玉虫色の外交ボイコット?
欧米諸国、そして隣国の韓国、ロシアに遅ればせながら、岸田政権は松野官房長官を通じて2月に開催される北京冬季五輪に向けての対応を明らかにした。松野氏は人権上の懸念から政府高官の北京五輪への派遣を見送る方針を発表した。また、代わりに、橋下聖子氏、山下泰裕氏などの日本オリンピック協会の関係者を派遣する方向で動いていると述べた。
この決定に対して賛否両論が出ている。賛成派は、アメリカの外交ボイコットに完全に同調せずに、日本のオリンピック関係者を派遣するという決定は経済的に依存している中国を極度に刺激しないものであり、且つ日本の自立性が発揮できた対応だと評価する。
一方、反対派は実質的には橋下氏、山下氏は政府関係者であり、彼らを派遣することはウイグルや香港で見られる中国の人権弾圧を暗に認めるという「国家の意思を示す」ことだと批判し、政府関係者を誰も派遣しない徹底的な外交ボイコットの履行を求めている。
岸田政権の決定は、中国の人権問題に強い姿勢で臨むことを期待する欧米諸国に配慮し、それと同時に中国に配慮するという、よく言えばバランスの取れた、悪く言えば玉虫色の決定となった。
マクロン大統領の指摘
しかし、世界を見渡してみても、日本以外の主要な国々は北京オリンピックへの対応について旗幟鮮明にしているようにも思える。国家間でインテリジェンスを共有する枠組みであるファイブアイズに属している米国、英国、カナダ、豪州、ニュージーランドは北京五輪に選手団を派遣するが、政府関係者は誰一人として派遣しない方針を早期に決定した。一方で、中国と地政学的に密接な関係にある韓国やロシアなどは従来の慣習通り政府関係者を派遣する方針を固めた。また、フランスも同様の決定をする姿勢を見せている。
さらに、ファイブアイズの中でも英国のジョンソン首相は明確に外交ボイコットを実施すると述べたが、米国の場合は意図的に外交ボイコットというフレーズを使うことを避けている。アメリカのサキ報道官は記者会見で米政府が外交ボイコットという呼称に固執しないことを示唆している。以上のことから西側陣営が北京オリンピックの対応に関しては一枚岩となっていないことが分かる。そのことから、日本の決定の特殊性を指摘する岸田政権の決定への賛否は前提として的外れではないかと筆者は考える。
さらに、北京オリンピックを外交ボイコットする有効性が誇張されすぎている感がいなめない。筆者は外交ボイコットという選択が「非常に小さく象徴的な」措置であり、割に合わない影響を及ぼす恐れがあるというマクロン大統領の指摘に同意する。外交ボイコットをしたどころで、シンボリックな措置であることから、中国の行動を変える実を伴った措置ではない。そして、そのような実を伴わない措置のために、五輪選手の輝く機会を奪ってしまうことは遺憾である。
北京オリンピックは序の口に過ぎない
だが、それと同時に、「非常に小さく象徴的な」効果しか生まない外交ボイコットが出来ないのに、中国の脅威に対応するための「大きく実質的な」措置が出来るはずがないという指摘も、その通りだと筆者は考える。「大きく実質的な」措置というのは伝統的な安全保障政策の強化、また日本企業に負担を強いる経済安全保障面での政策立案などが当てはまり、そのような政策推進を進めていく行くにあたって、中国からの激しい反発が予想される。また、中国のみならず安全保障面で本腰を入れれば、軍事への抵抗がある日本世論からの反対の声にも対応していかなければならない。
外交ボイコットという決断は確かに小さいことであり、短期的に見れば国益にはマイナスの影響しか与えないのかもしれない。しかし、軍事的にも、経済的にも中国の脅威に晒されている日本としては、先に待ち構えている未来を考えると、曖昧性が残る北京五輪への対応は心配になるものである。それゆえ、日ごろから小さい決断を行っていくことで、大きな政策を推進していくうえでの地ならしをしていく必要が今後の岸田政権には求められる。