2017年4月7日、当時の金融庁長官であった森信親氏は、日本証券アナリスト協会の第8回国際セミナーにおいて、金融界を震撼させる衝撃的な講演を行った。まずは、その一部を引用しよう。
「皆さん、考えてみてください。正しい金融知識を持った顧客には売りづらい商品を作って一般顧客に売るビジネス、手数料獲得が優先され顧客の利益が軽視される結果、顧客の資産を増やすことが出来ないビジネスは、そもそも社会的に続ける価値があるものですか?こうした商品を組成し、販売している金融機関の経営者は、社員に本当に仕事のやりがいを与えることが出来ているでしょうか?また、こうしたビジネスモデルは、果たして金融機関・金融グループの中長期的な価値向上につながっているのでしょうか?
ここ数年、友人から、「母親が亡くなり遺品の整理をしていると、最近購入したと思われる、お年寄りには到底不向きのハイリスクで複雑な投信が、何本も出てきた」という苦情を聞くことがよくあります。もしかすると、そうした投信を売った営業員の方は、親のところにあまり顔を見せない子供たちに代わって、お母様の話し相手になっていたのかもしれませんが、これにより子供たちの当該金融グループに対する評価はどうなったでしょうか?こうした営業は長い目で見て顧客との信頼関係を構築する観点から本当にプラスでしょうか?」
この発言の裏には、金融界の実態として、まともな方法では売れるはずがないと思われる投資信託でも、顧客の真の利益に適わないと思われる投資信託でも、現に売れている事実があり、しかも、販売に関する法令違反等は皆無に近いので、金融機関が顧客を騙しているわけでもないという事実があったわけである。
投資信託は、顧客の資産形成需要との関連において、正しく適合する類型が特定され、そのなかから最良のものが選択されて、合理的な費用構造のもとで販売されなくてはならない、これが金融庁のいう顧客本位の意味だが、現実は全く違っていて、森長官は、顧客に甘えて、その信頼があることを利用して、顧客の利益のためというよりも、金融機関自身の利益にとって都合のいいものが販売されていることを指摘したのである。
つまり、顧客の善意に甘えて、信頼されていることを利用して、金融知識の不足につけこむことは短期的な利益になるとしても、中長期的には、次世代からの信頼を喪失して、顧客基盤が毀損することによる損失が大きくなる可能性があると指摘しているわけだ。
ここには、森長官の高度な金融行政の哲学があった。金融庁は、規制による直接的な介入を行わず、金融機関に商業の王道を歩むことを促すことで、金融の社会的機能の高度化が実現していく方向に、大胆な路線転換を断行したわけである。
■
森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
HC公式ウェブサイト:fromHC
twitter:nmorimoto_HC
facebook:森本 紀行