グローバル企業に期待したい、ロシアとの向き合い方

糸口の見えないロシア停戦と、ヒントを得た書庫の文献

 先月の一方的な軍事侵攻以来、停戦の糸口が見えてこないロシアの暴走。フランスのマクロン大統領、ドイツのショルツ首相はじめ各国首脳がプーチン大領領への停戦働きかけを行うも、もはや聞く耳なしの思いが日増しに募ります。

各国はSWIFTからのロシア締め出しや独自の経済制裁による国力の弱体化を試みていますが、一向にロシアが根を上げる気配も見えません。

こうした事態を打開し、ウクライナ国民の安全を取り戻すには何か有効な手立てが無いものかと日々思いを巡らせています。筆者は尾崎財団研究員のほか郷学研修所・安岡正篤記念館の評議員を務めておりますが、果たして正篤師ならば解決に向けてどのような指南をされるのかと考えます。

安岡正篤師の代表作『経世瑣言」を紐解くと、山鹿素行の政治論を借りて「政治の極致は万民をして心安く、分を知り、疑惑なからしむるにある」と説いています。換言すればロシア国民がその対極に向かわない限り、プーチン大統領は決して倒れず、そして引かないことでしょう。

安岡正篤師といえば「終戦詔勅の冊修」や元号「平成」の起草をはじめ、歴代宰相の指南役として知られています。いわば国家が安定するにはどうすれば良いかという政治の要諦を生涯にわたり研究し続けた人物ですが、その一方で国家の興亡、とりわけ亡国の研究にも余念がありませんでした。

それゆえに少年時代から「資治通鑑」や「春秋左氏伝」をはじめ「史記」「十八史略」などの漢籍に通じていたわけですが、空襲を逃れて埼玉の武蔵嵐山に開いた私学校「日本農士学校」の書庫にはフランスやロシアの革命史に関する文献も数多く収められています。

革命が意味するところはつまるところ政治体制の一大転換であり、政体の安定はいかに革命を防ぐかということにもつながります。リニューアル準備中の書庫を閲覧した際、「正篤先生なら、こんなアドバイスを世に発するのではあるまいか」。そう思い至ったのが今回の論考です。

おそらく最も有効なのは、グローバル企業の姿勢

どうすればプーチン率いるロシア軍の侵攻に歯止めをかけることができるのか。恐らくはロシア国民の厭戦機運を高め、軍の士気喪失や政治不信を醸成するよりないと思われます。国家間の経済制裁では少なくともロシア国民には直接響きませんし、各国首脳の停戦呼びかけも同様です。何しろ、各国首脳もプーチンにはメッセージを発しても、それは決してロシア国民に対する呼びかけではありませんから。もっとも呼びかけたとしても、ロシアの人々に響くとは限りません。

そうした中でも有効かと思われるのが、相次いで一時撤退を発表したグローバル企業のロシアに対する向き合い方です。ルーブルの暴落やサプライチェーンの不安などによるカントリーリスクを鑑み、事業撤退や操業停止もひとつの手ではあります。一方で軒並みロシアに背を向けるのではなく、あえてロシア国民と向き合うグローバル企業は出てこないものかと密かに願ってやみません。

どういうことかと言うと、正々堂々とプロダクトで勝負し、ロシア国民の世論を喚起するのです。たとえば対ロシアの事業方針がぶれまくって評価がガタ落ちのユニクロなどは、低価格や品ぞろえも去ることながら、カラーバリエーションの豊富さもセールスポイントの筈です。あえてロシア国内では黄色と青、二色に限り販売を再開することで、ウクライナへの連帯を示すことくらいはできるのではないか。

そしてロシア国内での販売利益は局面解決までの間、全額をウクライナ支援の基金に充てる。そうすることでロシアでの事業継続に対する大義も担保されますし、ロシアで物が売れれば売れるほどウクライナの支援につながるという暗黙の反戦メッセージになります。ロシア国民にとっても、決して小さくない抵抗のシンボルになることでしょう。

衣食住、とりわけ「食」のグローバル企業への期待

数多のプロダクトの中でも、訴求力がもっとも高いのは衣食住のうち「食」です。撤退がワールドワイドで報じられたマクドナルドにしても、ロシア国内での利益の使い方や、ハンバーガーの包み紙を2色にするなど、過大なコストをかけずにメッセージを打ち出すことは出来るでしょう。

プロモーションに関していえば、かつて米国の大手「バーガーキング」が包み紙だけを七色にした「プラウドワッパー」を販売し、世界中の関心を集めました。同社はウラジオストクはじめロシア国内にも店舗を構えていますが、プラウド~に続く製品を世に問う気配は今のところないようです。ならば世界を股にかけるマックがバーガーキングのお株を奪っても、何ら問題はないでしょう。

このように書くと、ロシアに肩入れするのかというご批判もあるかも知れません。けれども各グローバル企業がロシアでの儲けをウクライナ支援に全力で注入する限りは、これ以上に有効な、かつ平和裏にロシア国民の感情を揺さぶる手立ては私には思い浮かばないのです。

国連やNATOが実効性のあるアプローチを見出せず、各国の政治リーダーもプーチンの翻意を引き出すことが出来ない。こういう時こそ、ロシア国民のひとりひとりに働きかけるグローバル企業こそがなし得る業であり、同時に求められるノブリス・オブリージュであると私は考えます。

とりわけ衣食住を主力とする企業にはここ一番、頑張っていただきたい。そのうえでロシア政府から営業停止や締め出しを食らうなら、その時こそ堂々とロシアから手を引けばよろしいでしょう。世界はその様子をしっかりと見ています。

ほんのわずかな「もの」の見方や考え方次第で、ロシア国民の感情を揺さぶることが出来るアプローチはあると思うのです。もしも読者諸兄でグローバル企業のトップに親しい方がいらしたら、ぜひ提案いただきたいと願います。