない。他の基準を確認する時間がない場合、重病者が集団発生した場合の迅速な決定基準として年齢が残るからだ。正義の倫理原則によれば、年齢の増加は生存の確率に制限的な影響を与えると想定できる。高齢者はより多くの場合虚弱であり、また、より頻繁に併存症に苦しんでいるからだ」

⑨実際のトリアージ状況では、新型コロナ患者とそうでない患者を比較検討する必要が出てくるが、どうやってするか

「理論的には、誰かが新型コロナに感染したのか、自動車事故に遭ったのか、ワクチン接種を受けているかどうかは関係ない。唯一の基準は、生存の可能性が高いか否かだ。しかし、実際には、非常に異なる状況にある複数の患者がいる場合、客観的で正しい決定を下すことは困難だ。同様の予後の患者が何人かいる場合、『宝くじ』の倫理原則に従って、サイコロを投げたり、棒を引いたりする。優れた医学的意思決定とは何の共通点もない絶望的な行為だ」

⑩ワクチン接種者と非接種者でトリアージ基準で違いはあるか

「同じような初期位置に2人の新型コロナ患者がいるとする。1人はワクチン接種を受けている場合、生存の可能性はワクチンの接種を受けていない他の患者より高い。だからワクチン接種を受けた患者にベッドを与える。しかし、薬は誰かを罰するためにあるわけではないから、予防接種の状態だけが集中治療の除外基準であってはならない」

「私たちの医療制度は連帯制度だ。予防接種はあなただけでなく他の人々をも保護する。現在、集中治療室には25人の新型コロナ患者がいる。そのうち21人はワクチン接種をしていない。彼らの大部分は予防接種を受けていたら、ICU(集中治療室)に来ることはなかったと確信している」


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。