「緊急事態担当首相」だったジョンソン首相

英国、ジョンソン首相が辞任に追い込まれました。党首を降り、秋の党首選までは首相を継続し、その時点でバトンタッチというシナリオです。メディアのトーンは「嘘つき」とか「国内経済への不満」といったネガティブコメントが並びます。

NHKより

日経のThinkのコメントも表層的なコメントが並んでいるのですが、唯一、滝田洋一特任編集委員だけがジョンソン首相を慮る「辞任は残念」「キーウに乗り込む胆力はあっぱれ」と大変持ち上げています。

お前はどう思うのか、といえば滝田派です。あのような才能をもった政治家はそうそういません。英国のみならず世界を見ても今後、あれだけの熱意と開拓者精神をもった国家元首がすぐに表れることはないでしょう。至極残念です。

ただ、タイトルに書いたようにジョンソン首相が最も力を発揮できたのは緊急事態への対応だったと思います。まずはEU離脱。前任のメイ氏は英国の力はここまで落ちぶれたのか、と思わせるほど行き詰ってしまい、もはやEU離脱も一巻の終わり、というところで国民に請われて首相になりました。

ブリグジットはキャメロン元首相の読み違いから始まったもので混乱の悲劇の火ぶたが切って落とされました。その頃はジョンソン氏はロンドン市長の経験者としての知名度があったもののひねくれ者というイメージが強く、メイ氏がつなぎ役になるものの、上手くいかなかったわけです。

ジョンソン氏は離脱を決めるEUとの交渉も上手だったと思います。「人たらし」という評価もあるようですが、風貌や面白い言動は確かに秀吉に通じるものがないとも言えません。

次いで起きた緊急事態がコロナでした。当初の感染者数は英国はトップクラスの悪化率を誇り、自らもコロナにかかるなどした一方、ワクチン接種を促進し、国民にコロナからの呪縛を解き、自由を提供したのが最も早い国の一つでもありました。

もちろん、その過程で自らがパーティーに出ていたことが今回の辞任に追い込まれた原因の一つです。ボディブローのように今になってそれが効いてきたのは社会が平常化してきてジョンソン氏のような「特殊任務向き」の首相から普通のリーダーを求める声に負けたということでしょう。

ウクライナの件についても英国は欧州大陸とは大きく異なった戦略を取り、ロシアとの強い距離感を維持しました。キーウへの乗り込みも先進国首相としては一番早く、まさに開拓者であったわけです。TPP11への加盟申請をしたのも忘れてはなりません。欧州という地理的にTPP11とはかなり遠隔地にあるのに英断をしたのもご立派でした。

今回、痴漢行為の議員を官僚に任命した責任も辞任に追い込まれた理由の一端ですが、私から見れば小さいこじ付け理由だと思います。日本の閣僚にももっとひどい不祥事で辞任するケースがあっても首相が辞めることはありません。

では今回、閣僚や幹部が3日間で53名も辞めたのは何だったのでしょうか?私から見れば英国政治のクーデターだったと考えています。つまり英国政治は必ずしも国民を巻き込んだ民主制というより政治力学の中で起きた反発に首相が屈したということでしょう。事実、首相の支持率はEU離脱の頃の6割が最高でその後、コロナパーティー問題で2割まで下げ、現在は3割を切る水準です。

今回、政治生命を絶たれるほどの事変が起きたわけではありません。ただ、首相のユニークネスにちょっと疲れた国民と辟易とする議員ということでしょう。その点では小泉元首相に似た末期とも言えなくはありません。

では今後の英国はどうなるのか、ですが、アメリカでトランプ氏からバイデン氏に引き継がれたイメージを想像すればよいかと思います。アメリカは政権交代が伴っていますが、英国も普通のバランス感覚を持った人が好いと思えるほど国家の事態が安定してきているということでしょう。

但し、これは一時的なことになると思います。国民不満が高いとされる物価を含む経済問題は英国だけの問題ではありません。スコットランドの独立を問う国民投票は23年10月がターゲットになっています。ロシアとの厳しい関係を維持する場合にどれだけ胆力のある首相が出てくるのか、という心配もあります。英国とロシアの関係は歴史的に007の映画の通りだということを忘れてはなりません。

それ以上に欧州という一つの塊を見た時、いよいよリーダーシップを取れる人物がいない点がもっと懸念されます。今の社会が強い牽引力あるリーダーを不要とし、なんでも会議で決められるというならそれは結構。しかし、このところ頻繁に行われているG7やG20をはじめ各種国際会議の成果は非常に落ちています。スイスで5月に開催されたダボス会議についても私は酷かったと当時コメントしたのですが、ノーベル賞を受賞したスティグリッツ教授が最近の寄稿で散々こき下ろしています。

大胆な仮説としては権威主義対民主主義の闘争のおいて民主主義陣営が「民主主義」の捉え方が出来なくなっているような気がしています。個人的にはアメリカ型民主主義は既に機能マヒしていると思うし、日本の今回の選挙でも政治団体が多数乱立し、しかもそのいくつかは注目を浴びているというのはアメリカの前回の大統領選の際の民主党候補選びの混乱ぶりに似たところがあります。つまり強いリーダーではなく、「僕にも声を上げさせて、私にも参加させて」というフラット化だとみています。

はっきり申し上げるとこれはいつか詰まります。英国も普通の首相を選ぶのでしょう。民主主義陣営は「モグラたたき」化しているようにも見え、権威主義派がほくそ笑んでいるというのが私の見方です。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年7月8日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。