本物の「異次元の少子化対策」を考える:なぜ子ども3人目以降で1000万円なのか

小黒 一正

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以下、Q&A形式で回答する。

(問1)現在、政府が検討中の「少子化対策」の方向性に関する評価はどうか。

(答え)政府が2023年3月下旬に示した「たたき台」では、(1)経済的支援の強化、(2)保育サービスの拡充、(3)働き方改革の推進を3本柱とし、児童手当の所得制限の撤廃などを検討中だが、既存の施策の延長線であり、「異次元の少子化対策」とはなっていないように思われる。

また、従来の延長線の施策で、「子育て支援を充実したとしても出生率が上昇するとは限らない」という厳しい状況も前提に、各施策の効果に関する一覧を作成し、施策の序列や優劣を検証する必要もある。

(問2)「子育て支援を充実したとしても出生率が上昇するとは限らない」とはどういう意味か。何か根拠はあるのか。

(答え)筆者も少子化対策の拡充は必要だと思っており、対策の必要性を否定する意図はないが、フィンランドの現状を調べてみると分かる。フィンランドは北欧諸国の一部で、日本では、子育て支援が充実したモデル国として取り上げることが多い。だが、現在のフィンランドの出生率(正確には「合計特殊出生率」)をご存じだろうか。

2019年は1.35、2020年は1.37である。1989年から2014年まで1.7を超える出生率で、2010年には1.87という高い値であったが、2010年以降は急低下して現在の出生率は1.4を下回っている。

日本の2020年の出生率は1.34(2018年は1.42)であり、フィンランドの出生率は日本と概ね似た状況に陥っている。雇用不安が原因の一つではないかとも言われているが、出生率が急低下した本当の原因は現在のところ分かっていない。仮に雇用不安が主因ならば、労働市場を安定化させる必要があるが、少々疑問が残る。なぜなら、フィンランドの1992年から2003年までの失業率は9%を超えていたが、2022年の失業率は6.7%だ。

(問3)北欧諸国でもフィンランドの子育て支援は弱いのではないか。

(答え)いや、それはデータと異なる。フィンランドの2020年における社会保障費(対GDP)は42.1%で、この費用を100%とするとき、家族及び子育て支援が9.6%も占めている。すなわち、フィンランドの2020年における家族関係社会支出(家族及び子育て支援)は対GDP比で約4%(=42.1×9.6/100)にも達する。

他方、同年における日本の家族関係社会支出(対GDP)は約2%なので、フィンランドは日本の2倍もある。にもかかわらず、フィンランドの出生率は日本と同程度に低下しているのである。

(問4)先程から、「子育て支援」と「少子化対策」という2つの用語を使い分けているように思うが、何か理由があるのか。

(答え)それは、良い質問だ。そもそも、一般的に少子化対策といっても、様々な政策手段があり、出生数の増加そのものに直接働きかける出産育児一時金のような施策(a)と、出産後の子育て支援を行う児童手当や学童保育支援のような施策(b)の2グループがある。教育や子ども医療費の支援も(b)のグループに属す。少し前に話題となった税制措置の「N分N乗」方式も、グループ(b)に近い。

では、「子育て支援」と「少子化対策」の違いは何か。その違いは「時間軸」で考えると分かり易い。例えば、ある夫婦やカップルが子どもをもちたいと考えてから出産するまでという「時間軸(a)」と、出産後からその子どもが成人するまでの「時間軸(b)」で考えてみよう。

この場合、前者の「時間軸(a)」のなかで、出生数を増やすことを主な目的としたものが「少子化対策」であり、後者の「時間軸(b)」のなかで、生まれた子どもをもつ家庭に対し、その育児や教育などを支援することを主な目的としたものが「子育て支援」と区分する方法がある。

この意味では、不妊治療の支援の時間軸は(a)で出生数の増加そのものに直接働きかけるものであることから、「少子化対策」に属すが、児童手当の拡充の時間軸は(b)で出産後の育児などを支援するものであるから、「子育て支援」に属す。

(問5)厳密な意味では、「少子化対策」と「子育て支援」は区別できないケースもあるのではないか。

(答え)既述の区分方法では、出産育児一時金のようなグループ(a)に属す施策が「少子化対策」で、児童手当のようなグループ(b)に属す施策が「子育て支援」と区分できる。だが、例えば、子ども一人当たり毎年24万円ずつ10年間給付する「児童手当」を、出産直後に一括で240万円給付する施策に改める場合、それは「出産育児一時金」と実質的に同等になり、グループ(a)とグループ(b)の厳密な区分が難しいケースもあるのは事実だ。

しかし、この事実を前提にしても、少子化対策と子育て支援の違いを意識して、出生数の増加に及ぼす効果の序列や優劣を議論することが重要だ。この違いを意識せず、グループ(a)とグループ(b)のすべてに対し、総花的な対策で、資源の逐次投入を行っているだけでは、財源的な制約もあるなか、少子化のトレンド転換を果たすことは難しい

人間は必ずしも合理的でなく、行動経済学的な知見を考慮すると、グループ(b)よりもグループ(a)の方が出生数の増加に寄与する可能性が高いという視点も重要だ。

(問6)では、出生数を引き上げるヒントは何か。

(答え)出生数を増やすヒントになるのが、「出生率の基本方程式」だ。この方程式は筆者が時々利用しているもので、「合計特殊出生率=(1-生涯未婚率)×有配偶出生数」という関係式をいう。日本では婚外子は約2%しかおらず、子供を産む女性は結婚している女性が多いため、合計特殊出生率は、平均的にみて、夫婦の完結出生児数(夫婦の最終的な平均出生子ども数)に「有配偶率」(=1-生涯未婚率)を掛けたものに概ね一致する。

このため、夫婦の完結出生児数を「有配偶出生数」と記載するなら、「合計特殊出生率=(1-生涯未婚率)×有配偶出生数」という関係式が成立し、例えば、生涯未婚率が35%、夫婦の完結出生児数が2であるならば、出生率の基本方程式から、合計特殊出生率は1.3になる。

また、厚生労働省「出生動向基本調査」によると、夫婦の完結出生児数は1972年の2.2から2010年の1.96、2015年の1.94まで概ね2で推移してきたことが読み取れる。それにもかかわらず、合計特殊出生率が低下してきている主な理由は、生涯未婚率が上昇してきたためである。

出生率の基本方程式から、合計特殊出生率を引き上げるためには、2つの施策が考えられる。まず、一つは、生涯未婚率を引き下げる施策であり、もう一つは、有配偶出生数を引き上げる施策だ。ここでは、後者の施策を考えてみよう。

既述のとおり、有配偶出生数は1970年頃から概ね2であるが、生涯未婚率(0.35)が変わらない前提の下、有配偶出生数が3に上昇したら、どうなるか。出生数の基本方程式から、合計特殊出生率は1.95となる。この値は、現在の合計特殊出生率(1.3)の概ね1.5倍で、現在の出生数が約80万人であるため、出生数が120万人程度に跳ね上がる可能性があることを意味する。

(問7)「出生率の基本方程式」で、有配偶出生数を引き上げる施策に注目する理由は何か。

(答え)(問6)で説明したとおり、「出生率の基本方程式」、すなわち「合計特殊出生率=(1-生涯未婚率)×有配偶出生数」という関係式に従うならば、①「生涯未婚率を引き下げる施策」と、②「有配偶出生数を引き上げる施策」の2つが考えられる。

このうち、①の施策により、生涯未婚率が35%から20%に引き下がっても、有配偶出生数が2のままでは、出生率は1.6(=0.8×2)までしか改善しない。より極端な議論では、生涯未婚率がゼロに近づいても、有配偶出生数が2のままでは、出生数の上限は2で、人口置換水準の2を超えることはできない。しかしながら、生涯未婚率が35%のままでも、有配偶出生数が3になれば、出生率は1.95になる。さらに、有配偶出生数が4になれば、出生率は2.6になり、人口置換水準の2を超えることができる

最終的には政治判断だが、「生涯未婚率を引き下げる施策」と「有配偶出生数を引き上げる施策」のうち、どちらを、まず重点的なターゲットにするべきか、基本方程式からは明らかではないか。なお、生涯未婚率が上昇してきた背景には、若い世代の賃金が伸び悩み、その労働環境が厳しさを増していることが関係している可能性が高く、この改善も重要であることは明らかであろう。

(問8)では、どうやって、有配偶出生数を2から3に引き上げるのか。

(答え)これは容易ではないが、これこそ、異次元の対策として、第3子以降の出産につき、出産育児一時金を子ども一人当たり1000万円に引き上げてみてはどうか。(問6)で説明したとおり、夫婦の完結出生児数は1970年代から現在まで概ね2で推移してきたが、1940年代の完結出生児数は概ね4、1950年代は概ね3.5、1960年代は3弱もあった

まずは、有配偶出生数の2から3への引き上げを政策ターゲットに位置付け、第3子以降の出産を強力に支援するため、第3子以降の出産育児一時金を子ども一人当たり1000万円に引き上げるという施策である。

昨年、岸田首相のリーダーシップで、出産時に子ども一人当たり42万円が支払われる「出産育児一時金」を、2023年度から50万円に引き上げることを決めたが、これまでの出生数の減少トレンドをみても、8万円程度の増額で合計特殊出生率が上昇に転じるとは信じがたい。

岸田首相や政府が本気で少子化問題のトレンドを逆転したいなら、「第3子以降1000万円」の出産育児一時金を給付するくらいの覚悟が必要ではないか。

(問9)財源はどうするのか。

(答え)(問8)の施策により、仮に出生数が80万人から120万人に増加しても、そのうち第3子以降の子どもが30万人ならば、3兆円(=30万人×1000万人)の財源で賄うことができる(第1子以降1000万円だと、12兆円もの巨額な財源が必要)。

しかも、この施策のポイントは、第3子以降1000万円という異次元な政策であっても、その効果が無く、出生数がほとんど増えなければ、追加的な予算はほとんどかからないということだ。第3子以降が10万人しか増えなければ、1兆円の財源しかかからない。なので、数年間、実験してみても効果がなかったら、止めればよい

なお、具体的な財源としては、例えば、消費税率を1%引き上げれば、2.8兆円の財源を得ることができるため、これを財源として、「第3子以降1000万円」の政策を実施することが考えられるが、消費税に固執する必要はない。

社会保険料の引き上げで財源を賄うことは、子育てを行う現役世代に負担が集中するために反対だが、消費税の増税が政治的に難しい場合は、引退世代にも一定の負担をお願いする観点から、社会保障給付の効率化を含め、既存施策の歳出削減などで賄うことも考えられる。

いずれにせよ、出生数の増加を目標に掲げるならば、本当にコアとなる政策手段を見定め、1点突破の姿勢で、例えば、「第3子以降1000万円」といった施策に資源を集中投下する検討も行うべきだ。


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