「取材させてください」
そんな電話がかかってきた。取材したい? 私を? 取材「して」ではなく? すこし混乱する。というのも、私自身、取材することがあるからだ。インタビュー取材もするし、記事も書く。今回も、その依頼かと思ったのだが、違っていた。
「経営者や士業独立者を取材した記事をウェブサイトに掲載している」
「あなたの、これまでの挑戦と『人生ドラマ』も掲載させてほしい」
という。説明を聞きながら、キーボードを叩き、該当ウェブサイトをみつける。トップページに並ぶのは、大企業経営者や評論家、そして芸能人。著名人ばかり。この方々と並んで、私の紹介記事が掲載される。「分不相応なので」。
そうお断りすると「著名でない方もいる」とのこと。次ページ、次ページ…しばらくクリックを続けると、ようやく一般人とおぼしき弁護士の先生が出てきた。だが、こんなに「掘らない」と出てこないのでは、掲載する意味が無いのではないか。
さらに話を聞くと、取材は無料だが、インタビュアー手配・記事執筆・媒体掲載などの費用はかかるという。
では、どんなインタビュー記事なのか。読んでみる。短い。数えたら「268字」しかない記事もある(句読点含む)。私の「人生ドラマ」(とやら) を、ツイッター2本分にも満たない字数で語られてはたまらない。丁重に断り、電話を切る。
取材商法とは
これは「取材商法」、というものだそう。
これって取材商法?後から料金請求など中小企業の広報担当を悩ませる手口 | ツギノジダイ
取材の体裁を繕った、有料の「広告」だ。
- 著名人と並んで掲載されるため、ブランディング効果がある
- 取材記事であるため、信用度が高い
- 取材費は一切かからない
というのが定番の営業トークらしい。商談が進むと、「取材費用は発生しないが、インタビュアー(主に芸能人が担当する)手配や記事執筆、媒体掲載などの費用が発生する」という説明が加わる。額も高額だ。数十万円から、掲載媒体によっては百万円を超えることも。
一方、記事の品質は決して高くない。これは当たり前だろう。取材対象者全員に、同じ質問をぶつける「Q&A形式」だからだ。掲載されているのは、「経歴・仕事を選んだ理由・こだわり・若者に伝えたいこと」など。取材というよりアンケートに近い。通常のインタビュー記事とは、質も量も大きく異なる。
取材商法記事の問題点
インタビュー記事は、「誰が」「何を」語るかで、品質が決まると言われている。
「著名な人物」が「自分のこと」を語る。多くの人が興味を持つだろう。だが、「無名の人物」が「自分の経歴やこだわり」を語っても、興味を持つ人はほとんどいないはず。だからこそ、「何を」語ってもらうか。語ってもらうための質問、すなわち取材対象者に特化した「オーダーメイド」の質問が必要になる。アンケートのような「既製」の質問では、質の高い記事は望めない。
取材商法の記事は、量の面でも問題がある。
1時間のインタビューを文字起こしすると、私の場合「3万字」超。これを、記事として五分の一から十分の一にまとめる。それでも、取材対象者の魅力を伝えられないことがままある。先に述べた通り、取材商法の記事は、短いものだと300字未満。情報量が少なすぎるのだ。
既成の質問。少ない情報。取材商法の記事は、質・量とも問題があるため、多くの人に読んでもらうことが期待できない。期待できるのは、著名人と並び掲載されるという「ステータス」だ。
記事は「オマケ」と割り切り、「ステータス」を買う、という経営者もいる。しかし、そのステータスも「お金を払えば得られる」ことが知れ渡れば、ステータスではなくなってしまう。
今後増える可能性も
大手PR会社の中には「中小企業など45万社をターゲットとする」と明言しているところがある。今後、経営者に「取材させてください」という営業電話やメールが増えることだろう。
取材商法が出現し10年程度。高い品質の記事や、凝った映像を掲載する企業も現れてきた。だが、「無名の人物」が「自分」を語る、という点では変わらない。
自分(経営者)を語ることが、本当に自社の収益増につながるか。語る費用は効果に見合っているか。経営者の方々は、熟考を重ねていただきたい。