水素に15兆円投資・・キチガイ的な無駄遣い

Leestat/iStock

政府が2017年に策定した「水素基本戦略」を、6年ぶりに改定することが決まった。また、今後15年間で官民合わせて15兆円規模の投資を目指す方針を決めたそうだ。相も変わらぬ合理的思考力の欠如に、頭がクラクラしそうな気がする。

この政府の担当者たち、本気でこんなことを考えているとは、どんな頭脳なのか、筆者に言わせれば正直、心配になるレベルである。気は確かか?アタマ、大丈夫なの・・?

そもそも、2021年5月の「水素エネルギー社会はやって来ない」が、筆者のアゴラ「デビュー」だった。

水素エネルギー社会はやって来ない
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 管政権の目玉政策の一つが「2050年二酸化炭素排出実質ゼロ」であり、日本だけでなく国際的にも「脱炭素」の大合唱しか聞こえないほどである。しかし、どのようにして「脱炭素社会」を実現するかについての...

それ以後、筆者はこれまで何度もこのアゴラに水素・アンモニア政策の不合理さを訴えてきた。しかし、政府は聞く耳を持たず、御用マスコミも水素の問題点をほとんど指摘しない。いつでも「有望な次世代エネルギーである水素」とか「水素とアンモニアは燃やしてもCO2を出さないことから、脱炭素社会の燃料として期待される」と言った表現で飾る。そして問題点は「コスト」の一点張りなのだ。

しかし、どう贔屓目に見ても、水素やアンモニアには問題がありすぎる。日本国民にとって利益になる部分が少なすぎるし、海外からの大量調達となれば、また別の問題を引き起こす。以下、以前に何度も書いたことの繰り返しになり恐縮ではあるが、できるだけ多くの方々に基本的・本質的なことを思い出していただくために、書く。

端的には、筆者のアゴラ・デビュー稿の最後に書いた文章が、本質を衝いていると思う。

「水素社会」とは、二次エネルギーとして電力ではなく水素を使う社会を指すが、そんな社会は決してやって来ないだろう。電力の方が圧倒的に優れた二次エネルギーであり、一次エネルギー構成がどうなるにせよ、二次エネルギーの主体が電力であることは間違いない。

実際問題、これに尽きる。なぜ、こんな簡単な当たり前のことが、常識にならないのだろう・・?

水素推進論者は何時でもどこでも「CO2を出さない」ことを水素の「売り物」にするが、同じ二次エネルギーの電力も同様に「CO2を出さない」。それだけでなく、H2Oさえも出さない。懐中時計を燃料電池で動かしたら懐が水浸しになるが、電気駆動の時計ならその心配はない。水素を「CO2を出さない」で売るのなら、電力だって同じ、いや水さえも出ない分、優れているではないか?

また、水素やアンモニアは、二次エネルギーとは言え、もう一段、燃料電池や燃焼装置を通さないと真のエネルギーとして使えない。つまり、現実的には二次エネルギー「未満」なのである。一方、電力はそのままモーターその他、全ての電気・電子機器を駆動できる。実際、現代のIT社会は、全て電力に依存している。これが水素に代わることは絶対ない。

輸送手段も、電力なら電線があればよく、ガス漏れや爆発の心配がない(漏電の心配はある)。水素は漏れやすく、爆発しやすく、かつ金属を脆くするので、既存のガス配管は使いにくい。これら、使い勝手から見ても、水素・アンモニアと電力では比べ物にならない。

電力のほとんど唯一の「弱点」は、貯蔵と国際的長距離輸送が難しいことである。そのため、貯蔵・輸送が効く水素を推す向きもある。しかし電力貯蔵手段として見ても、水素は効率が悪い。電力→水素の効率が約60%、水素→燃料電池→電力も効率ほぼ60%、つまりこの2段階で電力は36%に減る。電力を貯えたら64%も減ってしまうような蓄電池を使う人が、どこにいるだろうか?しかも、水素→電力を火力発電で行うと効率は40%そこそこなので、効率はさらに下がる。

アンモニアを使うとなると、この水素からさらにエネルギーとコストをかけて合成するので、効率はさらに下がり、コストは上がる。故に筆者には、水素やアンモニアを燃やして発電するなど、狂気の沙汰としか思えない。単なる、エネルギーの無駄遣いである。火力発電からのCO2排出を減らす、この点にしか目が行かず、その他の難点には全て目をつぶってばく進しているようにしか見えない。

電力の長距離輸送に関しては、欧州ならば国際間電力網が存在するが、島国日本では難しい。だから、電力を国外から輸入しようとした計画は、これまで存在しないし、今後もないだろう。電力は本来、送電ロスもバカにならないので、数百km程度の圏内で使うべきエネルギーである。発電自体は大規模の方が効率は上がるが、小規模分散型の方が地震や災害に強く、小回りも利くし、広範囲大停電のリスクも減る。

今後、化石燃料が枯渇して行けば一次エネルギーは再エネ中心にならざるを得ないから、社会全体を小規模分散型に変えて行くのは、必然の流れだと思う(核融合発電が実用化されたら、話は少し違うかも。しかし、今度は別の問題が生じると筆者は考えているが、長くなるのでここでは略す)。

水素・アンモニアを大量調達すると言う構想は、現時点では全て、海外から入手するものである。つまりこれは、電力を海外から大量に輸入しようとするのと実質同じである。電力の直接的な大量輸入が困難であるならば、損に損を重ねて水素・アンモニアの形に変えて電力を輸入するのは、さらに困難であることくらい、誰でも分かるはずだ。

2017年に策定された「水素基本戦略」の改訂版はこの5月に出るそうだから、その骨子は、今年1月に出された資源エネ庁の資料とほぼ同じだろう。全138頁にわたる大部の資料である。

その中に「水素を新たな資源として位置づけ、社会実装を加速」とある。これがそもそもの間違いである。地球上では、水素は資源として産出されないから。上の文章中の「水素」を、同じ二次エネルギーである「電力」置き換えてみたら良く分かる。「電力を新たな資源として位置づけ」という文を目にしたら、誰でもヘンだと思うだろう。当たり前である。

本来「資源」でないものを、無理やり「新たな資源に位置づける」から、おかしな話になる。元々が、科学・技術的に「無理筋」なのである。ここでも「無理が通れば道理が引っ込む」。

この資料には「カーボンニュートラルに必要不可欠な水素」との文言がある。そうかな?水素源としては、1)化石燃料+CCUS(CO2の再利用や地下貯留)で得る「ブルー水素」と、2)非化石電源+水電解で得る「グリーン水素」が挙げられている。この点は以前の「水素基本戦略」と変わらない。

1)の「ブルー水素」は「化石燃料をクリーンな形で有効活用することも可能とする」とされているが、それならば何も水素を経由せずとも、直接化石燃料で発電等してCCUSを適用すれば良い。ここでの盲点は、化石燃料から水素を作る際に、エネルギーが約半分に減ってしまうことである。

化石燃料(炭化水素)からの水素製造は、通常、水蒸気改質と言う方法を使うが、これが1000℃近い高温が必要で、しかも主たる化学反応は(エネルギーを加えないと進まない)吸熱反応なので、エネルギーを多消費してしまう。詳しい熱力学的計算は省くが、元のエネルギーの約半分が使われると思っていただけたら良い。

2)の「グリーン水素」は、上に述べたように、発電に使う場合には、電力→水素→発電→電力となるので、単なる電力の無駄遣いになる。輸送部門に使うなら、そのままEVを走らせたら良いし、民生・業務や産業部門でも、基本的には非化石電源からの電力をそのまま使うのが効率的であるのは自明である。余剰電力を水素に変換し、貯蔵・利用したらエネルギーはベタ減りすることは前述した。

すなわち、どの利用法を見ても、、水素を経由するメリットが見出せない。一体、何のための水素・・? 結局「カーボンニュートラルに不可欠」は、全くのウソだよね。だって、水素がなくても化石燃料+CCUSや非化石電源でカーボンニュートラルは達成可能だから。

ましてや、その水素を原料としてアンモニアや合成燃料を作ったら、さらに損を重ねるだけである。「CO2を原料とした合成燃料」との文言に惑わされてはいけない。炭素は確かにCO2として回るが、これは単に、水素の消費過程に過ぎない。その水素はどこから来るのか?を考えたら良く分かるはずだ。

「水素基本戦略」以後ずっと、水素に関する政府資料では、上記の諸問題点には全く触れていない。「多層的な観点からの分析の必要性」などと書いてはいるが。そして、目標だけは勇ましい。「水素の供給コストを、化石燃料と同等程度まで低減させ、供給量の引上げを目指す」と。

具体的には、現在約200万トンの水素供給量を2030年最大300万トン、2050年には2000万トン程度にすると(最近の報道では、2040年に1200万トンにする目標を検討ともある)。また価格も現在100円/Nm3を、2030年同30円、2050年同20円にすると。しかし、具体的どうやってこれらを達成するかは、一切書かれていない。

なお、上記の水素価格は、同じエネルギー量の化石燃料と比べると約10倍高い。しかも、これは天然ガスを使いCCUSなど適用しない、現状最も安い水素との比較である。電気分解で作る水素は、当然もっと高い(だから、商用利用されている電解水素は、ない)。一体どうすれば、化石燃料と同等程度の価格水準を達成できるのだろうか・・?この資料にはこの後にも「今後の導入拡大イメージ」だの「今後の道行き」だのあるが、具体的な方策は何一つ書かれていない。

第2章は「水素・アンモニアを取り巻く現状」であるが、記述の大半が2017年版と大差ないし、筆者から見て「夢物語」なので、特筆すべきことはない。「需要創出に向けた取組」などを読むと、必要があるから導入するのではなくて、何が何でも導入したいので「需要創出」する姿が浮かんでくる。なぜ、そうしてまで水素・アンモニアにしがみつくのか、筆者には理解できない。

そして、普及に関する様々な課題に対して「あれも必要、これも必要」と「おねだり」ばかりしている印象が強い。社会に対して本当に必要で有用であるなら、無理強いなどしなくても自然に普及するものではないのか?

その後の第3章「水素・アンモニアの商用サプライチェーン支援制度の検討状況」と第4章「効率的な水素・アンモニア供給インフラの整備支援制度の検討状況」は、お役人の作文らしい詳細な制度関連説明が長々と続くが、中身を論評する気がしない。そもそもが無理筋なので、仕方がないのであるが。

御用学者や役人には期待できないので、国会議員の方々にお願いしたいが、水素・アンモニア政策について、しっかり勉強していただきたい。この政策が、本当に日本国の将来に益をもたらすのか、15兆円などの投資が実を結ぶ可能性があるのかどうか、真剣に検討すべきである。国民の負託を受けているのだから。