プーチン大統領「これはブラフではない」:核兵器の投入も警告

長谷川 良

ロシアのプーチン大統領は21日、部分的動員令を発令した。軍の動員令は第2次世界大戦後、初めてだ。30万人までの予備兵が召集される予定だ。

部分的動員令を発するロシアのプーチン大統領(2022年9月21日、クレムリン公式サイトから)

プーチン大統領はロシア軍がウクライナに侵攻して以来、「戦争」という言葉を意識的に避け、「特別軍事行動」と称し、ウクライナでの戦闘がロシア社会まで影響を及ぼさないように腐心してきた。戦死したロシア兵の家族には巨額の補償金を提供して口封じするなどを通じて、偽りの正常化を装ってきた。しかし、戦死兵士の数が急増し、状況は厳しくなってきた。プーチン氏が今回部分的動員令を発したことで、ウクライナ戦争はロシア社会の家々にまで入り込んでくることになる。なお、部分動員令の対象となる国民は過去、兵役を行い武器の使用に精通し、戦闘体験もある国民で、対象年齢は18歳から59歳まで。3週間から4週間で予備兵が戦場の前線に配置されるか否か不明だ。

部分的動員令が報じられると、ロシア各地で抗議デモが行われた。ロシアでの逮捕者を記録している組織OVD-Infoによると、少なくとも38の都市で抗議デモが起き、1300人以上が逮捕された。ロシアの侵略戦争が始まって以来、ロシアで最大の抗議となった。首都モスクワ中心部の商店街では多くの人が逮捕され、プーチン氏の出身地サンクトペテルブルクでも警察の連行車には拘束されたデモ参加者でいっぱいだったという。

一方、国民の中には召集状が届く前に国外に脱出する動きがみられる。ロシアで人気の予約サイトAviasalesによると、トルコとアルメニア、ジョージア、アゼルバイジャン、カザフスタンの旧ソ連諸国への直行便はすべて満席だ。これらの国では、ロシア人はビザなしで入国できる。航空券の価格は軒並み急騰しているという。多くの人は徴兵を回避するためにロシアから脱出しようとしているわけだ。

徴兵を拒否すれば、学生は大学から追放され、労働者は会社から解雇、最悪の場合、数年間の刑務所送りになるという。厳しい状況だが、若い世代を中心に“出ロシア”が広がり、「ロシアから頭脳流出」が懸念され出した。

なお、現行の「ロシアでの動員に関する法律」によれば、徴兵年齢のロシア人は居住地にとどまらなければならず、移動の自由は制限される。部分的動員令によると、戦闘行為への参加を拒否した場合、最高で10年の懲役刑に直面する可能性がある。モスクワの連邦評議会は同関連法案を可決済みだ。

インスブルック大学国際関係の専門家ゲルハルド・マンゴット教授はオーストリア放送とのインタビューの中で、「プーチン氏は動員令を発すれば、ロシア国内で動揺が生じることを知っていた。そのため動員令の発令が遅れた。しかし、軍関係者との協議の末、動員令を発せざるを得なくなったのだろう。その主因はウクライナ東部でのウクライナ軍の攻勢だ。政治的考慮より軍事的思考を優先したわけだ。その結果、ウクライナ戦争はロシアの全家庭にまで入り込み、国内で反戦の動きが活発化することが予想される」と分析する。

ウクライナ東部・南部4州で親ロシア派は23日から27日にかけロシア編入に向けた住民投票の実施を計画している。独立した国際選挙監視員の不在の下での投票では、編入賛成が多数を占めることは明かだ。ただし、問題が出てくる。東部地域がロシア領に編入された結果、ウクライア軍がその領土まで侵攻した場合、もはや自国の領土防衛ではなく、ロシア領への侵入ということになり、ウクライナ対ロシア両国間の戦争を意味する。同時に、ウクライナ軍に近代的な武器を供給する欧米諸国はウクライナの親ロシア勢力との戦いではなく、ロシアとの戦いになる。それだけに、欧米側もこれまでのように武器を提供できるかは不明だ。

バイデン米大統領は21日の国連総会での演説の中で、「ウクライナでのロシア軍の侵攻は戦後の国際秩序を破壊するものであり、明かに国連憲章に違反している」と厳しく批判し、ウクライナへの支援を国際社会に呼びかけている。

プーチン大統領は21日、部分的動員令を発する時、ウクライナを非難する以上に、「ロシアに対する欧米諸国の敵対政策」を厳しく批判する一方、「必要となれば大量破壊兵器(核爆弾)の投入も排除できない」と強調し、「This is not a bluff」(これははったりではない)と警告を発することを忘れなかった。

マンゴット教授は、「ウクライナ軍の攻勢を受け、戦局が厳しくなった場合、ロシアが戦略核兵器を居住地でない場所で爆発させ、威喝する可能性は考えられる」と指摘。同時に、「プーチン氏が現在の立場にいる限り、ウクライナ戦争の解決は考えられない、ロシア軍がウクライナ内の占領地を失うようだと、クレムリン宮殿内でプーチン氏に反旗を翻す者が出てくるかもしれない。宮殿クーデターだ。その場合、新しい指導者はプーチン氏の戦争を継続する考えはないだろうから、ウクライナ側と停戦交渉に応じるだろう。ただし、このシナリオは近い将来現実化するとは考えられない」と述べた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年9月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。