ワクチン強制接種の社会的リスクは

欧州では新型コロナウイルスの感染対策のために戦う日々が続く。オーストリアでは3週間続いた4回目のロックダウン(都市封鎖)が12日に終わった。次の対策は来年2月1日から施行するワクチン接種の義務化の施行だ。そのために現在、法案作成が進められている。草案では14歳以上の国民(約770万人)は全てワクチン接種を受けなければならない。接種を拒否する者は3カ月ごとに600ユーロの罰金を科せられる予定だ。罰金を払ってもワクチンの接種を受けたくないという国民がいる一方、ハムレットのように受けるべきか否かで苦慮する人も出てきた。

コロナ規制に抗議し、新首相任命式が行われた大統領府前に集まった人々(2021年12月6日、オーストリア連邦大統領府前、「OE24TV」の中継から)

11日、12日の週末、オーストリアではワクチン接種義務化に反対する抗議デモが行われた。首都ウィーンで極右政党「自由党」が主催した抗議デモ集会では、警察側の発表によると、約4万4000人が寒い中、市内を抗議行進した。第2の都市グラーツでも約2万人、インスブルックでは約6000人が抗議デモに参加したという。外出制限やFFP2マスクの着用義務などのコロナ規制が実施されて以来、オーストリア社会は規制反対派と支持派に分裂してきたが、ワクチン接種の義務化が表明されて以来、社会は一層分裂を拡大してきた。

ワクチン接種の義務化を表明した当時首相のシャレンベルク氏(現外相)は先月19日、「社会の少数派ともいうべきワクチン接種反対者が多数派の我々を人質にし、社会の安定を脅かしている。絶対に容認できない」と檄を飛ばした。オーストリアでは4回目のロックダウンが終わったが、未接種者に対してはロックダウン状況が続く。ワクチン接種を受けない限り、レストランにも喫茶店にも行けない。未接種者への制裁が長引けば、社会の治安にも影響が出てくるのは目に見えている。

バチカンニュース(12月10日)は南チロルの道徳神学者マーティン・リントナー氏にワクチン接種義務化についてインタビューしている。同氏は、「ワクチンの強制接種は最終的には利点より多くのリスクを伴う。例えば、イタリアでは特定の職種グループを対象としたワクチン接種が義務化されているが、期待通りには機能していない。それどころか、長期的には社会の過激化と2分化の危機が出てくる」という。

同氏は、「オミクロンなど新変異株が出現する一方、時間の経過と共にワクチンの有効性が低下することなどを考えれば、ワクチン強制接種は長期間継続しない限り、社会の免疫効果は出てこない。しかし、強制接種を永遠に続けることなどは民主主義の社会では考えられないことだ」と説明する。

オーストリアのワクチン接種義務化に関する法案を読む限りでは、同法案は2年間余りの時限法となる予定だ。その2年間でワクチン接種率が80%から90%に拡大し、社会に集団免疫が実現していなければならないが、コロナウイルスの新変異株の出現とワクチンの有効性問題などを考えると心細くなる。

リントナー氏によれば、教会関係者の間でもワクチン接種、その強制接種については意見が分かれているという。クリストフ・シェーンボルン枢機卿は、「ワクチン接種は信仰の問題ではない。国の責任だ。責任者は全ての国民の幸福と保護に関心を注がなければならない。ワクチン接種の意義を説明し、不安と恐怖に悩まされている国民を説得しなければならないが、社会には陰謀説や偽情報が溢れている」と警告を発する。

同枢機卿は、「法律は常に全ての人の利益のために個人の自由を制限する。一例として、何千人もの命を救った自動車の強制シートベルトがある。公共の場の喫煙禁止もそうだ。政府はコロナのパンデミックは一般的なワクチン強制接種なしでは打ち負かすことはできないと確信している」という。ちなみに、オーストリア司教会議は、「最後の手段としてワクチンの強制接種を認める」と明らかにしている。

ローマ・カトリック教会総本山のバチカンはワクチン接種について、フランシスコ教皇の発言として昨年12月21日にバチカン教理省が公表した覚書がある。それによれば、「一般の国民、特に高齢者や疾患者を守るワクチンである限り、支持する。同時に、ワクチン接種は道徳的な義務ではなく、あくまで自主的な判断に基づくものでなければならない」と説明している。昨年12月の段階ではフランシスコ教皇はワクチンの強制接種には反対していたことになる。

ちなみに、キリスト教根本主義者の中には「新型コロナウィルスは神の刑罰だ」と強調する聖職者がいる。その代表は米福音派教会(エヴァンジェリカル)関係者だ。スイスのカトリック教会の超保守派聖職者マリアン・エレガンティ補助司教は自身のビデオブログの中で、「パンデミックは理由なく生じることはない。人間が神への信仰を失ったからだ」と主張している。「神の刑罰」説は教会では少数派だ。

ローマ教皇庁「キリスト教一致推進評議会」議長のクルト・コッホ枢機卿は、「教会関係者が(新型コロナと神について)何も言えないのは、神が霊的世界だけに関与し、物質的、肉体的世界には関与されないといったグノーシス主義的神学の影響が強いからだ」と分析している。すなわち、「新型コロナの感染問題は物質世界の現象であり、霊の神はそれには全く関係しない」という理屈だ。ワクチン接種の義務化問題で教会関係者の意見が揺れているのは当然かもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。