イランのIRNA国営通信(英語版)をフォローしている限りでは、ウィーンで開催中のイラン核協議はイラン側の提案を受け、核合意の再発効に向けて前進してきたといった印象を受けるが、米国のジェイク・サリバン国家安全保障補佐官は17日、「イラン核協議の交渉はうまくいっていない」という悲観的な見解を述べている。イラン側と米国の間の受け取り方に相違があるのはいつもの事だが、両者の間に実質的な歩み寄りがないことは事実だ。
イラン側は15日、国際原子力機関(IAEA)がテヘラン近郊で最新の遠心分離機用の部品を製造しているカラジ核関連施設に監視カメラを再設置することに合意した。ただし、IAEAのグロッシ事務局長によれば、監視カメラの交換は年内に行われる予定だが、ウィーンで協議中の核合意の再建で関係国が一致するまではIAEAは監視カメラの映像を見られないという。
監視カメラの映像を入手し、それを検証できないとすれば、監視カメラの再設置というニュースは単なるイラン側の交渉カードに過ぎず、イラン核合意再建の実質的な譲歩とは言えない。イラン側が核合意を再建して米国の制裁を解除させたいという本音は伝わってくるが、欧米側のイランの核開発への懸念に真摯に対応するものではない、という意味で、米国側の見解は正しい。
米国の最大の懸念は、イランが核合意に違反して核兵器製造に必要な濃縮ウランを数カ月で製造できる状況にあるということだ。問題はカラジの核関連施設の監視カメラの再設置云々ではなく、イランが既に獲得した核兵器製造能力だ。具体的には、核兵器用の濃縮ウラン製造能力、核兵器の運送手段、ミサイル開発などを総合したイランの核能力への懸念だ。その意味で、イラン核協議は既に遅すぎたのだ。換言すれば、イラン側は既に核拡散のレッドラインを越えてしまったのだ。イラン側が核開発計画を停止し、これまでの核関連活動の全容を開示しない限り、イランの核問題は解決できない。少なくとも、これが米国の立場だ。
イランは、米国の核合意離脱とイランがその後に実施した核合意に違反した濃縮ウラン関連活動とを並列に置き、どちらが先に行動を起こすべきかという点に焦点を絞り、核合意から離脱した米国側が制裁実施前の原状復帰を行うべきだと要求している。米国の核合意離脱、その後の対イラン制裁は米国とイラン間の問題だが、イランが米国の核合意離脱後に実施した核関連活動は核拡散防止条約(NPT)など国際条約の違反であり、国連安全保障理事会決議2231と包括的共同行動計画(JCPOA)への違反だ。
イランは19年5月以来、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4・5%を超えるなど、核合意に違反した。19年11月に入り、ナタンツ以外でもフォルドウの地下施設で濃縮ウラン活動を開始。同年12月23日、アラク重水炉の再稼働体制に入った。昨年12月、ナタンツの地下核施設(FEP)でウラン濃縮用遠心分離機を従来の旧型「IR-1」に代わって、新型遠心分離機「IR-2m」に連結した3つのカスケードを設置する計画を明らかにした。
そして、今年1月1日、同国中部のフォルドウのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げると通達。2月6日、中部イスファハンの核施設で金属ウランの製造を開始している。4月に入り、同国中部ナタンツの濃縮関連施設でウラン濃縮度が60%を超えていたことがIAEA報告書で明らかになっている。なお、イラン議会は昨年12月2日、核開発を加速することを政府に義務づけた新法を可決した。
欧州連合(EU)の首席交渉官であるエンリケ・モラ氏は17日、「技術的な点で一部前進したが、実質的な核協議の前進はみられない」と認める一方、「あと数週間で合意に達することを期待している」と述べている。ロイター通信によると、イラン側は17日、核協議の10日間の休会を申し出た。イランの核協議は年内にも再開する予定という。イラン代表団のアリ・バーゲリー・カニ外務次官は17日、「反対側がイラン・イスラム共和国の合理的な立場を受け入れるならば、新しいラウンドの交渉は最後のラウンドになる可能性がある」と述べた。全てを相手次第と主張するイラン側の無責任な楽観論だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。