大学の研究者が、来年3月で雇い止めになるという問題が、最近また話題になっている。これは私が9年前のコラムで書いた「5年雇い止め」と同じ問題である。
文科省の調べでは、2023年3月末に有期雇用の期間が通算10年になる研究者は、国公立大学だけで3099人だという。朝日新聞や東京新聞は「大学が無期雇用にしないのはけしからん」とか「競争が激しすぎる」などと騒いでいるが、これはお門違いである。
大学側は10年で雇い止めするつもりはない。プロジェクトごとに有期雇用しているが、2013年4月に改正された労働契約法で、有期雇用契約が通算5年を超えると無期雇用に転換しなければならないという「5年ルール」ができ、その後、大学だけは「10年ルール」に延長されたが、その期限がいよいよ迫ってきたので、一律に雇い止めせざるをえないのだ。
厚労省の進める「ジョブ型正社員」
これは大学だけの問題ではない。「5年を超えて雇ったら正社員にしろ」という法律をつくったら、企業が正社員にしたくない労働者を5年未満で雇い止めするのはわかりきったことだ。パートのおばちゃんは5年未満で雇い止めという雇用慣行が定着してしまった。
その原因は、厚労省が進めているジョブ型正社員である。これはジェネラリスト型の「メンバーシップ」だけではなく、特定地域の特定業種で働き、転勤のない多様な雇用形態を認めようという話である。
ここでは雇用慣行をジョブ型にすることが雇用改革だということになっている。日立などのグローバル企業でもジョブ型雇用が流行しているが、問題はそこではない。解雇できない正社員という日本独特の雇用形態をなくさない限り、雇用は流動化しない。ジョブがなくなっても(配置転換などで)雇用を続けるリスクが大きすぎるからだ。
実定法に「解雇禁止」の規定があるわけではない。雇用契約は企業と個人の自由な契約であり、その一方が解除すると申し入れれば契約は解除されるというのが、民法の契約自由の原則である。労働法もその例外ではないが、日本では雇用を自由な契約とは考えないで、会社が労働者の生活を定年まで保障する温情主義が根強い。
解雇は少なくないが、労働者が訴訟を起こすと、裁判所は解雇権濫用法理を適用し、労働者が勝訴することが多い。これが判例として確立したのが、1979年の東洋酸素事件に関する東京高裁判決である。ここでは「整理解雇の三要件」を判示し、整理解雇を事実上禁止した。
「正社員」の廃止が必要だ
こういう実定法と司法の矛盾を解決するには、労働基準法を改正して金銭解雇を可能にすべきだという意見が昔からあるが、労働契約法16条では逆に解雇権濫用法理が立法化されてしまった。
ジョブ型正社員は、そこから一歩前進したようにみえるが、解雇できない無期雇用という点は同じなので、ジョブがなくなったら余剰人員になってしまう。それでもパート事務員ならつぶしがきくが、大学の研究者はそうは行かない。
理系の大学では、競争的資金を獲得して若いポスドクをたくさん雇うケースが増えている。そういう場合は資金の期限に応じて有期雇用にすることが多いが、無期雇用を義務づけられると、研究資金がなくなるので、その期限までに雇い止めするしかない。専門性の高い職種では、使い回しのきく正社員という前提が満たされないからだ。
本質的な問題はジョブ型かメンバーシップ型かではなく、すべての雇用を契約ベースにして金銭解雇を解禁し、定年まで解雇できない正社員という雇用形態を廃止することだ。正社員を守ろうとする役所や裁判所の温情主義は労働者を救う善意かもしれないが、結果的には彼らの仕事を奪い、日本経済をますます停滞させるのだ。