コロナ禍で業績が悪化し、様々な特別融資で運転資金を手当てして生き延びた中小企業は多いだろう。返済にあたっては1~3年の据え置き期間を設けることもできるが、いざ返済が始まるまでには業績を立て直さなければならない。
創業経営者であればおそらく売り上げを増やすことには長けているだろうが、非常時の資金の調達には意外と疎かったりする。
しかし資金調達は、売り上げの拡大と同等に重要な仕事である。言うまでもないが、企業は赤字であっても資金が尽きなければ継続できるが、逆に黒字でも資金が不足すれば破綻してしまうのだ。
建築、小売、飲食、介護、不動産など多業種にわたり会社を経営する立場から、中小・零細企業が融資という手段を賢く使い、会社の資金繰りを安定させるために必要なことを考えたい。
事業の拡大に必要な資金を確保する
私たち中小企業が事業を拡大していく局面では、投資のための資金需要が発生する。そのときに重要なのが金融機関からの融資である。
実業経験のないコンサルタントなどは「借金は悪」と述べたりしているが、私たち経営者にとっては避けて通れない道である。
仮に拡大するための投資や運転資金が手許金で賄える状況だとしても、融資を利用した方がいいケースが中小企業には多い。手許金を投入すべきところに融資金を充当することで、万一事業が不調になった場合に追加融資が受けられなくとも、いきなり資金繰りに喘ぐことはない。
また事前に計画を立てて融資を申し込むのと、事業が不調で資金不足に陥ってから慌てて融資を申し込むのとでは、融資実行の難易度と経営者のストレスには大きな差が生じる。言うまでもなく、前者の方がはるかに容易で低ストレスなのである。
融資申し込みに経営者ができること
金融機関の融資判断は、売上や利益などの「業績」や創業年数などの「信用」にのみ左右されると考えている経営者は多いが、実際にはその判断に人が介在する限り、その時々で様々な要件に左右される。それは同時に、知っているだけで融資の実現に近づく工夫が可能にもなる。
まず、融資の申し込みには必ず金融機関の支店担当者が関わるが、その担当者の動きがもたらす影響は大きい。
まずは担当者に事業実現への熱意を共有してもらうためにも、融資申し込みの提出資料は金融機関任せにしてはならない。事業収益の実現性を補完する資料を、経営者自ら積極的に提案していくべきだ。
投資する事業から返済の原資となる収益が本当に得られるのか、その実現性は、支店の担当者から上長である支店長に説明してもらわなければならない。その理解を助けるためにも、質・量ともに充実した資料を提示していきたい。
また融資の額が、自社をよく知っている支店長決済の範囲ならともかく、本部の融資会議にまで上がる規模なら、支店と異なり会社との心理的な距離が遠い分だけさらに多くの資料が必要になる。
この場合にも担当者任せにすることなく、遠方にある融資本部に向けて経営者が自ら事業の説明を行うのと同等の理解が得られるような資料を(使われるかどうかはともかく)用意しなければならない。
融資は時期に左右される
一般に金融機関は、民間か政府系かを問わず2〜4年で人事異動を繰り返す。
これは融資を申し込む上で注意すべき重要な特性で、例えば3月末に本部の融資担当者に人事異動があれば、それまで進行していた融資の審査は一からやり直しになる。もし急ぎの運転資金だった場合には、1〜2ヶ月の遅延でも深刻な事態になりかねない。
計画的な資金調達にあたっては、人事異動のスケジュールを念頭において早め早めに手配していくことが好ましい。
また貸す側の事情だけでなく、借りる側の企業にも時期に注意が必要な場合がある。毎年の決算月がそれだ。
大きな投資案件であれば、好調な決算資料をもって申し込みしたいところだが、融資の検討中に自社が決算をまたいだりすると決算書の再提出を求められることがある。その決算が低調だったりした場合には、融資の判断に悪影響を及ぼすこともある。
ちなみに運転資金が最も借りやすいのは、自社にとって資金調達の必要がないときだ。逆に支店から「お付き合いでいくらか借りてくれないか」と持ち掛けてくるようなときである。
将来的に運転資金の需要が発生するのが見えているときには、金利の支払い期間が多くなったとしても、そういうときに好条件で融資を受けられれば金利の支払い総額は抑えられる場合もある。
様々な金融機関を試す
融資を受ける金融機関は、自社が零細企業だからと地元の信金や地銀だけに限定せず、都銀や他府県の地銀、政府系などのエリア内にある支店へと広げることで、資金調達の可能性は広がる。
新しい取引の金融機関からいきなり多額の融資が承認されることは少ないが、まずは取っ掛かりとして少額の運転資金を借り、それをきっちり返済する事で信用を重ねていけば、ここぞというときに大きな資金を受けられたりもする。
筆者の場合でも、静岡県の零細企業でありながら都銀や他県の地銀からも融資を受けることができている。地元金融機関では融資が受けられなかった知人の企業が、筆者の助言で交渉先を大幅に広げたところ、他県の第二地銀の最寄り支店から融資を受けられたケースもある。
また、大きな事業の場合には複数の金融機関がまとまって融資を行う協調融資の形態をとることがあるが、そういう場合にも新規の金融機関との取引を開始しやすく、この場合はいきなり多額の融資があり得る。
新規の金融機関にしてみればこれまで取引がなかった企業への融資を判断するにあたり、既に取引している複数の金融機関から融資承認が得られているというエビデンスは大きい。
資本性劣後ローンとは
地銀や政府系機関には、私たちにあまり知られていない融資がある。「資本性劣後ローン」もその一つだ。
この融資の特徴としては、
- 長期の元金返済据え置き
- 業績連動の金利(赤字のときは金利負担が低くなる)
- 償還順位がすべての債務に劣後するため、金融機関は融資金を自己資本とみなす
などが挙げられる。
この融資を受けるのに適しているのは、今後取り組む事業において大きく収益が向上する見込みがあるが、現在のままでは資金が不足しそうだ、という状況にある企業である。
一般的には日本政策公庫や商工中金などのHPにあるフォーマットに従って事業計画を提出することで審査を受けられるが、残念ながら承認の事例はまだまだ少ない。
しかし、もし自社の事業が拡大局面にあり、今後大きな資金需要が予想できるなら、資本制劣後ローンにチャレンジして一定期間の運転資金を資金調達しておくことができれば、事業の実現と収益化に集中できる。
借り入れたときは大きく思える返済金額も、据え置き期間中に事業収益が数倍になれば返済の難度は大幅に低減する。
足りなくなるのを見越して多めに借り入れるなど、一般サラリーマンから見たら博打じみた借金に思えるかもしれないが、経営者が資金繰りに奔走しているために事業がうまく回らなくなってしまう実例はとても多い。
経営者であれば財務への向き合い方として、事業に必要な資金を逐次投入するような愚は避けなければならない。
金融機関との友好関係を築く
金融機関とうまく付き合うための通常実務としては、できれば担当者から催促される前に、毎年の決算書の提出はもちろんのこと試算表も定期的に支店に持参して、融資担当や支店長との人間関係を深めておくことが肝要である。
自分の都合のいいときだけ金融機関にすり寄るその場しのぎではなく、貸し手・借り手の双方が納得ずくで計画的な資金調達を行うことで、会社の資金繰りは恒常的に安定し、その分経営者が売上拡大や人材育成など本来の経営実務に集中できる。
昭和の創業者にありがちだが、必要なときに必要なだけの融資を受けて、そうでないときには支店には挨拶にもいかない殿様商売では良好な関係は築けない。
それは決して融資のためのこざかしい友誼づくりなどではない。金融機関は様々な企業の経営財務を見続けてきており、私たち事業主がその知見から得るものはとても大きいのだ。
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玉木 潤一郎(経営者 株式会社SweetsInvestment 代表取締役)
建築、小売店、飲食業、介護施設、不動産など異業種で3社の代表取締役を兼任。一般社団法人起業家育成協会を発足し、若手経営者を対象に事業多角化研究会を主宰する。起業から収益化までの実践と、地方の中小企業の再生・事業多角化の実践をテーマに、地方自治体や各種団体からの依頼でセミナー・コンサルティングの実績多数。
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2022年6月1日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。