経済財政諮問会議に、内閣府の新しい経済財政試算が提出された。財政健全化の目安となる国と地方を合わせたプライマリーバランス(PB)黒字化の実現時期を昨年7月の試算に比べて1年早め、2026年度とした。
これはわかりにくいが、昨年7月の試算でPB黒字化目標を2027年度に延期したのを、想定する成長率を上げて1年早めたものだ。これは超財政タカ派といわれる財務省の矢野事務次官の決意表明だろう。
しかし自民党では「PB黒字化を凍結しろ」という高市政調会長などの財政バラマキ派が勢いを増し、政調会の「財政再建本部」の看板を財政政策検討本部と変えた。彼らの依拠するMMTによれば、財政赤字は(大インフレにならない限り)いくら大きくしてもいい。
これに対して財政タカ派が巻き返し、岸田首相直轄の財政健全化推進本部ができた。「検討本部」の最高顧問は安倍元首相、「健全化本部」の最高顧問は麻生副総裁と党内を二分する状況になっているが、これは争点がまちがっている。PBの黒字化なんて無意味な目標なのだ。
ゼロ金利制約の強いときは財政赤字が必要だ
財務省のPB黒字化目標の理論的根拠は「PBが均衡して長期金利(r)≦名目成長率(g)なら政府債務は安定化する」というドーマー条件だが、これはおかしい。
日本ではこの10年、一貫してr<gであり、この状況がずっと続くなら、PBが均衡しなくても、政府債務(残高のGDP比)は安定する。わかりやすくいうと、ゼロ金利の国債で今までの(金利のついた)国債を借り換えれば借金は減ってゆくからだ。
ブランシャールも指摘するように、問題は政府債務残高ではなく、マクロ経済の動学的効率性である(*)。これは資金の時間を通じての配分が効率的かどうかという基準で、rとgの大小関係で次のようにわけられる。
- r>g>0:動学的に効率的
- g>r>0:非効率的・低金利
- g>r=0:非効率的・ゼロ金利制約
1の場合には投資収益率が成長率より高く、資金配分が効率的なので、財政赤字で金利が上がると、民間投資をクラウディングアウトして将来世代の所得が減る。これが標準的なマクロ経済学の想定している環境で、政府投資は非効率なので緊縮財政が望ましい。
2の場合は金利が成長率より低いため、政府支出は民間投資をクラウディングアウトしないので、政府は失業を減らすために財政赤字を増やすべきだ。これがケインズの想定していた1930年代の状況に近い。
しかし日本経済は現在、ゼロ金利(自然利子率<0)で3の状態である。このようにゼロ金利制約の強いときはPB赤字が必要だ。少なくとも2の状態にしてこの状況を脱却し、金融政策がきく状態に正常化しないといけない。
「反緊縮」も「万年緊縮」もナンセンス
2の状態では財政は維持可能だが、1の状態でPB赤字が大きくなると危険である。この場合もただちに財政が破綻するわけではないが、投資家が政府債務に不安を抱いて国債を売却すると金利が上がり、政府債務が自己実現的に発散する可能性がある。
このような政府債務の発散を防ぐには、潜在成長率(自然利子率)を高める必要がある。そのためには、財政支出の社会的収益率が長期金利より高いことが条件だ。その結果、長期金利が上がってr=gになったらPB赤字を減らせばよい。
こう整理すると、MMTのような「反緊縮」も、財務省のような「万年緊縮」も、理論的には正しくないことがわかる。今までは世界的に3の状況だったが、これからインフレになると名目金利が上がり、2の状況になる可能性がある。1になると、財政バラマキは有害無益だ。
だからPBではなく動学的効率性を基準にして財政運営を行う必要があるが、ここで問題は、財政支出の社会的収益率をどういう基準でみるかである。
これは定義によってGDPで計測できない。ブランシャールは感染症対策や気候変動対策を例にあげているが、政府投資の外部経済性を客観的に計測する必要がある。ここでも基準になるのは長期金利rであり、金利を恣意的に設定している内閣府のモデルは使えない。
MMTが元祖とあおぐラーナーは、ケインズの流れをくむ「新正統派」の経済学者で、経済政策の目的は財政の安定ではなく経済の安定だと述べた。財政運営はPBの帳尻合わせではなく、動学的効率性を基準にして目標を設定すべきだ。
*ブランシャールのくわしい分析については、彼の日銀レクチャー参照。