ロシアのプーチン大統領はウクライナへの武力侵攻を断念し、外交・対話政策を進める姿勢を見せてきたが、欧米外交筋では「ウクライナ危機」から次は「フィンランド危機」になるのではないか、といった懸念の声が聞かれる。
フィンランドは冷戦時代から中立主義を堅持し、地理的に隣接している大国ロシアとは友好関係を維持してきたが、そのフィンランドで北大西洋条約機構(NATO)への加盟を模索する動きが出てきたからだ。
フィンランドは1995年に欧州連合(EU)に加盟したが、北欧ではスウェーデンと同様NATOには加盟していない。ヘルシンキでは今、「バルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)が2004年3月、NATOに、同年5月にはEU加盟を実現したように、わが国もEUだけではなく、NATOにも加盟しておくべきだった」と嘆く声が聞かれる。当時、ウクライナ危機のような新たな東西紛争が起きるとは予想していなかったからだ。
同国ではNATO加盟問題(2020年の時点で加盟国30カ国)は久しくタブーだったが、プーチン大統領がウクライナのNATO加盟を拒絶し、対ウクライナ国境沿いに10万人以上の兵力を結集させ、キエフに圧力をかけている状況を目撃したフィンランドではロシアに対する警戒心が再び高まってきた。それを受け、NATO加盟問題が再びホットなテーマとなってきたわけだ。
ドイツ放送のギュナール・ケーネ記者は14日、フィンランドのNATO加盟の可能性について長文の記事を掲載している。同記者は、「フィンランドのサウリ・ニーニスト大統領は新年のスピーチで自国の安全保障問題をテーマに語り、その中でNATOとのメンバーシップという言葉を発した。ほんの数年前には想像もできなかったことだ」と述べている
フィンランドは1939年(冬戦争)と1941年の継続戦争の2回の対ソ連戦争で敗北し、カレリア地域の大部分を失い、モスクワによって命じられた友好条約に署名しなければならなかった。全ての重要な外交政策決定はその後、ソ連との間で暗黙のうちに調整しなければならなくなったことから、「フィンランド化」という表現が生まれたわけだ。
ただ、冷戦の終結後、フィンランドは外交政策の自由を取り戻し1995年にEUに加盟したが、NATOには加盟しなかった。しかし、ロシアが2014年にクリミアを併合して以来、フィンランドはいわゆる「NATOオプション」を公式の政策としている。
一方、プーチン氏はウクライナのNATO加盟を含む東方拡大に強い警戒を示しているが、北欧のフィンランドとスウェーデンに対しても警戒を緩めていない。ロシア外務省のスポークスマンは昨年12月、「フィンランドとスウェーデンのNATOへの加盟は深刻な軍事的および政治的結果をもたらす」と警告を発した。ロシアのラブロフ外相はスウェーデンとフィンランドに手紙を書き、「独自のセキュリティポリシーを追求しないことを書面で宣言するように」と要求し、同時に、「NATOの軍隊または武器は1997年まで同盟国ではなかった国には駐留すべきではない」と主張している。これはスウェーデンとフィンランド両国はNATOとの共同軍事演習を実施してはならない、ということを意味する。もちろん、両国はロシアの要求を即座に拒否した。
フィンランドは加盟国ではないが、NATOとの協力関係を深めている。フィンランドはアフガニスタン、イラク、西バルカンでのNATO任務に参加している。バルト海地域や東欧に関する軍事情報の交換も進められているという。
NATOのストルテンベルグ事務総長は1月末、スウェーデンとフィンランドの両国外相をブリュッセル本部に招き、「両国が願えばいつでも加盟できる」と伝えている。
NATO加盟について、フィンランドでは今年初めての世論調査では45%が加盟に傾いている。同国では過去、その割合は最大30%だったから、国民の間でNATO加盟支持が増えてきているわけだ。その背後には、フィンランド人の潜在的な反ロシア感情があるうえ、ロシア人の不動産の買い占めなどに対する反発があるといわれる。
その一方、フィンランドはロシアのガスと投資に依存し、ウランと石炭を購入している。ロシアの国営原子力企業ロシアトムは、フィンランド中部で原子力発電所建設に出資している。ロシアの第2の都市サンクトペテルブルクはフィンランドの首都ヘルシンキからわずか380キロしか離れていない、といった具合だ。
ロシアはバルト海地域を戦力重要地域と受け取り、着実にその軍事的インフラを固めてきている。同時に、プーチン大統領は2018年、北極圏におけるロシアの軍事力増強を表明した。それを受け、モスクワは近年、多数の基地を拡張し、S-400中距離ミサイルを配備している。なお、ロシア軍は毎年、極北で大規模な軍事演習を行っている。
以上、ドイツ放送のケーネ記者の記事を参考にフィンランドの近況を報告した。
ウクライナ危機は米ロ間の外交対話で落ち着きを取り戻すかは現時点では不明だが、ウクライナ危機がフィンランドを一層、NATO加盟に傾斜させたことは間違いない。ウクライナの「フィンランド化」ではなく、フィンランドの「ウクライナ化」が大きな懸案として浮上してきているのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年2月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。