エドワード・スノーデンが問いかけたもの

野口 修司

「あ、エドだ、久々に各TV局に何度も紹介されている」

筆者のオフィスは、10数台のTVが常にONになっている。無音だが、画像はいつも見られる。CNNやFOXも点いているが、3大ネットワークがメインだ。米国民がなにを見ているか知る1つの手がかりがABC・CBS・NBCだ。

TVとしては3大ネットと、たまに対立するCNN、その仇敵のFOXを見ている米国民の数はかなり少ない。日本では多いと思われているだろうが、事実は違う。平均的な米国民は有料のケーブルではなく、無料の3大ネットワークを見ているのだ。

この日はちょうど安倍氏の国葬の日。日本では大ニュースだが、筆者が見た限り米国内では放送されない。米国民は関心がない。CNNが少しだけ立ちレポをやったのというのを、「日本の報道」でみたくらい。

代わりに1日何度もTVに登場したのが、我が友、エドワード・スノーデンだ。

エドワードスノーデン氏(左)と筆者
筆者提供

報道内容は簡単だ。プーチンがスノーデンにロシア国籍を与えたというニュース。露政府官報で発表された。息子2人の子育てで忙しいスノーデンは、複雑な気持ちで喜んだ。

ウクライナで違法侵略・併合を繰り返すプーチン。そこのお膝元で生活している気持ちはどうなのか? 特にプーチン政権のメデイア操作をどう分析する? など質問したかった。「パパ活に専念する」と、少し前に聞いた。下手にプーチン批判をすると「地獄が待っている」ことを、誰もが百も承知だ。

後に詳述するが、スノーデンは祖国米国を裏切る形になった「内部告発」を、命を賭けてやった。米当局に拘束、機密情報持ち出し、国家反逆などで訴追されるのを恐れてロシアに逃げた。正式な亡命かどうか議論はあるが、永住権を申請、その後ロシア国籍も希望、それが今回叶った。元同僚の妻リンジーと息子2人を守る意味もある。

露国籍獲得はちょうどタイミング的に、プーチンが発令したウクライナ戦争への一部動員令と重なった。プーチンにとって「反米プロパガンダ」以外得るものが殆どない米国人を庇ってきたが、ウクライナ状況の悪化で、徴兵可能性の含みを持たせたとも言われる。

一応、ロシア国内にいる成人男子で軍務経験があるものは徴兵対象になる。スノーデンは米国内では軍務経験があるが、ロシア国内では全くない。しかし、露国籍を得たことで対象になり得る。まだ39歳、年齢的にも可能性がある。しかし、スノーデン本人には確認しそびれたが、周辺取材で言えることは、彼がウクライナ戦争に参加する可能性はぼゼロだ。

スノーデンの露国籍取得に関する日本での報道は殆どない。直接取材していないこともあり、状況証拠だけで「思い込み」をいうメディアが多い。もともとモスクワに滞在できることと引き換えに米諜報の機密情報をロシアに渡してきたので、別に露国籍が与えられても、当たり前でなんのニュース価値もないという見方もあり、日本ではベタ記事扱いだ。

日本でのニュース価値がないのは間違いないが、もう1つの側面に関する事実は違う。スノーデンが一番誇りに思っていること。誤解されると本気で怒る部分。何度も否定してきたことが、米諜報を流すなど「ロシアへの協力はない」ということだ。

頭が良いスノーデンのことだから、身を守るために、協力するフリをした可能性はある。だが彼はいずれ米国に戻ることを計画中だ。オバマやトランプ政権で浮上した恩赦可能性と共に、「公平で正義を追求する裁判」を受けられるという保証があればという前提だ。間違いなくスノーデンは米国の愛国主義者だ。だからこそ、米国の機密情報を公開した。

最近TVに出ずっぱりの防衛省の高橋先生。知見は大変素晴らしくいつも勉強になる。尊敬する。だが、プーチンの動員令と絡めて「ウィキリークスのスノーデンがロシア国籍を・・・」と発言した。勘違いだ。共通点もあるが、告発サイト「ウィキリークス」は、これも我が友ジュリアン・アサンジが創始者だ。全くの別人だ。

この拙稿の目的は「ロシア国籍云々」とかではない。10数年が経過し、殆どの人が忘れているだろうが、エドワード・スノーデンとジュリアン・アサンジが世界的なニュースになった「事件」。これは日本にも関係があるのだ。少し振り返ってみよう。

アメリカ国家安全保障局・NSAとは

スノーデンはNSA国家安全保障局の職員。CIAの仕事もしていた。NSAは「No Such Agency=そんな組織など存在しない」という米国の諜報組織。気が遠くなるくらいの予算規模を抱え、厳密にいえば非合法も含めて世界中でいろいろなことやっている。民主国家米国では非常に珍しいが、議会の非公開委員会を除き、詳細は米国民にさえも公開されていない。「米国益のために」という看板を掲げて、国内・海外で秘密活動を継続する。ワシントンの筆者の根城の近くにCIA本部と共にNSA本部もある。

昔、CIAでアポがあり、本部訪問することになった。その時、近づきながら車内から本部ビルの撮影をした。小生が運転、カメラマンが助手席だった。着いたら「お前ら許可なく写真を撮っただろう」と言われ、旅券とカメラ・テープを取り上げられた。監視されていることくらいは予想するべきだった。CIAは本部に近づく車両内の動きを超高性能望遠鏡でみていたのだ。高高度の衛星利用監視も得意の連中だ。望遠鏡くらい朝飯前。問題ないか仲間に聞かれて小生がOKしたので、責任は小生にあるが、撮影をした仲間が可哀そうに罰金刑を受けた。

NSAは外人ジャーナリストを本部に訪問をさせてくれないので、アポが入れられない。つまり、近づいて写真を内緒で撮ることもできない。外観と遠景だけだ。

もともと天才が集まるNSA。その中でもスノーデンは図抜けて優秀だった。入局テストの時、彼は1人だけ信じられないスピードで答えをみつけた。周りの受験生がいまだにねじり鉢巻きの時、黒板前の教官につかつかと近づき「できました」と言った。教官は幾つもある超難題の1つが終わったと思い込んだ。「一問が終わっても、いちいち報告しなくて良い」と言った、スノーデンが「いや、全部終了です」と言って、教官がのけ反ったというエピソードは有名だ。

スノーデンは日本の横田基地にも、覆面諜報員として駐屯した。ある日、スノーデンが気が付いたこと。世界の独裁国ならともかく、個人のプライバシーを重んじる米国ではまずありえないことだった。本人の許可なく、勝手にネットやPCから個人関連も含む各種情報を入手、世界中の個人や国の動きをNSAは監視していた。自分自身の生活までみられていた。対象は当然だが、日本など同盟国も含まれている。いまの世の中、仮想敵相手だけでは戦えない。

例えば、スイッチを切ったノートPC。上蓋の役目もしているスクリーンが開いている限り、NSAはリモコンで操作して、実況中継的に監視できる。別の技術だが、個人がネット使用で得ている情報も筒抜けだ。本当なのか? 筆者はNSAで実際に担当していた上級諜報員、スノーデンの上司でもあったウイリアム・ビニー氏に、オランダで見せてもらった。驚くべきことに技術的に可能なのだ。

スノーデンは当時一応安全と思えた香港で、世界に向けてNSAがやっている傍受・盗聴行為を公開した。当然、証拠として入手した機密情報も、信頼できる米国人ジャーナリストに渡した。公開後、米当局の拘束を恐れて香港からモスクワに飛んだ。できればやはりロシアは避けたい。フランスなどにも亡命を依頼したが断られて、モスクワに長期滞在、いまに至る。

スノーデンが組織の大先輩で内部告発の先駆者として尊敬するやはりNSAの専門家、トマス・ドレイクにも、筆者は実際にワシントンで会って長時間話を聞いた。彼はスノーデンなどよりもずっと上位の高官だ。だがスノーデンらと同じように、国家権力・ビッグブラザーが求める安全保障のために、個人情報を勝手に無制限に盗まれて良いのだろうか? という疑問に行動で示した。

9.11が切っ掛けになり、その防止で米政府によるなりふり構わない個人情報・権利への侵害。その捜査方法や実態に関する国家機密情報の入手・公開は重罪。トマスは訴追され、NSAの重要職を首になり、街を彷徨い、一時期アップル・ストアの店員にまで身を落とした。しかし、「祖国米国と自分の家族のためにやった」と後悔などない。話を聞いていて、その揺るがぬトマスの自信を確信した。

日本人でよく「思い込み」で、米国の陰謀論を振りかざす人がいる。日本や他国と違い、米国では権力が悪いことをすると、ほぼ確実に内部告発者が声を上げる。100%絶対と言えるくらいだ。米国で政府が悪いことを継続するの不可能といえる。国家権力が異常に強く、国民がお上に弱い日本では想像もできないだろう。政府批判をする彼(女)らを守る米国の内部告発者・保護法や米国民の民主主義への理解度も素晴らしい。

スノーデンとの対面

筆者は40年以上、米諜報の直接取材を継続してきた。友人もたくさんいる。例えば、1950年代日本にいて、米国に亡命したロシアKGB諜報員のユリ・ラストボロフ。世界スパイ史上に残るゾルゲに次ぐ諜報員とも言われる。筆者が世界で最初で最後の彼の2日間インタビューを可能にしたのも、切っ掛けはCIAなど米諜報界「友人の輪」のお陰だ。ユリは亡命後、CIAの仕事を長期間やっていた。

ユリ・ラストボロフ氏(左)
筆者提供

安全保障と個人の権利、どこまでどのようにバランスを取るか、非常に興味があった。友人を介して筆者はやっとスノーデン本人まで辿り着いた。

それまで、スノーデンはモスクワから世界に向けて情報を発信していた。NSAの悪行と共に、国家がどこまでやっていいのか、ヒト型リモコン・ロボット利用で、分かり易い事実と概念を使って、TEDなどで世界に問いかけた。

筆者は調査報道記者として、リモコンや講義は好きではない。どうしても、実際に会って対談したかった。手触り感が重要だ。人が書いたものを読むだけでは分からない。それが可能になり、モスクワで本人に会えることになった。

日本人ジャーナリストで「日本人初のスノーデン・インタビュー」というような本を出した人がいる。彼女は崇高な問題意識を持つ立派な記者だが、米国内からネット利用の遠隔地リモコン・インタビューだった。小生はその前にモスクワでスノーデンに実際に対面で会って長時間話を聞いている。だが公開は彼女の後だった。調査報道では、取材してすぐに公開しないことも多い。

スノーデンとの初のご対面。モスクワ市内のこちらの指定のホテルに来るという。筆者は米国など世界中の諜報員や関係者の直接取材を数十人やっているが、大体がホテルなどで、こちらが1人で待つ。向こうが見つけて、しばらく遠方から観察、安全そうなら近寄ってくる。スノーデンは少し違った。こちらの部屋番号を言えば、1人で来てノックするという。だが、そのホテルは保安上の理由でロビーから上層階へのエレベーターには、鍵がないと乗れない。仕方がないので、小生はロビーで待ち、部屋まで連れて行った。

殆どの諜報員がそうだが、スノーデンとは最初から気が合った。その時は本邦初公開は殆どなかったが、NSAがやってきたこと、監視社会、個人方法の保護と国家安全保障のバランスと疑問を丁寧に議論させてくれた。4-5時間があっという間に経った。最後に硬い握手をした。その時、モスクワでスノーデンに再会するとは思わなかった。

「スノーデン文書・日本ファイル」での取材

そして数年後、世界初公開。日米の諜報活動の実態を暴く最高機密「スノーデン文書」に、ご対面する機会が巡ってきた。それまで例えば、日米関係取材で「沖縄密約」の存在も、証拠と共に報道した筆者なので、当然ながら深めることにした。ロンドンの調査報道記者の友人も、ネット同時発表の形で助けてくれる。

世界を直接的な調査報道取材で、現場ばかり飛び回ってきた筆者個人は、自分で発表する場がない。落ち着いて座る時間もなかった。もし出来たとしても、現在のように全くの無名なので、どんな内容でも、誰もみてくれない。そこで各種取材で戦友だった「日本の公共放送」に相談。再度組むことにした。

当然、政権への忖度は許さないし、そんなこともそもそも全くなかった。あくまでも、日本の国益、公益性を最優先にした。

日本はスパイ天国。防止法もないと言える。機密情報もいままで何度も、自衛官などからも漏れ出している。そのため理解できないかも知れない。米国では公文書は機密度によりランク付けされている。最高機密文書は、入手することはもちろん、所持しているだけでも、重罪になる。文書を入れたPCは法的に物的証拠になり得る。米国内にいる時は持たないようにした。取材と作業が終わったあとはハードデイスクを取り出して、ハンマーで破壊して、太平洋に捨てた。当然、日本では塒の馬場の安全な場所に隠してある。

米諜報は削除したデータなど簡単に修復、回復できる。例えば前述したCIA本部の撮影。映像を消去後、テープを返してくれと言っても相手にされない。「いくら頑張って消しても、簡単に戻せるのを知らないのか」と笑われた。

「スノーデン文書・日本ファイル」取材チームのやり取りは、当然全て暗号使用だった。その文書の内容は驚くべきものだった。例えば大韓航空機が撃墜された事件。なんの罪もない200数十人が亡くなった。ソ連は相変わらずウソをついた。だが日本のソ連軍の通信傍受により「撃墜した」という事実が、証明された。音声データが国連で公開され、追い詰められたソ連は、ついに事実を認めた。北方を守る日本の諜報技術のレベルの高さが証明された。

それだけでない。当時筆者は米諜報から噂を聞いていたことが文書で確認された。同じようなデータが2種存在する。米も独自に傍受していたが、自国の収集能力が明るみに出ないように、日本のものを国連で公開させた。生データ公開は、いろいろな情報を敵国に渡すのと同義なのだ。データを公開したお陰で、日本はしばらく効果的な傍受ができなくなった。ある意味、米国は日本の諜報技術を犠牲にして、ソ連を攻撃をした。噂が真実だったことが、この文書で証明された。

横田基地なども典型例だ。日本が資金を出して場所も提供、米諜報活動の支援をしている。物理的な施設だけではなく、入手した諜報も、日本は全てを米国に提供・献上する。日本国民は知らないが、イラク戦争で日本は水面下でも米国の援護射撃をしていた。現在のウクライナ戦争でも水面下で米国に協力していると推測できる。他方、米国など「5つの目=Five Eyes」は、収集した諜報を選択、漏れる可能性がある日本に渡しても問題ないものだけを提供する。いまでもそうかも知れない。

直接関わった日本人の、元諜報員は「日本国内に米国がある。日本は米国の出先機関」と言った。

敗戦後の日本は、米国の大きな影響を受けつつ、育まれた。特に戦後しばらくの期間「共産主義との戦い」に関しては勝共連合(統一教会)と基本は同じ。米の指導もあり、CIAに似た諜報組織が作られた。日本にも伝統的な「特高」「公安」などがあった。

前述した50年代東京を舞台に活躍したソ連KGBスパイ、ユリ・ラストボロフは、日本人を諜報員に仕立て上げて、数十人を手足のように使った。シベリア抑留の時に洗脳、祖国日本に帰る条件とするとか、謝礼金で釣ってKGBのいうことを聞かせていた。

ユリとは世界最初で最後のインタビューを切っ掛けに20年くらい親交を温めた。当時の日本がいかに諜報活動が簡単だったかを聞いた。逆に取り締まる側、当時の警視庁公安の責任者、山本鎮彦氏(事件後、警察庁長官)にも後楽園近くの自宅で、数時間詳細を聞いた。ソ連スパイのユリの動きを追うだけでなく、味方のはずの米諜報CIC、CIAの動きを掴むのも難しかったとした。ただし、亡命後のユリの供述で、部下の日本人の動きはほぼ完璧に掴んだ。日本人の1人は警視庁で取り調べ中に飛び降り自殺した。

ユリが使った人間利用の諜報活動は「ヒューミント」(ヒューマン)という。一方のスノーデンが関係した通信・データ技術利用の諜報活動は「シギント」(シグナル)と呼ぶ。他には公開情報を使う「オシント」(オープンソース)もある。

戦後間もないこのソ連スパイ事件が起きた50年代は「ヒューミント」が中心。それから「シギント」「オシント」の時代に入った。ユリが言ったことだが、当時、日本人スパイとのやり取りは、神社境内の巨木の祠に紙片を入れたり、大きなレストランで階を違えて席を取り、トイレに行く途中、階段ですれ違いざま、紙を渡した。きわめて泥臭いアナログ的なことをやっていた。ただシギントと違って、知らないうちに、傍受される心配はない。現行犯で捕まらなければ安全。シギントは傍受されても、敵にばれたか、なかなか分からない。そのまま泳がされることも多い。ここが怖い。

その後、通称「内調」内閣情報調査室、防衛省電波部、DFSなどが米国の協力などを得て成長、いまも日米防衛、日米協力のために、水面下で活躍している。

ここ20年近く「シギント」がますます開発され、磨かれている。NSAが促進する「Collect it All=全て収集」昔のように特定の個人や目標を深めるのではなく、扱えるデータ量もほぼ無制限、全ての情報をまずは収集して、あとでゆっくり分析、料理するのがいまのやり方だ。ネット利用のデータはほぼ全てが読まれていると言える。少なくとも技術的に可能だ。

モスクワでスノーデンが対面で言ったこと。インターネットなどに使われる通信衛星。それをハッキング、傍受して数百万もの個人・軍事情報を得る。だがサイバー防衛に使えるものはたった幾つかだけ。残りの情報はどうするのか?ここまでやる必要があるのか?これが、議論の対象だ。

海底通信ケーブルと共に、幾つもの通信衛星を、例えば大刀洗通信所で傍受。中国や北朝鮮に対する水面下での戦いに役立てる(大刀洗の現場にも行ったが、当然ながら取材拒否だった)。日本が場所や資金などを提供、英国から基本を学び、さらに数翻上げた諜報技術をもつ米国が先導する諜報活動の詳細も、スノーデン文書に書かれていた。

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「5つの目=ファイブ・アイズ」の活動と考え方なども、文書には書かれていた。日本に対するアングロサクソン同盟国の対応。非常に興味深く、ニュージーランドの元首相にも会いに行き、文書をみせつつ、自宅で長時間話を聞いた。

もともと文書を持ち出した張本人スノーデンにも再会して、詳しい話を聞きたかった。以前、会って人間関係ができている。比較的簡単にロシアで再度会えることになった。モスクワに1人で飛び、1週間に渡り、何度も部屋に来てもらって話を聞いた。

最初の対談の時は気が付かなかった。眼鏡が行方不明の時、彼は慌てた。それで分かった。スノーデンはもともとコンタクトレンズ使用。眼鏡は伊達だった。「かけている方が、知的にみえるだろう」と笑った。

スノーデンが自分の終身刑可能性をかけて持ち出し、世界に公開したことは、繰り返しになるが、「国家の安全保障のためなら、個人のプライバシーをどこまで侵害してよいのか?」ということだ。ちょうどその頃、安倍氏が大きな役割を果たした「機密保護法」が、日本でも話題を呼んだ。その是非も含めて、いまでも日本人はしっかり議論するべきことだ。日本も他人事ではないのだ。

入手した極秘文書の内容は、全部公開できないものもあった。万が一でも公にすると、日米が協力して諜報情報を入手する努力をしている「中」「露」「北」「テロリスト」が喜ぶ。いくら国民の知る権利と言っても、出してはいけない国益を損なうものもある。我々は注意深く精査して、問題がありそうなものは伏字、ボカシ、海苔弁にした。

「ウィキリークス」創始者 ジュリアン・アサンジ

ここで、登場させたいのがもう1人。やはり米国の機密文書を入手、世界に公開した告発サイト「ウイキリークス」創始者、ジュリアン・アサンジだ。現在、米国への「身柄引き渡し」を巡って最後の戦いを、ロンドンで継続している。

アサンジが米国の極秘文書を入手公開して世界に衝撃に与えたのが、米軍による誤射事件だ。日本人は30口径機関砲弾が当たった人体がどうなるか見たことがないだろう。本当にバラバラの肉塊、人間だったとは思えない残骸になる。米陸軍アパッチヘリからの機銃掃射で、テロリストに間違われた無実のロイター・カメラマンなどが12人殺された。米軍はその事実を隠蔽しようとした。だが、得意のハッキング技術などで、機密情報を入手したアサンジは、世界にその事実を公開、一躍有名になった。

アサンジに情報を提供した米陸軍情報官、彼から情報を引き出し、米軍に知らせたハッカーにも、サクラメントの自宅で長時間対談した。こんな大きな騒ぎになるとは思っていなかったそうだ。小生の長時間インタビュー後、彼は謎の死を遂げた。

筆者がアサンジに会ったのはロンドンなどで3回。最初はストックホルムだった。日本人として初めて、多分最後だろう。ドイツにいたハッカーの共通の友人を通して、何とか話を聞きたいと言った。確か午後10時の約束、指定のホテルのロビーで待つこと2時間。大遅刻で登場した。

すぐにインタビューしたいと言ったが、彼は拒否。カメラ無しでの話をしたいと言った。逆インタビュー、テストされた。最初は、平和ボケの日本人だから、大した経験もなく、知識もないだろう、テストして、話す価値がないなら、そのままお別れという考えなのが見て取れた。かなりの「上から目線」だったので、間違いない。

だが筆者はそれまで、世界中で米軍・米諜報の直接取材をしてきた。多分、日本人としてはトップクラスに入ると自負している。例えば、イラク戦争の報道。ブッシュ政権の片棒を担いだNYタイムス紙のジュデイス・ミラーという有名な調査報道記者がいた。彼女とは、カザフスタンで最初に出会った。米国防総省の特別許可でソ連が作った世界最大の炭そ菌製造工場の取材だった。それから親交を重ねてきた。彼女の良いところも悪いところも正確に話した。報道と言論の自由、政府とジャーナリストの距離感、戦争広告代理店、米政府による蛮行の隠蔽事実。これらも例を挙げて自分の考えを表明した。

完全に「試験合格」。小生の経験と知見に納得したアサンジは「明日また戻ってくる。その時は良い服装をしてくる」と言って、闇に消えた。午前3時近かった。

翌晩、アサンジは再登場、カメラ前で小生の尋問に答えた。情報発出・保管の方法。画まで使ってかなり詳細を話した。世界的に高い評価を得た。日本ではTV出演をしたり、有名評論家にもインタビューされ、講演までやった。

スノーデンとアサンジの最大の違いとは?

ここで一番、筆者が強調したいことは、アサンジとスノーデンとの違いだ。同じように米政府の機密情報を入手して世界に公開、是非を問う。議論をさせる。いろいろな価値判断はあり得るが、基本は素晴らしいことだろう。そこが共通点だ。

だが2人の大きな違いはなにか。アサンジは自分がジャーナリストで編集者と言った。つまり、入手したものを自分の判断で公開する。つまり基本的に全てを明るみに出した。

一方のスノーデンは、どこまで公開するかは信頼できるジャーナリストに任せるという姿勢だ。だから日米諜報・極秘文書の扱いも、小生らに料理の仕方を任せてくれた。

アサンジに1つ問い詰めたことがある。それは彼が公開した文書の中に、テロリストや仮想敵が攻撃する可能性と共に、その脆弱性も指摘するものもあった。対象には「日本の原発」も含まれていた。筆者はアサンジに言った。

なんでもかんでも公開はよくない。テロリストが喜ぶだけなのでは?

彼は平然と答えた。

いや大丈夫、これまでに大きな問題になっていない・・・

筆者は本当に驚いた。被害が出てからでは遅いからだ。ジャーナリストとか編集者という以上、自分の判断で、なにをどこまでどのように公開するのか、そこが重要だと思う。いろいろな部分の脆弱性も、個人名も全部出ている。「全部出し」は、やはり違和感だ。

特に「日本の原発」の警備体制は、世界でも殆ど最低のランク、高度なプロによる攻撃には役立たないという評価だ。そこの問題点は別稿に委ねる。

スノーデンとアサンジの共通点。世界の権力はどこでも誰でも、自己の権力維持、国民主権を忘れて、絶対的なパワーでやりたい放題をしようとする。米国などは9.11以降、愛国者法などで、国家の安全保障を理由に数々の人権侵害をやってきた。昔は共産主義、いまはテロ対策、「露」「中」「北」のような非民主主義・独裁者政権との戦い。抑止力と開戦準備のために、最高度の情報入手が最優先だ。どんな手を使ってもやり通す。

だがその時に、国民のプライバシー、権利、自由の侵害が起こり得る。そのため国家の機密情報をどこまで入手、公開するべきか、バランスをどのように取るか、永遠に続く議論になると思える。繰り返す。間違いなく日本も「他人事」ではないのだ。