カナダで生活をしていて不満なく幸せかといえばとんでもない話で文句の5つや6つぐらいすぐに上がります。その中でビジネスをしながら特にイライラするのがサービスコストの請求書、そしてその中身のいい加減さであります。
人件費主体のサービス、例えば修理や建築、警備などは金銭的に「せびる」割には大した仕事をしてもらえません。この夏、マリーナの汲み取り設備のホースが劣化し、交換を要することになり、業者に修理させたところ35万円の請求が来ました。弊社のマネージャーが「とんでもない金額だ。ホースを直すのに要する時間はほんの2時間程度。出張サービスの費用も入れてもせいぜい15万円だ」と業者と大バトル。他の専門家のアドバイスもあり、無理やり15万円で押し切りました。
EVチャージャー設備工事の追加作業で200万円請求が来たのですが、材料費100万、人件費100万の内訳です。パイプなど逆立ちしてもそんな材料費はかからず、人件費は標準単価で計算すると2人で9日分の金額で思わず、その業者に「どういうつもりなんだ!」と苦情を申し立てました。すると「ヒロ、お前とは長く付き合いたいからお前の言い値でよい」と折れ、150万円を支払いました。
北米の人件費は単価も問題なのですが、それより作業効率と品質の安定性が非常に悪いのです。一丁前の費用を請求する割に大した仕事はしていないしエラーも多いのです。結局、時間ばかりかさんでろくなものが出来ないのですが、最近この傾向がとみに目立つようになりました。
北米ではアメリカ、カナダ共に最低賃金は州ごとに設定されていますが、この目標を2000年代半ばから各州、政策的に大きく引き上げることを住民向けのアピールポイントにしています。BC州の場合、1993年の最低賃金は6.00㌦、2001年に8.00㌦、2012年に10.25㌦、そして今は15.65㌦です。20年で概ね2倍の最低賃金引上げですので当然、他の人の給与も大きく上がります。特に管理職から上の人は指数関数的に上昇しますのでちょっとしたポジションの人でも年収1000万円はあたり前になるのです。
が、私は最低賃金をやみくもに上げたことが果たしてエントリーワーカーの生活を楽にしたのか、と言えば必ずしもそうだと断言できない面があるとみています。もちろん、一定額の恒常的引き上げは必要ですが、偉くなれば指数関数的に賃金が上がることで強烈な賃金格差を生んだのです。これは北米でもあまり語られない話です。
するとエントリーワーカーは自分の権利の主張が全面になり、労働に対するプロフェッショナリズムは付随的発想になるのです。また、粘りもなく、若い方を採用しても直ぐに辞めるの繰り返しになります。私が支援する介護事業でも日本人のスタッフは比較的長くやってくれますが、ローカルスタッフは「今日、行きたくない」と思うと直前欠勤を当たり前のようにするし、「調子が悪いのに何故、会社に行かなくてはいけないのか」という姿勢になります。当然、長続きせず、数か月で退職する人が後を絶ちません。
このような状況を見ているとサービス業で経済成長を遂げた北米は根底からその基盤を揺るがせているように思うのです。対して日本は賃金が上がったといっても時給1200-1300円も払えば労働力はある程度確保できるし、社員にしても年収400万円で十分働いてくれます。日本は神様も労働する国だということを改めて感じるのです。エントリーワーカーも一生懸命仕事を覚え、まじめに尽くそうという姿勢がアリアリと見えます。
日本は物価が安いと話題です。しかし、なぜその物価で日本の経済は廻るのか、と言えば全てが品質と価格の激しい競争の中で生まれた完全自由経済が国内にはあるのだろうと考えています。つまり、欧米に比べ数分の一のサービスコストでも社会は廻るし、経済も廻っているのです。もちろん、不満が多いのは分かっています。岸田政権の支持率下落の理由の一つは物価高対策ですが、そんなことはアメリカでも欧州でも韓国でもどこでも同じで物価に対する不満のぶっつけ先は政府であるのは世の東西を問わない共通の市民行動なのです。
日本にいた時、取引先の銀行の支店長と駄話をしていて北米でレストランに払うチップがインフレしている話をしたら非常に驚いていました。レストランのサーバーに代金の2割もチップで払うのが当たり前でそれがサービスコストとしての労働生産性に計算が組み込まれているため、北米は生産性が高く、日本は低いと指摘されるのです。つまりサービスコストは日本は付随的費用に対して北米は主たる費用という考え方です。
ここにきてインフレが酷いので中央銀行が利上げをし続けることは如何にも経済的に正しい方向に対策が施されているとみられていますが、私は「これ、本当に国家や国民を裕福にしているのだろうか」と疑問を呈し始めています。金利が高いのでドルは日本円に対してどんどん強くなるのですが、それがアメリカの本当の国力なのか、といえばどこかでポーンと弾けやしないかと気を揉むこともあります。
恒星の一生の話を知っている方もご存じでしょう。どんどん巨大になり、最後、ブラックホールになるのです。それと同じ、中身が薄くなり、図体や見かけだけが大きくなり続けているようなものでしょうか?
私は昨今の物価高の元凶は人件費とその労働生産性に理由があるとみており、その差が日本の物価であり、それを受けた日銀の金融緩和継続の姿勢なのでしょう。ならば本来であれば褒めるべきことであり、見方によっては日本の再評価があってしかるべきではないかとポジティブに考え始めた今日この頃です。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年11月7日の記事より転載させていただきました。