「おぉ…boys 、よくやったなぁ、素晴らしい」1981年6月、レーガン大統領が本音を言った。それまでオフレコで、一回も公開されることはなかった。
筆者は過去40年近く、ワシントンを中心に米国の安全保障と諜報に関係する政治家などを直接取材してきた。
キッシンジャー、マクナマラ、アレクサンダー・ヘイグ、カルーチ、ペリー、シュルツ、ジェームズ・シュレシンジャー、ロバート・マイケル・ゲイツ、ウ―ルジー、ウォルト・ロストウ等、もちろん直接対面だ。複数回話を聞いたこともある。皆米国からの視点だが、ある意味「師匠」でもあり、世界の安全保障を教えてもらった。
当たり前のことだが、過去の米国の言動が全て正しいことはあり得ない。間違いは間違い。そこから学んで、議論したうえで前進していく。常に歴史から学ぶ。
書いたり講演すると、「文献は? URLは?」とか、聞かれる。違う。もちろん参考にすることもあるが、筆者は基本的に人が書いたものを元にしていない。調査報道記者として、自分で発見した公文書も含めて、直接聞いたり見たりしたことばかりを書いている。
何度も会って話を聞いた1人が、リチャード・ヴィンセント・アレン。友人にはディック(アレン)と呼ばれる。ニクソン政権で重要な外交アドバイザーを務め、高い評価を得て、レーガン政権では、国家安全保障担当官として、剛腕を振るった。レーガン大統領の右腕だ。
彼の自宅には複数回訪問、責任者の1人として影響力を行使するスタンフォード大学フーヴァー研究所にも、一緒に訪問、文書探し、分析もやった。
ディックが教えてくれた史実。上記、レーガン大統領の言葉の背景は以下だ。
1981年、中東はますますキナ臭くなっていた。いつものようにアラブ対イスラエルの構図。現在もそうだが、イスラエルは、常にアラブ諸国による武力行使、核武装を懸念していた。特に自国の存亡がかかっている。生きるか死ぬか、イスラの諜報機関「モサド」は、暗殺も平気でやる。世界中で常にアンテナを広げて、情報を収集してきた。
そこに登場したのが、イラクのフセイン政権が、フランスの協力を得て、原子力利用を口実に核兵器を完成しつつあるという情報だった。イスラエルは既に、自国で核兵器を持っていた。公けには認めないが、当時もいまも、世界が知っている事実だ。友好国の米国は”黙認状態”で、核拡散防止で他国にはすぐに目くじら立てるが、イスラエルは放置だ。そこは公平ではないという批判もできる。
一方のイラクのフセインは、1970年代から核開発に努力したが、上手くいかなかった。PLOから「イスラエルが核を持った」ということを聞いたフセインは、核所有を本気で加速した。
国際政治の悲しい常識。お互いに「自国防衛」のためという理屈で軍拡、場合によっては開戦してきた。イスラエルもフセインの自国防衛という理屈などはお構い無し。一応、イラクを支援するフランスともフセイン支援を止められないか話した。だがフランスは原子力平和利用だとして断った。
実はイスラエル自身も60年代から、フランスの支援で核兵器を開発していたことが、後日判明した。核拡散をするフランスの1つの顔がみえる。
話し合いでフセインの核兵器開発を止めることができないとイスラエルは判断。熟慮の末、実行したのは、イスラエル空軍のエリートを選別、自国から戦闘機を飛ばして、イラク国内に入り、空爆でフセインの原爆施設を破壊するという蛮行だ。
米国は基本的にイスラエルを支持する。一番大きな理由は、最近関係が悪化しつつあるサウジアラビアは例外だが、独裁制中心のアラブと違って「民主主義だから」というのが、多くの米国民の民意と、筆者が直接話を聞いたワシントンの大物米国人無数の答えだ。
判官贔屓か、パレスチナ人側に立ち、反イスラエルが多いような日本人には納得できないことかも知れない。
この81年の空爆作戦、イスラエル自前の戦闘機では、イスラエルから離陸、イラク国内施設攻撃後、自国に戻るには航続距離が足らずに、不可能だった。米国は目立たぬように、足が長い最新戦闘機をイスラエルに渡して作戦を可能にした。
今回のウクライナ情勢で、常に話題に上るが、米よるウクラへの戦闘機供与はまずあり得ない。それと違って当時は米国は躊躇なく、イスラエルに戦闘機を渡した。やってくれという暗黙のGOサインだ。
イスラエル空軍の凄腕もあり、その結果、イラクの原子炉は破壊され、現地にいたフランス人技術者が犠牲になるかど、死傷者が出た。
フセインが大量殺戮兵器を持っているという思い込みから、イラク戦争を開始したとして、鬼の首でも取ったように、米国を非難する日本人も多い。それはそれで正論だが、このようにフセインは原爆を持とうと努力しただけでなく、後日、自国が原爆を持っているフリまでした。自国民に「化学兵器」を使った前科もある。
この時、イスラエルに爆撃されたが、一部の施設は残っていた。10年後の湾岸戦争で、米軍は完全に破壊した。
フランスがオシラクの名前でこのイラクの原子炉を呼んでいたので、このイスラエルの蛮行は「オシラク・オプション」と呼ばれる。別名「オペラ作戦」「バビロン作戦」とも呼ばれるが、なぜ「オプション=選択」なのか?イスラエルは2007年シリアの核関連施設への攻撃もやっている。やはり核兵器開発阻止が目的で、2回目の空爆なのだ。双方に言い分があるはずなのに、最後は話し合いを放棄して武力行使に踏み切っている。
イスラエル諜報のモサドなどが入手した事前の情報。イラク側の対空砲やレーダーの位置など防空体制などを掻い潜った。
このイスラエル空軍による決死の作戦。戦闘機の先端に付けられ、どのような長距離飛行をして爆撃、無事に帰還したかが視覚で理解できる「ガンカメラ」の映像も、筆者らは入手したが、本当に難しい作戦だった。
つい最近公開された映画「トップガン・マヴェリック」を見た時、「もしや」と思った。調べたらやはりそうだった。映画はこのオシラク・オプションを1つの実例。モデルケースとして作られた。
1964年公開のクリフ・ロバートソン主演の木製モスキート機利用「633爆撃隊」の映画にも共通点があることを思い出した。
オシラク作戦終了後、イスラエルが決行したこの「予防自国防衛」は、国連などで批判された。やはり武力行使は、どんな理由でも非難される。同時に国際法違反ともいえる原爆開発をしたイラクにも批判の声が高まった。
レーガン大統領が、つい反射的に言ったように、表立って米国はイスラエルへの一般支援ならともかく、武力行使への協力はできない。しかし、陰ではイラクの原爆保有を阻止したイスラエルへの「誉め言葉」が出た。
筆者がディックとの雑談で話を聞いた時、ある下心があった。
当時、イラクのフセインに原爆を持たせたくないという気持ちは、イスラエルだけでない。本音を言えば米国も同じ気持ちだった。独裁制に核兵器は「キチガイに刃物」だ。だがやはり武力行使はよくない。イスラエルが爆撃しても、道義的、倫理的にも絶対に許せないが、感情的にはある程度納得できるかもしれない。国家の存亡がかかっているイスラエルなら、どんな犠牲を払ってもやり兼ねないからだ。
だが、もしかすると、米国がイスラエルを嗾けてやらせた可能性は?もし、レーガン大統領が認めるなら、国際的な大スクープだった。ディックの言い方から判断するには、事実はやはりイスラエルが独自にやり、米国が単に歓迎したと感じられた。
では筆者がなぜ、このような「昔の話」を持ち出したのか?
当時と似たような状況が、いま起きつつあるからだ。
イランはイラクのように平和利用と称して、ウラン濃縮を進めてきた。主要国と国連は原爆開発なら、断固阻止する強い意志を持った。気が遠くなるような時間と議論を経て2015年イランと英米仏独露中の6ケ国が同意して、国連の決議も得た。イランは経済制裁緩和を見返りとして、核開発努力を削減することになった。「イランの核合意」だ。
だが、それをひっくり返したのがトランプ。娘婿の影響もあったが、その合意から離脱。弾道ミサイル規制や核開発制限に期限がないことを理由にした。
一方的なトランプの暴挙に、イランは当然怒り、大反発。「ウラン濃縮」を全力で再開した。
つい2週間くらい前の国際原子力機関(IAEA)や米諜報などによると、向こう2〜3週間くらいで、weapon grade 兵器級の濃縮ウランが完成、イランが最初の原爆を持つ可能性が高まっている。つまり3月末までにイランは核保有国になる可能性が高い。通常、実験により確定、それで世界は確認する。
米諜報によると、通常90%、60%以上なら、兵器に転用できる。プルト二ウム原爆と比べてウラン原爆は製造が比較的簡単、いまもイランで濃縮が進んでいる兵器級ウランの量は、原爆数発分と見積もられる。IAEAによると、現在60%くらいが70キロ、さらに20%が1000キロもある。これで5つくらいの原爆が製造できるといわれる。
そうなると、前述の3回目の「オシラク・オプション」。米国も同じ気持ちだが、イスラエルにとって宿敵イランが原爆を持つことは絶対に許されないこと。また、国際法を無視、空爆して破壊する可能性が出てきている。
米国は疲弊している。イラク戦争の失敗、経済発展で民主化するという見込み違い、つまり計算違いの展開だった中国の台頭、そしてプーチンのウクライナ侵攻。もともと孤立主義の米国。国際社会での求心力を失い、トランプ誕生で促進された国内の分裂。余裕がますます無くなっている。
この予想は外れて欲しい。だが以前も書いたように、プーチン自身になにかない限り、ウクライナは静かに負けていく。米など西側が助けることはほぼ不可能だ。
昔の冷戦時代に、ソ連だけは許さなかった。どんな犠牲を払っても米国は地獄の底まで戦った。現在、そこまでやるのは、中国相手だけだろう。
核戦力が中心の軍事力と資源だけで、実は小国のロシア。他国に比べて圧倒的に技術・経済も強い中国が米国にとって最大の仮想敵だ。対中国で手一杯。ゆっくりと、しかし着実に中東から手を引き始めている。中東が重要だった1つの大きな理由の石油。脱炭素への移行、米国内のシェ―ルガス利用開始も後押し、中東への依存度を引き下げている。
もしイラン核保有に対するイスラエルの蛮行があるなら、これ以上の世界の紛争拡大は不要なので、阻止したい。オシラクの時と違って、これ以上のもめ事は避けたい。そこで今回米国がやったことは以下だ。
先月1月23-27日に過去最大の米国・イスラエル合同軍事演習が実施された。終わる直前の26日CIAバ―ンズ長官がイスラエルを訪問。米諜報によると、万が一のイランへの攻撃など思い留まるように説得した。
同長官はこれまでのCIA幹部と違って、政治的な場に公然と登場、発言も行う。だが、現実はその2日後の28日にイラン国内の軍事施設にドローン攻撃があった。イスラエルの蛮行という確証は公表されていない。だが、関係者の多くがイスラエルが下手人と信じる。それもあり、30日にブリンケン国務長官がイスラエル訪問、ウクライナ関係と共に、イランに関する対応策を協議したと言われる。
1981年オシラク作戦から、前述の先月の動きまで、ほぼ間違いなくイスラエル、そして多分米国にも責任がありそうなイランに対する攻撃があった。
2007年からイスラエルのサイバー攻撃が顕著になる。2010年6月「スタックスネット」と呼ばれるマルウエアによるサイバー攻撃。高度なネット技術が使われたことにあり、当時、大騒ぎになった。イランのウラン濃縮施設・遠心分離機への攻撃で、マヒ状態になった。筆者は米諜報の動き、ハッカー集団の取材で、ものすごい時間を使った。2010年10月米はサイバー司令部発足。2021年4月イランのナタンズの核施設で謎の爆発が起きた。
基本はイランのような独裁国に核兵器は持たせたくない。同時にイスラエルの先走りを抑えたい気持ちの米国。その米国とイスラエルは協力して、イランの原爆開発阻止に動いている。ある程度まで考え方の共通点がある。しかし、一番重要なこと。昔のイラクに比べてイランは圧倒的に強力な軍事力をもつだけでなく、前述のようなイスラエルの前科(奇襲攻撃)があるので、鉄壁に近い守りをもつ。そのためイスラエルにとって、かなりのリスクはある。
しかしイスラエルは「独自」の価値判断で動き、実行する。
一応、イスラエルが武力行使する時は、同盟国の米には事前に知らせるという約束がある。だが、もともと、バイデン政権のためか、実力よりも肌の色で選ばれたともワシントンで揶揄されたオーステイン米国防長官への連絡は直前だった前例もある。これからますます、イスラエルが勝手に動くという懸念が高まっている。
筆者が直接話を聞いたキッシンジャーやマクナマラも、どのようにイスラエルを扱うか、可能な範囲で制御するか、その難しさを語った。
それに加えて、イスラエルの指導者ネタ二ヤフ首相の問題がある。イスラエルはガザからのミサイル攻撃防衛で、独自に開発した高性能の防空システム「アイアンドーム」がある。ウクライナはロシア軍からのミサイル攻撃から自国民を守るため、喉から手が出るくらいそれが欲しい。しかし、イスラエルは渡さない。本来は米の同盟国として、多額の軍事援助も受けているイスラエルは、米と歩調を合わせてウクラ支援をするのが当然だ。なぜやらないのか?
ネタニヤフはプーチンとの特別な関係がある。彼はシリア国内のイラン関連施設への空爆などをしている。シリアのアサド政権を援助、シリア空域を支配しているともいえるプーチンがそれを黙認している。本来は米の同盟国として、ウクラが喉から手が出るほど欲しがっている「アイアンドーム」の提供をネタニヤフがやらない理由は、プーチンへの返礼といえる。
同時に米はたまに代理戦争的なことをイスラエルにやらせることもある。そのためもあり、イスラエルにウクラ支援を強く言わない。
さらに、ネタニヤフは自身の汚職疑惑があり、信じられないことに、それに絡めて3権分立を否定するような動きをみせつつある。本来なら行政の独走を抑える司法。その頂点にある最高裁の判断を、ネタニヤフの政党や議会が判断を覆せるように動いている。このままでは独裁体制に移行する。国民は大反発、10万人とも言われる反対デモも、つい最近起きた。
米国がイスラエルを支援する最大の理由は、イスラエルがアラブと違って「民主主義」の国だからだ。もともと成文憲法もなく1院制なので、ネタニヤフの独裁体制が作り易い。もしイスラエルが民主主義を止めるなら、米国民の気持ちが離れるのは間違いない。
国際政治の常識。国内で支持率低下する場合、政治指導者は国民の関心を外に向ける。今回のイランによる原爆完成。これに伴い、米国の同意無しに、オシラクのように、再度勝手にイランに対して空爆などをやる可能性が高まる。
ウクライナ危機と同じように、日本は他人ごとかも知れない。だがホルムズ海峡は、日本経済の生命線。もし、中東でさらなる紛争が起きる場合、直接被害を被る可能性がある。目が離せない。