米国と銃:日本人留学生射殺事件から30年

野口 修司

Moussa81/iStock

あれから、もう30年。可哀そうな服部さん。大型ハンドガンで射殺された。非常に優秀といわれるAFS高校留学生として、米国で勉強していた服部さんが、ハロウィーン行事参加で、訪問先を間違え、危険な侵入者と勘違いした?その家の住人に、有無を言わさず射殺された。

何の罪もない日本人学生が殺された。本当に痛ましい事件だった。

日本ではかなり大きなニュース。いつものように、「病んだ銃社会の米国。なんでこんな4億丁ともいわれる沢山の銃が、野放し状態で簡単に使われるのか?いい加減にしたら・・」というニュアンスの報道もあった記憶がある。

実際にそうなったが、「この悲劇を切っ掛けに銃規制が強まることを期待する」という論調もあった。

米国ではあの種の事件は、悲しいことにそれほど珍しいものではない。そのせいか事件そのものよりも、どちらかというと日本における報道や反響が米国では報道された。

あの時、筆者は別の取材で遠くの州にいた。しかし、結局、ここに書くようなことが起きると予想、飛行機を乗り継いで、現場のルイジアナ州バトンルージュに入った。

地元民の怒りの声が記憶に残っている。日本では考えられないかも知れない。押し掛けた日本の取材陣による地元民へのインタビュー。質問の枕詞として「なんでこの国にはそんなに沢山の銃があるのか。なんで無くそうとしないのか?」が耳に入った。

この質問に違和感を覚えた地元民がかなりいた。「ヒトの国に来て、なにも分からないのに、勝手なことを言うなよ」という人もいた。

安心安全の日本にいたら分からないだろう。もちろん、服部さんには同情するし、いまだに哀悼の意を表明したい。

だが基本的な間違いといえることもあった。薄暗い状況で、他人の敷地に勝手に入ってはいけない。間違いの場合は、それなりの対応が米国では必要だ。一緒にいた米国人の学友は、同じ行動を取らなかったと聞いた(この学友はまだ40代なのに幼い子供と妻を残して、今年3月自殺した。理由は不明)。

日本では「フリーズ(動くな)」という言葉の意味が分からず、「プリーズ、”どうぞおいで下さい”と間違って解釈した」とか、最終的に撃たれた要因だという報道が、多かったような記憶がある。

犯人は刑事事件では無罪、民事では有罪になった。ここに書くような事情が、そもそも米国にはある。しかしこのケースは、犯人がびっくりして恐怖を感じ、自己防衛、家族を守るために発砲した感じではない。わざわざハンドガンを取りに中に入った。大型マグナム拳銃を選び、再度外に出て服部さんに対峙、冷静に殺意をもって引き金をひいたとみられる。その意味では刑事でも有罪になるべきと思った。

覚えているのは、刑事で無罪になった時、地元民が拍手をしたこと。あまり分かっていない日本の取材陣に対して「やっと事情を知らない連中が日本に帰る」と喜んだ拍手という声も2人から聞いた。

米国ではどんな理由でも人の敷地に入り、銃を向けられてなにか言われたら、意味など理解しても、しなくとも関係ない。動いてはいけない。まずは両手を挙げて、動かず、ゆっくり事情を説明する。他人の敷地に入って歓迎されていないと感じた時、それが自分の命を危うくしない唯一の対策なのだ。

筆者も取材で数回経験ある。数々の出来事の反応を聞きたく、周辺住宅の飛び込みを何度もやった。服部さん事件のようなハンドガン登場は珍しい。通常はショットガンだ。大した狙いをつけずとも、目を瞑りながらでも引き金を引けば、まず命中する散弾銃だ。数百発の小さな金属弾が飛び出て、相手を殺傷する。筆者も銃口を向けられたことがある。背筋が凍った。

米国内だけでなく、筆者が世界中で首からぶら下げることがあるのが、米国務省発行の記者証だ。PRESSと書いてある。それを見せる時もあるが、この時は、両手を挙げてゆっくり事情を説明した。分かってくれた。

別の出来事は銃ではなかった。他人様の敷地に入った時、いきなり雷を落とされたような感じがして、気を失った。小動物避けや家畜逃亡防止の高圧電流線が敷地を守っており、それに触れてしまったのだ。あの感触はいまだに覚えている。

日本で騒がれている今回の「教会」の件でも、教会幹部が被害を訴える男性の家を訪問、問題になった。幹部は「中には入らず外にいた、そんなに恐怖を感じられるとは思っていなかった」と言うような説明を示した。外でも、敷地内ではなかったのか?米国では家の中だけでなく、非常に広大で、どこで線を引くか不明なこともあるが、敷地内に入るだけで事前許可がいることも多い。敷地はその人の「お城」で、他人は許可なく勝手に入れない。

この服部さん事件は、米国内でも一定の理解を得て、クリントン大統領に遺族が規制強化で会見するまでいたった。レーガン大統領狙撃事件もあり、それなりの規制法に結びついた。

狙撃の犠牲になったブレデイ報道官の名前をとった規制法は、犯罪歴調査と待機期間を求めるもので、米国銃規制史の最初の偉業と言えるだろう。

だが、ご存知のように、米国では逆に事態が悪化している。

「米国と銃」に関して分かっていない日本人は、服部さん事件を切っ掛けに、米国では銃が無くなるかも知れないと思い込む人がいたかも知れない。あり得ない。

まずは、持ち歩きは各種の制限ができるが、銃の所有・保管そのものを禁じるのは100%不可能。これは米国人の頭がおかしいからではない。

例えば日本と比べて、悪党が自宅に侵入した場合、パトカーが来るのに数倍の時間がかかる。生活すれば分かる。筆者も110番連絡をしたことがあるが、パトカー到着まで最低10数分、20分くらいはかかった。その間、悪党がやりたい放題。自分と家族は、自分で守るしかない。

ここ1-2年で多発した学校が襲われて多数の児童が射殺された事件でも、警察到着の遅れが問題になった。

つい最近起きたペロシ下院議長宅に悪党が押し入った事件。まだ情報が錯綜しているが、悪党はハンマーなどを持っていた。頭蓋骨に重傷を負ったペロシの夫は、その時寝ており、トイレに籠って最後は悪党と格闘になったといわれる。このケースでは警察は2分くらいで到着したという。だがここで、枕元に銃があれば、夫はそれで悪党を撃ち、自分がケガをしなくて済んだ可能性が高い。夫82歳、犯人42歳。勝敗はみえている。

筆者はぺロシ夫妻が住んでいる場所の近くにいたことがあるので分かる。SFのあの辺の住宅地は、自宅内に銃を置いている家庭は少ない。あのご夫妻も銃を置くとは思えない人だ。多分、銃はなかっただろう。

筆者は空手もできないし、野球バットを振り回すのも得意ではない。当然オフィスと枕元に1丁ずつ銃が置いてある。信頼できるグロックとシグ(サワー)16連発だ。ガンジーのような無抵抗がよいというような反論もあるだろうが、やられっ放しには絶対にならない。最後は価値観の問題に収れんする。

さらに刀狩りを受け入れ、文化の一部ともいえる”お上意識”をもつ日本人には理解し難いかもしれない。だが米国人の多くにとって自分の政府は、100%信用できない。いつでも戦う準備が必要だ。

トランプが大統領選挙の結果を認めず、一部の米国民を扇動したともいわれる昨年1月6日議会襲撃事件。あの時、議会に押し掛けた米国民の多くが「連邦政府は自分らを裏切った。自分が支持するトランプ大統領。実際は当選しているのに、不正や陰謀があり、ホワイトハウスから追い出される。それは許せない。銃を使ってもそんな不正には戦う」。そんな気持ちを持っている米国民が、かなりいたと思える。

教会の教祖、文鮮明の7男。以前このアゴラにも書いた。ペンシルバニア州に本拠を置く宗教組織を率いる。銃が大好き、弾丸を模した鉢巻を頭に巻いて、説教をする。教会内に集合した信者がほぼ全員戦争に使う攻撃用・突撃銃を誇らしげに抱えていた。この7男も、議会襲撃事件に参加していた。

この他、筆者は白人至上主義者、ミリシア、民兵、義勇兵、右翼的な政治結社などなどを取材した時に感じた。多種多様な理由や教義や説明があるが、基本的な彼らの銃依存、武装欲望は、自分や家族の防衛、自国政府が裏切った場合、銃をもって死ぬまで戦うという強い意識と信念だ。

憲法修正第2条で保証されている権利とか、日本でよくいわれる最強のロビー組織、NRA全米ライフル協会の活動もあるが、かなりの数の米国民がもつ銃の必要性が重要だ。別意見もあるが、米国内で長期間生活、取材すると、その必要性を感じる。無くす、禁じるは100%無理だ。

できることは規制強化だ。これは筆者も大賛成である。いままでの事件を見ても分かるように、狂人かそれに近い人間が、多数を殺している。銃撃戦には通常関係ない学校も、悲劇の現場に何度もなった。

銃の所持はしっかりした身元調査をして、2週間くらいの待機期間が必要なのに、州によってはしっかり施行されていないようだ。代理人を使い、誰でもすぐに簡単に買えることもあり得る。部品を買って組み立て、無許可の完成銃を作ることも可能。20歳くらいが適法と思うのに、年齢制限もあまりなされない。

さらに、戦争もできる突撃銃。さすがにフルオートは規制があるが、改造も簡単。銃そのものも20歳くらい以上なら、ほぼ誰でも買える。突撃銃の禁止は無理だろう。上記のように、自国政府が裏切ったら、国民が立ち上がり、政府を倒すのに必要という論だ。悲しい話だが、現実だ。

服部さんの事件、ご両親が願ったような展開は、なかなか難しいかもしれない。

今年、学校乱射も大きな要因で、バイデンが頑張り、今年6月、上記のブレイデイ法に次ぐ、規制法。史上2回目といえる規制法が登場した。一応、21歳未満に身元調査拡大、裁判所が危険と認めた人物から銃没収を可能にすることなどが実現した。だが本当の意味での実効性には疑問も残る。

以前、選挙の争点になったことから、過去1-2年多発した学校やモールなどの大量虐殺を受けて、中間選挙の争点になるという説もあるが、それはない。どこの国でも抱えるインフレ・経済問題が最優先。あとは中絶や移民問題が重要な争点だ。6月の新規制法が一応、国民の半分以上の支持を得て少し落ち着いている。

しかし、ここでも強調したい。最優先で厳しい規制を、全米レベルで義務化するべきだ。

また、大量殺人のニュースが入っても、残念ながら驚かない。最近、一部の学校では、教師が銃で武装している。希望する教師には、プロが訓練をして、すぐに応射できるようにしつつある。

インデイアナ州では、3人を殺し乱射する犯人を近くにいた「普通の市民」が射殺した。合法的に銃を所持しており、たまたま現場にいた。彼はヒーローになった。

別のコロラド州の事件。似たような展開で、乱射で市民を殺した犯人を、やはり居合わせた一般市民が射殺した。しかし駆け付けた警官に犯人と間違われて、本来はヒーローなのに、射殺された。なんでもありの米国。

基本は「自分の身は自分で守る」。綺麗ごとなど通用しない。それが米国だ。