大統領執務室移転の舞台裏(高 永喆)

政策提言委員・拓殖大学主任研究員・元韓国国防省分析官 高 永喆

韓国の尹錫悦大統領は5月10日午前0時、ソウル市龍山区の国防省大統領執務室の国家危機管理センター(地下バンカー)状況室で国軍統帥権を受け取って、5年間の大統領任期を始めた。

就任式当日、歴代大統領が執務した青瓦台を国民に開放すると、500万人以上が訪問予約するなど、大きな関心を集め、尹大統領の人気も高まっている。

青瓦台
TkKurikawa/iStock

尹大統領が青瓦台に入らず国防省に執務室を移転した第一の理由は、至って質素な検事出身として贅沢な特権生活を営むのが国民に申し訳ないからだ。雲の上に君臨する特権と権威の象徴で華麗な宮廷・青瓦台を国民に取り戻すとの公約を自ら実践したわけだ。

第二の理由は、前政権が従北朝鮮路線で青瓦台職員の中に北朝鮮に買収された工作員が存在し盗聴の恐れがあるからだ。2014年に韓国へ亡命した北朝鮮の工作機関・偵察総局の大佐は青瓦台に工作員を潜り込ませたと証言した。保守政権の当時ですら工作員が侵入していたとすれば、親北政権の下でどれだけ拡大したかは明らかだろう。

第三は青瓦台が風水地理学的にも望ましくない場所だからだ。歴代大統領が不幸な終末を迎えた前例が重くのしかかっている。

国防省が位置する龍山地域は移転する前の在韓米軍司令部と韓国陸軍本部が位置していた韓国安保の中心地である。

筆者は現役の時、約3年間、旧国防省の地下バンカー総合状況室で情報ブリーフィング将校を務めたことがある。

旧国防省(現在は国防省の支援部署が残った)の正面北側には戦争記念館(旧陸軍本部)と旧在韓米軍基地(平澤移転)の敷地がある。南側の背後には広い敷地があり、そこに新たな国防省の建物を新築した。大統領府は新築した国防省庁舎に執務室を移転したのだ。

国防省新庁舎の左側には統合参謀本部(以下、合参)の建物も並んで新築された。合参の新庁舍は韓米連合司令部と共有するように建設された。しかし、米韓連合司令部が平澤(在韓米軍基地)に移転して空間の余裕が生じ、国防省新庁舎に入った指揮部署は左側の合参新庁舎に移転した。合参は戦時、平時にかかわらず情報・作戦指揮が一本化された。

5月30日、尹大統領は就任後初めて国防省と合参を訪問した。執務室からすぐ隣なので歩いて訪れ、構内食堂で昼食を共にした。

大統領執務室の地下に設けられた国家危機管理センターの状況室では、合参指揮統制室から情報、作戦状況報告を受ける。同センターは、国家安全保障会議(NSC)が開かれる場所でもある。

きちんとした安全保障こそ平和を維持し、経済安定をもたらす礎石であるという現実を再認識する。

(2022年6月2日付「世界日報」より転載)

高 永喆
1953年韓国全羅南道生れ。1975年韓国朝鮮大学卒業、同年海軍将校任官、海軍大学卒業。駆逐艦作戦官を経て第2艦隊特海高速艇隊長、済州道防衛司令部情報参謀、海軍士官学本部隊長、国立海洋大学・海軍教育団(ROTC)教官・副団長を歴任。1989年からは、国防総省北朝鮮分析官(専門委員)、同日本担当官(防衛交流)を務める。1993年金泳三政権の軍部粛清により、全斗煥、盧泰愚の元大統領及び軍政治団体ハナ会らとともに逮捕。その後、金大中大統領の特別赦免・復権を受ける。1999年12月に来日以降、テレビ、新聞、週刊誌に北朝鮮問題解説、特講、講演を通して日韓友好に寄与中。著書に『北朝鮮特殊部隊 白頭山3号作戦』(講談社)、『国家情報戦略』(共著、講談社)など多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2022年6月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。