法的三段論法:一般的な三段論法とのちがいは?

法的三段論法の典型例は以下のようなものだ。

大前提 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する
小前提 AはBを殺した
結論  Aを死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する

このように、法的三段論法の大前提は法律の条文だ。

最高裁判所 裁判所HPより (イメージ 編集部)

法律の条文は「要件」と「効果」に分けることができる。

殺人罪の条文の「要件」は「人を殺した者」であり、「効果」は「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」となる。

アバウトに言ってしまえば、「要件」は自販機のボタンで「効果」は出てくる飲料のようなものだ。

「人を殺した者」というボタンを押せば「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」という飲料が出てくるとイメージするとわかりやすい。

「過失により人を死亡させた者」が「要件」であれば、「50万円以下の罰金に処する」という「効果」が発生する。

法的三段論法の小前提である「AはBを殺した」という事実が認定されれば、大前提の「人を殺した者」という「要件」に合致することになる。

「人を殺した者」という「要件」に合致すれば、「Bを死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」という効果が発生し、それが結論となる。

小前提の認定は難しい。

Aが恋敵のCを殺そうとしてライフルで射撃したところ、間違ってBに弾が当たってBが死亡したような場合、「AはBを殺した」と認定できるだろうか?

通説判例は、「AはBを殺した」と認定する。

「およそ人を殺そうとして」結果として「人の死」を招いたからだ。

では、AがCを脅かそうとして近くに置いてある狸の置物を壊そうとしてライフルを射撃したところ、Bに弾が当たって死亡したという場合はどうか?

判例通説は、「器物を損壊しようとして」結果として「人の死」を招いたということで過失致死罪になるとする。

同じ「人の死」という重大な結果を招いたのに、殺人罪だと「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」になるのに対し、過失致死罪だと「50万円以下の罰金」となる。

これはあまりにもアンバランスのように感じるだろう。

しかし、「人を殺してはいけない」という規範に直面しつつ、敢えて人を殺したという場合は「器物を壊してはいけない」という規範に直面している場合より明らかに重大だ。

誰であろうと「人を殺す」という行為は極めて重大なことであり大抵の人は躊躇する。
逮捕されてニュースになるかも知れないし、長期間刑務所に入れられるかもしれない。

そのようなことを考えれば、「人を殺そう」という意思を持ちつつ実行に移すのは極めて重大だ。

それに対し、狸の置物を壊すつもりだった場合は、「バレたら弁償すればいいや」というくらいの気持ちでやることが多く、重い規範に直面していない。

このような点から考えれば、「人を殺してはならない」という規範に直面しつつ敢えてそれを破ることがいかに重大なことかが理解できる。

人の死という結果を招いた場合、「殺すつもりはなかった」という言い訳が通るだろうか?

「私は確かに相手を傷つけたけど、殺すつもりはなかった」という言い分が通って「身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、3年以上の有期懲役に処する」(傷害致死罪)という殺人罪よりも軽い刑が適用されるだろうか?

この点については、「殺意の認定」ということで刑事事実認定に関する判例の集積がある。

わかりやすい例だと、出刃包丁で人間の四肢でない部分を刺したら原則として「殺意」が認定される。

四肢とは手足のことであり、頭部や胴体部分を出刃包丁で刺せば原則として「殺意あり」とするものだ。

出刃包丁で頭や腹部を突き刺せば、原則として「殺意」を認めることに異論はないだろう。

「殺すつもりはなかった」と弁解するのなら、例外的な事情を説明しないと誰もが納得しない。

以上のように、法的三段論法の大前提は法律の条文、小前提は大前提の「要件」となる事実、結論は大前提の「効果」となる。


編集部より:この記事は弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2022年12月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。