1億総株主案、悪くはないが・・

岸田首相が掲げる「新しい資本主義」の実行計画に「貯蓄から投資への流れを作ろう」が含まれており、自民党の経済成長戦略本部が首相に「一億総株主案」が提出されました。

これを受けた街の声はバッシングというか、「アホとちゃうか?」と言わんばかりの声を拾っているようですが、これは偏向報道だと思います。日本人の資産は頑なに銀行預金であって投資に向かない岩盤があるのは事実なのです。これがなぜなのか、考えてみたいと思います。

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数日前、以前、弊社のマリーナを運営していた社長からメールがあり、「自分は今、アメリカの投資ファンドと一緒に動いているのだが、お前と会えないか?」と。即座に返したのは「マリーナを買収する話なら1ミリのチャンスもないから会わないよ」と。その後、電話で話をするとニューヨークのマリーナ買収ファンドが350億円の資金を元手にBC州とアメリカのワシントン州のマリーナ買収を仕掛けており、既に2つの施設が興味を示していると。

2か月ほど前に彼らが視察に来た際に「お前のマリーナがお目にかなった」そうです。それに対して私の答えは「天まで札束を積まれても動かないよ」と。

弊社が所有運営する駐車場に隣接するホテルの駐車場は10年間ほど弊社が運営していて、その後、ホテルの所有者変更によりBC州最大手の駐車場運営会社に代わりました。その会社が最近カナダ最大の駐車場会社に買収され、看板が全部入れ替わりました。駐車場の運営に何か変わったことがあるかと言えばナッシングなのですがある日突然、看板が変わるというのは街でも結構見かける話です。

いわゆる買収話はもはや主婦の井戸端会議なみに起きています。現在進めているグループホームの開発事業の設計チームのうち2つの会社が短い作業期間中に買収され、オーナーシップが変更になっています。また、数日前は私が所有するあるカナダの準大手金鉱会社が南アフリカの会社に買収されると報じられ、今、売るか、新会社に託すか、考えています。

世界が金余りであることはご承知の通りですが、何が起きているのか、と言えば資本による淘汰であり、業界再編が極めて速いスピードで進んでいることです。

以前、ご紹介したと思いますが、街中のオフィスビル、商業ビル、賃貸物件などはほとんどがファンドが所有し、今や自社ビルにこだわる会社は少数派であります。かつてはGMにしろ、クライスラーにしろ最高に目立つ建物を所有することが企業にとってのステータスシンボルでした。しかし、近年、経営者はそれこそ無駄の極み、我々は不動産事業者ではないというスタンスを明白にしたのです。

これは何を意味するのか、と言えば企業において事業部隊と経営側がかなり分離しているということだとみています。買収が頻繁に起き、それがスムーズに進んでいるのは経営陣が買収によるメリットを第三者などに諮問し、株主、従業員、取引先などすべてのステークホールダーにメリットがあると考えるなら経営陣や創業者が「いやだ、俺は売らない」とは言えない時代になったのです。

通常、企業の数が淘汰されれば経営効率は上がるのでメリットは大きくなるでしょう。但し、味もそっけもない運営が待っていることになります。それでも企業価値が上がるなら否定できないかもしれません。

では冒頭のお題に戻ります。なぜ、日本で「一億総株主案」が小ばかにされるのでしょうか? まさか、バブルの時に痛手を負ったおじいさんが「もう株はやらん」と言っているのをまだ引きずっているとは信じ難いです。あるいはセロトニンが少なくて、いつも不安を抱える中、株を買って1円でも下がれば「損した!」と大騒ぎする奥様を説得するのが大変だからでしょうか?

私は日本の企業が抜きんでた成長にならず、株価が十分上昇せず、時価総額が増えないこと、その間、元気のよい新興企業がIPOを通じてどんどん株式市場に参入し、株式市場戦国時代というより何が何だかさっぱりわからんというのが正直なところではないでしょうか? 東証は証券コードが足りなくなってコードにアルファベットを組み合わせる仕組みを打ち出す予定ですが、人口減の日本で証券コードが足りなくなるってどういうことでしょうか?

日本ではなぜ、M&Aが北米ほど普及せず、業界の淘汰が進まないのか、と言えば経営陣と事業母体が一体化しているからなのです。つまり、仮に買収案件があっても「社長、あんな会社と一緒になるなら私は辞めまっせ」という訳です。

日本人がいまだに「うちの会社は…」というのは会社組織が自分のアバター化しているわけです。これでは経営陣が独立し、ステークホールダーの利害云々以前に子供のように「あいつ、嫌な奴だから」「あんなビジネスしている会社とうちの会社を一緒にしてほしくないね」になるわけです。

これでは日本の会社の企業価値は絶対に上がりません。故に株価も上がらず、一億総株主提言などすれば「ふざけんなよー」になるわけです。自民党の経済成長戦略本部はここがわかっていないのです。というか、この説を述べている人は学者でも少ないかもしれません。ですが、海外と日本の両方でビジネスをしていると見えてしまう日本型経営の盲点の一つでもあるでしょう。

日経に「台湾企業『日本買い』の波 鴻海のシャープ買収皮切り、次の狙いは自動車」とあります。これもおかしな話で日本企業は日本企業に買収されるのは抵抗するのですが、外国企業だと割ところっといってしまいます。

次の狙いは自動車。これはありそうです。国内市場が萎んでいるのに7社も非効率に競争してきたのです。日本企業同士でM&Aをしなければ7社のうち3つぐらいは外国に持っていかれるかもしれません。でもそうすれば株価は上がるでしょう。東芝も最後どうなるのかわかりませんが、たぶん、外国ファンド主導で再生され、再上場する時には外国主導であれば株価は高くなると思います。皮肉なものです。理由の一つは経営陣、特に社長の海外投資家向けの発信能力であることは確実でしょう。

一方の日本の個人投資家はこぞってアメリカなど海外へ投資の目を向けています。海外の企業がわからない人のために海外企業をベースにした投資ファンドが国内でバカ売れしています。これでは結局、日本人が日本企業を信じていないともいえるのでしょうね。

とても不思議な光景を海の反対側から眺めながら「新しい資本主義、もう少し、深掘りしてほしかったな」と思っています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年6月2日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。