世論調査報道の読み方を考える --- 奥 武則

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毎日新聞社の世論調査の結果が12月19日朝刊に掲載された。翌20日、朝日新聞も世論調査の結果を朝刊で報じた。ともに一面である。

それぞれの記事の見出しは、

内閣支持率 最低25%/防衛財源で増税「反対」69%(毎日)

岸田内閣支持 急落31%/防衛増税「反対」66%(朝日)

である。

25%と31%と数字は違っているが、要するに岸田内閣の支持率が「最低」となり「急落」したということと、「世論」の多数派が防衛費増額のための増税に反対しているということを、見出しは伝えている。

「見出し読者」という言葉がある。新聞の見出しをちらっと見ただけで本文は読まない人たちである。一面記事については、この手の読者が多い気がする。だが、この世論調査の記事は、全体の結果をちゃんと本文まで読んだ方がいい。見出しとは相当違う「世論」なるものが浮かび上がってくる。

この間、防衛費の増額に絡んで、「反撃能力」なるものの保持の是非が大きな論点になった。両紙の世論調査とも当然、この論点について質問している。

質問の文言は、

政府は、敵のミサイル基地などを攻撃する「反撃能力」を自衛隊に保有させることを決めました。反撃能力の保有に賛成ですか(毎日)

外国が日本を攻撃しようとした場合に、その国のミサイル基地などに打撃を与える能力を自衛隊がもつことに賛成ですか(朝日)

である。回答の数字は、

「賛成」69%、「反対」27%、「わからない」27%(毎日)

「賛成」56%、「反対」38%(朝日)※朝日には「わからない」という回答項目はない。

つまり「反撃能力の保有」については、「賛成」が「反対」を大幅に上回っているというのが、両紙の世論調査の結果なのである。

もう一つ、注目したいのは「反対」が多数だった「防衛増税」にかかわる。見出しにうたわれているように、「反対」は69%(毎日)、66%(朝日)と圧倒的に「反対」が優勢である。だが、「増税」はともかく、防衛費の増額についての回答を見てみよう。

毎日は『日本の防衛費についてお尋ねします。防衛費を大幅に増やす政府の方針に賛成ですか』というシンプルな質問。「賛成」48%、「反対」41%、「わからない」10%である。

朝日は『政府は、来年度から5年間の防衛費を、今の計画の約1.5倍の43兆円に増やす方針です。防衛費をこのように増やす方針に賛成ですか』という文言。結果は「賛成」46%、「反対」48%である。毎日と違って「反対」が少し「賛成」を上回った。

世論調査結果は質問の文言や並べ方などによって影響を受けることはよく知られている。毎日に比べて、防衛費増額「反対」が朝日の方が少し多いのは、朝日の文言には毎日にない「約1.5倍の43兆円」という具体的な額が入っているためだろう。「増額は必要だが、43兆円と言わても……」という人が「反対」に回った可能性が高い。

防衛費増額に関する世論調査結果は、毎日は「賛成」が「反対」を上回り、朝日では賛否が拮抗した。いずれにしろ「防衛増税」についての回答のようにクリアに「反対」が「賛成」を上回ったわけではない。

ここでさらに興味深いのは、毎日の記事にある性別・年代別の数字である。防衛費増額について、性別では、男性が「賛成」56%、「反対」38%、女性が「賛成」35%、「反対」48%。賛否が男女によって逆転している。年代別では、数字は記されていないが、50代以下は「賛成」が「反対」より多く、60代以上は「反対」が「賛成」を上回ったという。

以上、見出しが伝えていない調査結果のごく一部を紹介した。「見出し読者」の感想を聞きたいところだ。どうだろう、これらの調査結果は見出しから受ける印象とはかなり違うのではないか。

「世論調査の結果に一喜一憂することはない」とは、官房長官のセリフだった気がする。私はそもそも「一喜一憂する」立場にないが、「そんなに重視するものではないよ」という意味では、この言葉に同意する。

いま「世論」は「よろん」と読むのがふつうだが、戦前は「せろん」ないしは「せいろん」と読んだ。「よろん」はもともと「輿論」と書いた。メディア史研究者の佐藤卓己さんによれば、「世論(せろん)」は popular sentiment であって、public opinionを意味する「輿論(よろん)」とは違うものだった。

この区別から言えば、いまメディアが定期的に行う世論調査なるものは、たかだかそのときどきのpopular sentiment (「世の中の雰囲気」といったところか)を可視化しているに過ぎないと言える。

とはいえ、せっかく調査してしっかり報道してくれているのである。読者としては、見出しが伝える一部ではなく、popular sentimentの全体像を知るべきだ。

ちなみに、今回取り上げた二つの世論調査から読み取れるpopular sentiment を、いささか乱暴に要約すると、『岸田内閣はもう信用できない。防衛費増額は、金額はともかくとして必要だ。「反撃能力」も保持すべき。だが、その財源で税金が増えるのはいやだ』といったところになろうか。当然お金のかかる防衛力増強には賛成するが、財源のための増税はいや(ついでに国債発行にも反対が多数派)というわけだ。

では、どうやって防衛費を増額するのか、ということになるが、こうした矛盾が、輿論 public opinion と違うpopular sentiment のpopular sentimentたるゆえんだろう。

毎日も朝日も、防衛費増額はともかくとして、「反撃能力」保持については批判的な論調を張ってきている。とくに朝日はその姿勢が強い。「防衛増税」についても両紙とも社説などで強い疑義を打ち出している。

こうした論調は、先に乱暴に要約したpopular sentimentの『防衛費増額は、金額はともかくとして必要だ。「反撃能力」も保持すべき』という部分と明らかに乖離している。popular sentimentだからといって、ばかにしてはいけない。政治や経済を動かすのは、えてしてpopular sentimentなのである。

とりわけ、ここに指摘した「反撃能力」と「防衛費増額」について、二つの世論調査が明らかにしたpopular sentiment――とりわけ「反撃能力」について――は、相当にはっきりしている。だが、この点は、両紙の解説記事の見出しにもまったく登場しない。一面記事をしっかり全部読み、二面に載った「質問と回答」も見ないとわからないのである。

両紙の世論調査の報道が世論を自己の論調に都合のいいように誘導したものだった、とまでは言わない。しかし、新聞記事は細部に目を凝らさなければいけないということを、一読者として改めて痛感した。

奥 武則
法政大学名誉教授。近現代日本のジャーナリズム史を研究。著書に『ジョン・レディ・ブラック――近代日本ジーナリズムの先駆者』(岩波書店)、『増補 論壇の戦後史』(平凡社ライブラリー)など。