IPCCのシナリオでは、1.5℃目標を実現するには、2030年までに温室効果ガスの排出を43%も削減しなければならない。それには化石燃料の大幅削減が必要で、世界経済に壊滅的な打撃をもたらすだろう。ウクライナ戦争でエネルギー価格が暴騰した今年でさえ、世界のCO2排出量は1%増えたのだ。
IPCCが発表した1.5℃シナリオは97種類もあるが、排出削減だけでそれを実現するシナリオはない。それを実現するには、大規模なCO2吸収技術が必要だが、そういう設備は今まったく存在しない。投資として採算が取れないからだ。
1.5℃目標は「気候工学」で実現できる
しかし技術的には、1.5℃目標は不可能ではない。それを実現する唯一の実用的な技術は、IPCCも検討している気候工学だ。そのうちもっとも安価で効果的なのは成層圏エアロゾル注入(SAI)である。
これは図のように飛行機などを使って成層圏にエアロゾル(硫酸塩などの微粒子)を散布し、雲をつくって太陽光を遮断するものだ。散布する硫酸塩は工場で大量に出る廃棄物なので、そのコストは全世界で毎年22.5億ドルですむ。
これは脱炭素化によるネットゼロに必要なコスト3.5兆ドルの1/1500で、個人でもできる。この技術に投資しているビル・ゲイツの資産は1000億ドル以上なので、彼がその気になれば40年は続けられる。
脱炭素化より「適応」が現実的
SAIに害はないが、急にやめると危険なので、国際的な合意が必要だ。これは政治的に反対が強いので、現実的なのはインフラ整備による適応だ、というのがEconomistの提案である。これはIPCCも今年の第6次評価報告書では独立の報告書をつくって強調している。
これは先進国では大した問題ではなく、通常の防災予算の中でできる。問題は被害の大きい熱帯の発展途上国で、これは開発援助の改革が必要である。コストは脱炭素化よりはるかに少ないが、援助した資金がインフラ整備に使われないで独裁政権に私物化されることが多い。
今でも熱帯では洪水や干魃は日常的なので、それを堤防や潅漑で防止するより、欧米に脱出する「適応」が行われている。このような移民が、気候変動の最大の影響だろう。それを日本が受け入れることも、広い意味の温暖化対策になるかもしれない。