あの“アベ(安倍)ライン”を見よ

安倍晋三元首相の国葬が27日、東京都千代田区の日本武道館で執り行われた。首相経験者の国葬は1967年の吉田茂氏以来55年ぶり。国内外から4000人以上が参列し、憲政史上最長の通算8年8カ月にわたり首相を務めた安倍氏に最後の別れを告げた。

2022年9月27日、東京、一般献花のための列

安倍元首相は7月8日午前11時半、奈良市で参院選の応援演説中、41歳の無職の男性に2発、背後から銃撃された。心肺停止状態でヘリコプターで病院に搬送され、4時間以上に及ぶ手術を受けたが、銃弾が心臓を直撃しており、大量の出血が原因で死去された。67歳だった。

読売新聞電子版によると、一般献花台は、国葬会場の日本武道館から約100メートル離れた九段坂公園に設けられた。「朝から花束を手にした人が最長約1・7キロにわたって列を作ったため、受け付け開始時間が午前10時から30分前倒しされた」という。その記事を読んだ時、8日前の9月19日にロンドンで挙行された英エリザベス女王の国葬を直ぐに思い出した。

あの時はテムズ河沿いから女王の棺が安置されていたウェストミンスターホールまで、女王に最後の弔意を表明したい国民が7キロ余りの長い列を作った。列の人々は黙々と一歩一歩、女王の棺があるホールに向かっていることに満足していた。当方はそのシーンを見て、“エリザベス・ラインの奇跡”と呼びたくなった。当方はコラム欄で「あのエリザベス・ラインを見よ」という見出しで、英国民が見せた美しい長蛇の列を驚きと称賛を込めて記事を書いた。

安倍さんの列はエリザベス女王の時ほど長い列ではなかったが、安倍元首相に最後の別れを告げる人々の列も整然としていた。読売新聞電子版はその長蛇の列に並ぶ参列者にコメントを取っていた。参列者はそれぞれの思いを込めて答えていた。

英国では多くの参列者は即位70年間を全うした女王への尊敬とその女王が歴史の舞台から去ったという「歴史的出来事」を逃すまいという思いから列に並ぶ人々が多かった。安倍さんの場合、67歳という政治家としてもこれからまだ活躍できる歳にもかかわらず、銃殺で非業の死を遂げた政治家への同情と、持病をかかえながら明日の日本をよくするため精魂を込めて歩んできた政治家への感謝の思いが強いのではないか。

安倍元首相の国葬挙行では朝日新聞ら左派系メディアが法的根拠やその正当性を上げて批判の論調を展開。国葬反対の抗議デモが一部あったが、大きな問題もなく国葬は無事行われた。エリザベス女王の時も安倍元首相の時も、国葬の日は快晴に恵まれた。

国葬をテレビ中継とビデオでフォローした。岸田文雄首相は追悼の辞の中で、「あなたが敷いた土台の上に、持続的ですべての人が輝く包摂的な日本、地域、世界をつくっていく」と述べ、ポスト安倍時代のかじ取りに改めて決意を表明した。

当方は友人代表で弔意を表明した菅義偉前首相の話に感動した。当方だけではなく、多くの日本国民がそうだったという。菅氏の話は心に響く内容で、余り知られていない安倍氏と菅氏との人間的な交流劇は新鮮であり、感動的だった。2期目の自民党総裁選出馬をためらっていた安倍氏を説得させたことを、「政治家菅義偉の生涯最大の達成」と語る菅氏の言葉は聞く者の心を打った。そして「安倍氏は日本国の真のリーダーだった」と述べていた。

当コラム欄で「あのエリザベス・ラインを見よ」(2022年9月17日参考)と書いたが、それに倣って、安倍さんに弔意する長蛇の列を「あの“アベライン”を見よ」と呼びたい。

IT技術が発展し、遠く離れた者同士も相手の顔を見ながらコミュニケーションができる時代に生きていることもあって、供奉の列に加わるといったことはなくなった。食糧配給所の前や救援物質を得るための長い列も遠い昔話になってしまった。それが、エリザベス女王と安倍元首相の国葬で変わった。亡くなった偉人や英雄に弔意を表明するために人々は列を厭わなくなった。「列」(ライン)が復活したのだ。

菅氏は「総理、あなたは今日よりも明日の方がよくなる日本を創りたい。若い人たちに希望を持たせたいという強い信念を持ち、毎日、毎日、国民に語りかけておられた。そして、日本よ、日本人よ、世界の真ん中で咲き誇れ。これがあなたの口癖でした」という。

日本国民は本当に国を思う愛国者を失った。ただ、喪に服する時間はあまりない。故人が残した日本を今日よりも明日よくするために、取り組まなければならない課題は多いからだ。

安倍元首相の献花台 NHKより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年9月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。