なぜ欧米ほど物価が上がらないのか:日銀ではなく日本経済を憂うべき

為替に良い悪いはない、とされます。それは何処に焦点を当てるかで違うためでその言い分も当てはまるように感じますが、今回の円安はやはり、日本全体を考えるとマイナス要因が大きく厳しいように感じます。

今の為替の問題は米ドルが強すぎるという枠組みの中で米ドル以外が「弱者競争」をしているのですが、その中で「真の弱者は誰か?」と考えると円が主要通貨ではそのトップを維持しています。直接的理由は金融政策の差異であって、他国の中央銀行がアメリカに負けまいとせっせと金利を引き上げているのに日本は金利を引き上げる余力がない、つまり、消費力も企業の賃金も十分引き上げられない状況だからでしょう。これは日銀が悪いというよりも、物価が上がらない日本経済そのものを憂うべきです。

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ではなぜ、物価が上がらないか、といえば商品やサービス価格を引き上げれば顧客がそっぽを向くのが明白で完全競争下での仁義なき戦いが競合企業の振り落とし競争と化しているからです。企業は我慢に我慢を重ねていますが、その歪みと影響は従業員の賃金圧迫に行きつきます。ならば経営のノウハウや資金、人材がばらける競争下より寡占のほうがよいようにも見えなくはありません。完全競争は消費側には有利ですが、供給側には現代の経済レベルや経営水準を当てはめると必ずしも都合がよくない点も見えてきます。

完全競争というのは自分の手が届くところに数多くの似たような選択肢があることです。これはフェアシェア理論で簡単に説明できます。1万人の商圏に5つのまったく同じサービスをする会社があれば一つの会社のフェアシェアは2000人の顧客です。仮にそのうちの一社が値上げすれば顧客は残りの4社に流れます。つまり、2500人の競合相手となり、値上げした会社は脱落します。

そこで企業は商品の差別化を図り、価格だけが商品やサービスの違いではないように仕向けます。わかりやすい例は町医者や歯科、整骨院などでしょう。患者は価格で行く人はいません。そばにあるか、評判を聞くかのどちらかです。病気がすっかり治るなら多少遠くてもその医者にかかりたいと思うはずです。病院で「私の治療代、いくらか見積もってください」という人もいません。ただ、病院の診察料は何処でも似た価格という安心感が背景にあることは事実ですが。

日本に於ける問題点はどの競合相手も極めて高いレベルの品質を提供しているため、頂上決戦のようなもので消費者側からすれば極端な話、どの商品を選んでも見劣りすることはなく、最後は価格の差異がモノを言うことが多いという背景もあるかと思います。

実は今回、日本にいた際にある「チェンジ」をしました。それは普段使いのスーパーマーケットです。近くにOKスーパーがあり、価格的に相当魅力だったことから今まで何も考えず、そこに通っていました。が、総菜が欲しくてOKスーパーに行ったら選択肢が今一つなのに黒山の人だかりでした。そこでピーコックとライフに行ったのですが、価格とクオリティが自分的にはマッチしません。

さて、と思い、サミットに行くとこれがビンゴでした。総菜の種類が多い上に、こんなのも売っているの?、というものもあります。その上、夕方には100円、200円引きのステッカーがどんどん貼られていきます。OKスーパーはそもそも売り切れてしまうのでそのような時間帯メリットが取れません。そして最大の違いはOKのようにレジでさほど並ばないですむ点でしょう。つまりゆっくり買い物ができるのです。これなら5円10円の差なら私はサミットが良いと判断したのです。

日本経済の最大の問題は物まね経済です。誰かがなにか新しい商品を売り始め、それが当たると雪崩のように他社が一気にその市場にめがけてきます。初めは商品の差別化を図ろうとしますが、基本的には価格を下げる方が端的な効果があるので結局、価格競争を制し、売り上げを確保した者だけが勝ち抜くパタンが延々と繰り返されるのです。また、人の引き抜き合戦で他社の秘密を盗むのもごく当たり前でカッパ寿司の社長が捕まったのはその好例です。

なぜ、こうなるのでしょうか?ほぼ単一民族であるために消費者の好みが似通っている点もあるし、情報誌やメディアがほぼ同一のトーンで流行を伝えることもあるでしょう。これでは国内向け消費者には「流行」という一点を攻めればある程度の売り上げが期待できる非常に単純なマーケット形成だともいえます。しかし海外向けでは「当たるも八卦」的になりかねません。これが日本の輸出事業に於いて部品では世界を制する商品がたくさんあるものの最終消費財でなかなかヒットが出なくなった理由です。

そうはいっても、日本で消費財の差別化はできないし、今後も何を言っても改善も期待もできません。日本人のメンタルが変わることがなさそうだからです。とすれば海外企業が日本市場に興味を持たなくなり、直接投資が減る公算があります。今までは日本市場を「お得意様」として価格的に世界の中でも特別考慮していたものが「通常価格」に戻す公算はあります。アップルの製品などはその一例でしょう。

また、東南アジアなどからの労働力も賃金格差や市場閉鎖性から他国を目指すようになるかもしれません。「嬉しいことだ!」という声も一部から聞こえてきそうですが、この少子化時代に労働力不足は悲惨な結果を生むことになります。「寿司屋の職人が海外に出稼ぎ」といった報道もなされています。寿司に留まればよいですが、私は建築職人やIT技術者がどんどん流出することもあるとみています。頭脳流出ならぬ「技能流出」です。

日本の製品はクオリティが良いから円安になれば売れる、というのは一昔前にまだ日本の競合相手が育っていなかった時の話です。私のようにカナダにいると逆に日本のモノに接する機会が極端になくなりました。逆説的には日本製がなくても問題ないとも言えるのです。メードインジャパンを探すのに苦労する時代になったのは海外に長くいる人間ではないとわかりにくいかもしれません。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年10月24日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。