Fallacy of division
全体に当てはまることは部分にも当てはまると混同する
<説明>
「分割の誤謬」とは、【マクロ macro】な【全体 whole】の特徴を【ミクロmicro】な【部分 part】の特徴と混同して結論を導くものであり、[合成の誤謬]の逆です。マクロな全体の特徴がミクロな部分の特徴と乖離していることはよくあることですが、詭弁を使うマニピュレーターは、この混同につけこんで、前提を意図的に解釈することで自分にとって好都合な結論を導きます。
AはBの一部分である。
BはXという特徴を持つ。
したがって、AもXという特徴を持つ。
<例1>
水(H2O)は濡れている。
したがって、水素(H)と酸素(O)も濡れている。
部分の特徴は必ずしも集合体の特徴とは一致しません。
<例2>
飛行機に乗れば空を飛ぶことができる。
したがって、飛行機の部品に乗れば空を飛ぶことができる。
同様に、部分の特徴は必ずしも集合体の特徴とは一致しません。
<例3>
Amazon創業者のベゾス氏が持つ資産は日本国民が持つ平均資産の約200万倍です。
したがって、ベゾス氏が持つ財布の大きさも日本国民が持つ財布の大きさの約200万倍のはずです。
マクロな状態は必ずしもミクロな状態の集合体として成立しているとは限りません。例えば、1万円札は千円札10枚でできているわけではありません。しばしば事物は集合体になると状態が変化します。これがこの誤謬の発生メカニズムです。
<事例1>中国の民主主義
<事例1>NHK 2021/12/04
中国政府は、中国は質の高い民主主義を実践してきたなどと主張する新たな白書を公表しました。
中国政府は4日、記者会見を開き「中国の民主」と題する白書を公表しました。
白書では「中国の近代化では、西洋の民主主義モデルをそのまま模倣するのではなく中国式民主主義を創造した」としたうえで、中国は独自に質の高い民主主義を実践してきたと主張しています。そのうえで「民主主義は多様なものであり、国によって形態が異なるのは必然だ」として「国が民主的かどうかは、その国の国民が判断することで、外部が口を挟むことではない」などと主張しています。
中国共産党は、中国という国家(マクロ)は民主主義国家であり、中国の国民(ミクロ)もそのように判断していると主張しています。当然のことながら、中国でも世界でもこの主張を本気で信じる人は殆どいないでしょう。
精神的自由が保障されていない中国では、中国共産党の主張に反対すれば逮捕されて身体的自由を奪われてしまいます。このため、国家(マクロ)と国民(ミクロ)の判断に違いがあるか否かを証明することは論理的に不可能です。しかしながら、香港デモや海外に亡命したウイグル・チベット・内モンゴル解放の活動家の証言から、判断の違いが明らかに存在することを十分に垣間見ることができます。中国は、国民が国民を統治する民主主義国家ではなく、共産党という私人が国民を支配する専制主義国家に他なりません。
<事例2>米国の黒人差別と中国のジェノサイド
<事例2>NHK 2021/03/25
中国政府は毎年アメリカでの人権侵害の状況を独自に取りまとめていて24日、最新の報告書を公表しました。
報告書は冒頭、去年、白人の警察官に押さえつけられて死亡した黒人男性の「息ができない」ということばを取り上げて、この事件をきっかけに人種差別に対する抗議活動が広がったとしています。
そして「常にみずからが優れていると自負してきたアメリカだったが、人種による衝突や社会の分断などが起きた。人権侵害における新たな記録を残した」と主張しています。
さらに「アメリカ政府は反省しないばかりか他国の人権状況をあれこれ批判しており、ダブルスタンダードと偽善を完全に露呈させている」とアメリカを強く非難しています。
アメリカをはじめ各国は中国の新疆ウイグル自治区で深刻な人権侵害があるとして制裁を科すなど圧力を強めているのに対して、中国側は対抗措置をとっていて、人権問題をめぐる対立は激しさを増しています。
中国共産党は、米国の警察官による黒人男性に対する人権侵害を例に挙げることで、米国政府が人権侵害を犯しているように主張し、中国共産党によるウイグル人に対する【ジェノサイド=集団虐殺 genocide】を矮小化しています。これは詭弁に過ぎません。
まず、米国の警察官の人権侵害は、国家(マクロ)の指示による人権侵害ではなく、警察官を職業とする私人(ミクロ)の人権侵害です。その証拠に、この人物に対しては、黒人男性に対する殺人罪が司法によって科されています。明らかに本件は国民(治者)が法に基づいて国家(治者の代表)の意志を受けた公務員(治者の一員)を懲罰したのではなく、国民(治者)が法に基づいて国民(被治者)を懲罰したものです。この件をもって、米国を人権侵害国家とするのは、特異なミクロ(罪人)の特性を根拠にマクロ(国家)の特性を導く【軽率な概括 hasty generalization】に他なりません。ちなみに本件は、一般的なミクロの特性を根拠にマクロの特性を導く「合成の誤謬」ではないことに注意が必要です。
一方、ウイグル・チベット・内モンゴル・香港などで発生している中国共産党の国民(ミクロ)に対する人権弾圧は、国家(マクロ)の指示によるものです。「人権弾圧はない」とする国家(マクロ)の判断を根拠に、国民(ミクロ)も「人権弾圧はない」と判断していることを導くのは「分割の誤謬」に他なりません。過去から現在に至るまで、専制主義国家は、基本的にこの「分割の誤謬」を根拠にその支配体制を正当化してきたのです。
<事例3>魔の3回生
<事例3>朝日新聞 2021/11/01
〔自民「魔の3回生」9割超の69人当選 そのうち20人が復活当選〕
自民党が大勝した2012年衆院選で初当選した自民議員らは、当選3回の同期に失言や不祥事を起こす議員が相次いだことから「魔の3回生」とも呼ばれてきた。これまで「追い風」で当選を重ねてきた3回生のうち、今回の衆院選で4選を果たしたのは74人中、9割超の69人にのぼった。当選者のうち20人が比例区での「復活当選」だった。
分割の誤謬は、レッテル貼りの詭弁としてしばしば悪用されます。
2009年の民主党政権交代時に当選した「小沢チルドレン」「小沢ガールズ」にとって代わるように2012年衆院選で初当選した120名近くの自民党議員集団(マクロ)は、その後にその何人か(特異なミクロ)が失言や不祥事を起こしたことから「魔の2回生」「魔の3回生」などと呼ばれてきました。議員の人格・性格・気質は多様であるにもかかわらず、悪意ある軽率な概括によって付与されたこの汚名が先行し、「分割の誤謬」によって同期の全議員が「魔の4回生」議員として現在も同一視されています。ちなみに「小沢ガールズ」の議員が1期でほぼ壊滅したのに対し、「魔の4回生」の議員は現在も70名近くが当選し、国民の信を長期にわたって得ているというのが紛れもない事実です。
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