成長したければ身銭を切りなさい

黒坂岳央です。

昨今「学び直し」の機運が高まり、多くの人がリスキリングを意識している。それだけ時代の変化が速く、勉強しないとすぐに置いていかれてしまう時代だということである。こういう時、とにかくケチケチして「絶対に1円たりともお金を使いたくない!」と考えるのは得策ではない。必要なスキルや知識を学んで成長したければ、ドンドン身銭を切るべきである。理由を解説したい。

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身銭を切る人が成長する

同じ内容でも、無料のものと身銭を切って学ぶものとでは意欲に大きな違いが生まれる。勉強に限らず、町中で配られるポケットティッシュを丁寧に扱う人はいないし、宝くじで当たったあぶく銭はどうしても雑に使ってしまいがちである。

無料で学ぶものには本気になれない事例はいくつもある。たとえば会社の経費で参加する研修だ。会社員の頃に参加した研修は日々の業務のノルマから解放され、ボーナスタイムのような感覚だった。周囲もそれは同じで、いつもはしかめっ面をすることが多い同僚も研修の時は半分遊び感覚のような態度の人もいた。

研修は会社にとって大きな出費である。しかし、そのかけたコスト分だけ本当に参加者は真摯に学べているだろうか?正直、これはかなり怪しい。筆者は英語を教えているのだが、時々「福利厚生で受講料は会社負担にしてもらえるので領収書を下さい」という人がいる。だが、そうした受講生は自費で学ぶ人に比べて比較的すぐに挫折してしまう人が多かったように思う。会社の奢りだとイマイチ真剣になれないのだろう。

その他にも、図書館やYouTubeで無料のコンテンツは世の中にたくさんある。その気になれば無料コンテンツだけで専門家に迫る力を得ることができるはずだ。しかし、「自分は図書館を使い倒して専門家になった」という人より「必死にお金をためてビジネススクールで頑張って成果を出した」という人の方が圧倒的に多い。YouTubeも同じだ。つまり、問題はコンテンツの質もあるが、それ以上に身銭を切ることそのものにあると思うのだ。

尚、筆者は大学の図書館で膨大な読書や勉強をしてきたが、これは大学の学費を支払っている感覚があったためだ。「図書館の利用料は無料ではなく、実際は学費にも含まれている。何が何でも元を取らなければ!」という気持ちで図書館を誰よりも使い倒していた。やはり、人は身銭を切ることで本気になれるのだ。

差し出しているものはお金だけではない

ある程度、蓄財が進むと身銭を切ることの意味合いが変わる。お金のない学生時代なら、1000円でも支払った対象を本気で学ぼうと考えるが、ある程度お金に余裕がある人にとっては、1000円の支払いでは意識的コミットメントは強くなれないこともある。しかし、やたらとお金を出せばいいわけではない。そこでおすすめしたい考え方として「自分が差し出しているものの本質はお金ではなく時間」というものである。

仕事と勉強の最大の違い、それは仕事は他の得意な人に丸投げできるが、勉強は自分自身でしなければいけないという点にある。

どんなスキル、知識の学びをする上でも「時間」は絶対に必要になる。筆者は無料のYouTubeでも、有料で書籍を買って勉強する上でも意識しているのはコストではなく、時間である。「2時間かけて学ぶからには、絶対にムダにしてはいけない」という強い覚悟で学ぼうと考える。

自分はお金にケチなつもりはないが、時間にはドケチなのだ。だからこそ、たとえば読書をして冒頭の15分がつまらなかったり、学びがないと感じたらどれだけ高いコストをかけたものでも、その時点で即損切りして読むのをやめる。その逆に面白いと感じたら、それが無料の記事や動画でもメモを取りながらのめり込んで必死に本気で学ぶ。

お金は時間を差し出せば、理屈の上ではどれだけでも手に入る。だが時間は絶対に物量を増やすことはできない。自分にとっては時間はお金より圧倒的に価値が高いという感覚がある。だから何かを学ぶ時には金銭的コストではなく、時間を使っているという感覚で臨んでいる。結果的に意識的コミットメントが強く働く感覚がある。少しでも参考にして頂ければ幸いだ。

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。