参議院予算委員会で総務省の「内部文書」を取り上げた小西洋之議員は、その文書を記者会見などで配布し、ツイッターでも公開した。
国会議員が厳重取扱注意と書かれた行政文書をSNSで公開するのは前代未聞だが、中身は大した話ではない。安倍政権の礒崎補佐官がTBSの「サンデーモーニング」が偏向しているので行政指導しろと総務省に指示したが、総務省が抵抗して従来の国会答弁を踏襲する一般論で収めたというだけだ。
「サンデーモーニング」に激高した礒崎補佐官
78ページの全体版によれば、経緯は次のようなものだ。
- 2014年11月26日:礒崎総理補佐官付から放送政策課に電話で連絡。
- 「放送法に規定する「政治的公平」について局長からレクしてほしい。コメンテーター全員が同じ主張のサンデーモーニングは偏っているのではないか
- 「政治的公平」の解釈や運用、違反事例を説明してほしい。
- 28日:礒崎補佐官
- 番組を「全体で見る」基準が不明確ではないか
- 1つの番組でも明らかにおかしい場合があるのではないか
- 2015年2月13日 :高市大臣レク(状況説明)
- 2月17日:礒崎補佐官レク(高市大臣レク結果の報告)
- 3月2日:山田総理秘書官レク(状況説明)
- 3月5日:礒崎補佐官から安倍総理に説明(今井・山田総理秘書官同席)
- 3月9日:平川参事官から安藤局長に連絡(高市大臣と安倍総理の電話会談結果)
- 3月13日:山田総理秘書官から安藤局長に連絡(高市大臣と安倍総理の電話会談結果)
- 5月12日:参議院総務委員会 藤川政人議員(自民)からの政治的公平性に関する質問に対し、礒崎補佐官と調整したものに基づいて高市大臣が答弁。
その礒崎補佐官などへの説明資料が、このあと時系列で集められている。礒崎補佐官は「サンデーモーニング」が気にさわったらしく、この番組を名指しで行政指導させようとしたが、総務省が抵抗したので「激高」したようだ。
問題は「政治的公平」を番組全体で判断するか1本の番組で判断するかで、総務省は「番組全体で判断するが、極端な政治的偏向については1本の番組で指導する場合もある」と従来から答弁してきた。これが礒崎補佐官には不満だったようで、「俺の顔をつぶすようなことになれば、ただじゃあ済まないぞ。首が飛ぶぞ」といった言葉が出てくる。
補佐官レクに立ち会ったのは、総務省の中の旧郵政省の幹部で、礒崎補佐官(旧自治省)との内部抗争という面もあるようだ。首相官邸にいる山田真貴子秘書官(郵政省出身)は「礒崎補佐官は官邸内で影響力はない」と突き放し、「今回の話は変なヤクザに絡まれたって話ではないか」と冷ややかに見ていた。
結果的には総務省は特定の局や番組を名指しせず、「一つの番組のみでも、極端な場合においては、政治的公平を欠き、放送番組準則に抵触する」という一般論を補充的説明として付け加えることで決着した。
昭和39年の電波監理局長答弁にも「極端な場合を除き」という文言があり、通常は番組全体を見て判断するという解釈は変わっていない。当時は野党も問題にしなかった。この答弁が「違法行為だ」という小西議員の話は荒唐無稽である。
高市総務相はほとんど登場しない
この経緯に高市総務相はほとんど登場せず、3月9日のメモに「高市大臣から総理に電話」(日時不明)と書かれているだけだ。
このメモは、平川参事官からの連絡として電話会談の中身が書かれているが、高市氏は「この問題で総理と話したことはない」と国会で答弁した。それが嘘だったら議員辞職するかという小西議員の質問に「結構ですよ」と答えた。他方、3月6日のメモには「(高市氏が)平川参事官に今井総理秘書官経由で総理とお話しできる時間を確保するよう指示」と書かれている。
3月13日のメモには「政治的公平に関する国会答弁の件について、高市大臣から総理か今井秘書官かに電話があったようだ」と書かれており、高市氏の記憶にないとすると、電話の相手は今井秘書官だったのではないか。
これは矛盾しているが、一連の文書は正式の大臣レク資料と打ち合わせのメモを集めたもので、大臣レクには省内の承認があったと思われるが、メモの信頼性は乏しい。このあたりの事実関係は、平川氏に聞けばわかるはずだ。
野党議員に秘密を漏洩した職員は国家公務員法違反
この文書について高市氏は「悪意をもって捏造されたものだ」と言い、「捏造でなかったら大臣・議員辞職するか」という小西氏の質問に「結構ですよ」と答えた。
内容からみると文書は捏造ではなく、存在するものと思われるが、事実と合致するかどうかはわからない。公式文書と非公式のメモが混在しており、礒崎補佐官が「激高」して「変なヤクザ」のように暴れ回った記述などは、旧郵政省のバイアスがあり、そのまま信用はできない。
最大の問題は、このように秘密指定されている未確認の文書が、情報公開法などの手続きをへないで野党に渡り、それを議員がSNSで世界に公開したことだ。日本政府の情報管理がずさんなことは世界にも知られており、これが軍事機密に関する文書だったら、米軍は日本政府に情報を提供しなくなるだろう。
小西議員はこれを公益通報(内部告発)だと主張しているが、公益通報が保護されるためには、行政に違法行為がなければならない。今回の法解釈に違法性はないので、これを通報する公益性はない。
文書を小西議員に渡した職員は、国家公務員法違反(秘密漏洩)に問われる可能性がある。まずこの資料の多くを書いた西潟暢央氏(総合通信基盤局電気通信事業部データ通信課長)に事情を聞き、真偽を明らかにすべきだ。
【追記】3月8日に総務省は、この文書がすべて行政文書であることを認めた。これは公文書とは違って複数の官僚が共有した文書で非公式のメモも含み、内容の信憑性を保証するものではない。したがってそれが事実かどうかの挙証責任は、小西氏にある。
しかし「悪意をもった捏造」という高市氏の答弁は、その悪意を証明しないかぎり成り立たない。8日になって彼女は「不正確だ」と表現を修正したが、捏造という表現は撤回していない。総務省も「捏造かどうか」という質問には答えていない。
【追記2】高市氏は2月13日に大臣レクがあったことを否定し、「そんなレクは聞いていない。礒崎補佐官の話を知ったのは今回が初めてだ」という。ここには「そもそもテレビ朝日に公平な番組なんてあるの?」など具体的な発言が書かれている。
架空の大臣レクというのは常識では考えられないが、高市氏はここで同席した2人(平川・松井)に確認したところ、そういう話はなかったという。委員長が「レク自体はあったのか」と質問したのに対して、総務省は「確認中」と答えた。