奈義町は少子化克服の希望の星ではない

島澤 諭

なぎチャイルドホームを訪問する岸田首相
首相官邸HPより

岸田総理は、2月19日に、町独自の子育て支援策や若者の定住などを進め、合計特殊出生率が、2005年の1.41から2019年には2.95に上昇したとされる岡山県奈義町を訪れ、「具体策づくりに参考となる貴重な示唆をたくさんもらった。子ども・子育て政策の強化には施策の拡充は重要だが、あわせて社会全体の意識を変えていくことが重要だと強く感じた」と語ったとのことです(「岸田首相 独自支援策で出生率上昇の岡山 奈義町を視察」NHK )。

エラー|NHK NEWS WEB

奈義町の合計特殊出生率の推移をみると、確かに全国よりはずっと高くなっていることが分かります(図1)。

図1 岡山県奈義町と全国の合計特殊出生率の推移
出典:岡山県奈義町資料と厚生労働省「人口動態統計」により筆者作成

また、全国のTFRの変動は大きな変動は見られないものの、奈義町のTFRは毎年大きく変動していることも指摘できます。

さらに、奈義町の出生数の動向をあわせてみると、TFRが上昇しているにもかかわらず、出生数は大きくは増えていないことも分かります。これはなぜでしょう?

図2 奈義町の出生数の動向
出典:岡山県奈義町資料により筆者作成

結論から言えば、TFRの高さと出生数の多さとは直接リンクしないからです。

TFRは「15歳から49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの」として定義され、「一人の女性が一生の間に生む子どもの数」と解釈されています。実はTFRには「コホート合計特殊出生率」と「期間合計特殊出生率」の2種類があります。

「コホート合計特殊出生率」は、同一世代生まれ(コホート)の女性を対象として、15歳から49歳までの出生率を過去から積み上げて計算される、世代ごとの出生率です。この「コホート合計特殊出生率」こそが、「一人の女性が一生の間に生む子どもの数」と解釈されるべきものなのですが、その世代が50歳に到達するまで数値が得られないため不便です。

そこで、「期間合計特殊出生率」の出番となります。「期間合計特殊出生率」は、ある年に存在する異世代生まれの15歳から49歳までの各々の女性の出生率をつぎはぎして合計したものなので、速報性が高くなります。いわば「代表的女性の仮定」の出生率と言えます。

私たちが普段目にする合計特殊出生率は「期間合計特殊出生率」なのです。そのため、いくつか問題が生じてしまいます。

同じ世代の女性に着目するのであれば、人口の変動はそれほど大きくないと考えられますが、異なる世代の女性の出生率に着目するのであれば、世代ごとの人口数の違いによってTFRは影響を受けることになります。したがって、日本のようなあまり海外への移住や海外からの移住が多くない国であれば問題になりませんが、市町村レベルのような転出や転入のハードルが低い場合にもやはり注意が必要になります。

この点を理解するため、以下のような簡単な数値例を考えてみます。

いま、N町とO市が隣り合っているとします。それぞれの出生数と女性人口は各表の通りとします。N町の人口規模はO市より小さく、出生数も少ないのですが、合計特殊出生率はN町2.25、O市1.80とN町が高くなっています。

図3 数値例(1)

これはN町の各年代の女性の出生率は高いのですが、人口が少ないことに起因します。

また、N町において、各年代の女性の出生数は変わらず、少子化によって20代以下の女性人口が減少したケースを考えてみますと、合計特殊出生率2.25から3.00へ上昇することが分かります。

図4 数値例(2)

一方、いまN町からO市へ20代以下の女性が転出したケースを考えてみます。この場合、N町においては、上で見た少子化が進行したケースと同じ効果がありますが、受け入れ側のO市では、出生数が不変であるにもかかわらず合計特殊出生率が低下するのが確認できます。

図4-1 数値例(3)N町

図4-2 数値例(4)O市

この簡単な思考実験から、少子化が問題であるとすれば、一国レベルであれば話は別ですが、市町村の施策から国の少子化対策のヒントを探ろうと思うのであれば、期間合計特殊出生率ではなく出生数にこそ着目すべきであることが分かります。なぜなら、期間合計特殊出生率が高くても出生数が多いかどうかは定かではないからです。

そこで、奈義町の出生数の推移を、図2により改めて確認してみますと、年によって増減はありますが、足元ではほぼ50人台と横ばいで推移していることが分かります。つまり、奈義町は確かに合計特殊出生率では奇跡の回復を遂げたかもしれませんが、それはある意味、統計のマジックともいえるべき現象であって、出生数の根本的な回復にはつながっておらず、国レベルの少子化対策としては不十分であると言えます。

逆に言えば、合計特殊出生率では低くても、出生数で見ると増加している自治体もあります。東京都23区が相当します。

図5で、新型コロナの影響を受ける前の出生数の増減を東京都23区で見てみますと、足立区、葛飾区、江戸川区以外で出生数が増加していることが分かります。

図5 東京23区の出生数の変化
出典:厚生労働省「人口動態保健所・市区町村別統計」により筆者作成

そしてこうした出生増は女性人口の転入によって支えられていることも示唆されます(図6)。

図6 出生数の変化と15~49歳女性人口の変化
出典:厚生労働省「人口動態保健所・市区町村別統計」により筆者作成

結論として言えば、岸田総理の「異次元の少子化対策」で出生数を増やしたいというのであれば、日本にいる女性を増やす、つまり移民を呼び込むということになろうかと思います。

ただし、移民の導入ということになれば、それこそ日本の国の形を変えてしまうことにもなりかねませんし、実質的には、特に単純労働に関しては、すでに外国人によって担われていて、地域によっては外国人コミュニティもできつつあるにもかかわらず、移民に関しては拒否感が強い国民を説得するという難題が待ち構えていることもあって、「やれ、児童手当てだ」「やれ、教育費補助だ」「やれ、医療費無償化だ」などと、単におカネを配ってお茶を濁そうとするだけの少子化対策の失敗は火を見るより明らかだと申し上げておきたいと思います。