こんにちは。
シルバーゲート、シリコンバレー、シグネチャーといかにも時代の風潮を当てこんでひと儲けしようという魂胆の見え透いた中堅銀行が相次いで破綻したあと、銀行業界は平静を取り戻したかのように見えます。
ダウジョーンズ工業平均株価の値戻しの良さから「アメリカ経済はもう回復期に入ったのではないか」という声さえ聞こえるようになりました。
ほんとうにそうでしょうか。
私は、アメリカの銀行危機はまだ予告編が終わっただけで、本編の上映開始を待っている状態だと思います。順を追って私がそう考える根拠をご説明していきましょう。
地銀株より大手銀株の下げがきつい
まず、今回の銀行危機が比較的小規模の収まりそうだとか、収まったとかの主張のよりどころとなっているデータに疑問があります。
「大手金融株セレクトETF(XLE)の下げ幅が、地銀株ETF(KRE)より小さい。これは銀行業界全体の問題ではなく、全国展開のできない中堅以下の地方銀行だけの問題であることを示す」というのですがこれは意図的かどうかはともかく、事実を歪曲しています。
XLEは、金融コングロマリットのバークシャー・ハサウェイ、クレジットカードのビザ、マスターカードといった企業が主力銘柄で、預金を集めて融資をする銀行本来の業務をおこなっていない企業の多い構成なのです。
銀行業界全体の問題かどうかをチェックするための比較対象はXLFではなく、シティグループ、ニューヨーク・メロン、JPモルガンを主要構成銘柄とする銀行株ETF(KBE)です。その比較を見れば、これが銀行業界全体の危機であることは一目瞭然です。
相場のプロは、なぜまだ銀行業界の危機は続いていると見ているのでしょうか。本業である預金を集めて融資をすることについての数量データが悪すぎるからです。まず与信、つまり顧客の信用をチェックして融資をおこなうほうから見ていきましょう。
銀行業にとって与信総額が顕著に減少するというのはめったにないことなのですが、21世紀に入ってから一度もなかった1週間で1000億ドル以上与信総額が減少するという事態が3月下旬に2週連続で起きています。
与信の中でも典型的な方法であるローンやリースによる融資額は、1週単位ではまだハイテクバブルが崩壊した2001年9月や国際金融危機が勃発した2007年3月ほど減少していません。でも2週連続で500億ドルを超える減少なので、計1000億ドル超の激減となっています。
それでは銀行から出ていく資金ではなく、入ってくる資金である預金や借入金はどうなっているのでしょうか。
預金・借入金の動きが異常
こちらはもう、異常としか形容できない不思議な動きをしています。
2022年後半から預金の大量流出が続いていたのですが、今年3月に入るとまず15日と22日の2週続きで1500億ドルを超える流出となってしまいました。一方、借入金は1週間で5000億ドル以上も流入しています。
15日の週ではすでに中堅銀行の連鎖破綻が始まっていたので、自行にも取付け騒ぎが及ぶかもしれないと思って、取りあえず払い出しに必要な資金を借りておいたというのは一応納得できる説明です。
それにしても、たった1週間で5000億ドル(約66兆円)を超す借入というのは、いったい何が銀行業界に起きていたのでしょうか。
ちなみに、預金増減額のほうも週次ではなく月次で見ると、2023年3月はアメリカ銀行史上最大の3890億ドル(日本円にすれば50兆円を超えます)の減少となっていました。
中国は銀行統計が非常に怪しい国なので断言することはできませんが、たった1ヵ月で3890億ドルもの預金が流出するのは、アメリカ銀行史上最大であるだけではなく、おそらく世界銀行史上でも最大の預金流出でしょう。
たとえ最大手でも、1行や2行が取付けの危機を恐れているだけではあり得ないような事態です。つまり、これは個別銀行の経営問題ではなく、銀行システム全体の危機なのです。
借入金の大部分を現金として手元に置いている
5000億ドルを超える莫大な借入金を、銀行業界はいったいどういうかたちで持っているのでしょうか。
ご覧のとおり、総額の8割近くを金利を産まない現金のかたちで持っています。やはり、何かしら巨額の払い出しをしなければならない必要に迫られることを覚悟していて、借入金に金利を払いながらまったく利益に貢献しない現金を積み増ししているのです。
なお、2020年の3月最終週から翌週にかけて現金が急増したのは、第1次コロナ騒動で一時金や失業保険の割り増し給付があったために、個人世帯からの預金が急増して運用に回しきれない金額が増えていたのであって、必死に現金を掻き集めていたわけではありません。
現在のアメリカ銀行業界が、国際金融危機の頃アメリカ証券業界屈指の名門、ベア・スターンズが破格の安値でJPモルガンに吸収されてしまったときの教訓を学んで、とにかく現金を掻き集め、運用リスクを避けていることは間違いありません。
この点に関しては、銀行業界にとって厄介な問題ではあるけれどもごくふつうの金利選好が働いているだけで、危機的な事態ではないという考え方もあります。その主旨を次の2枚組グラフを使って説明させていただきます。
「米国銀行業界は1972年から2023年2月まで、1990年代前半以外ではほとんど総預金残高が前年比でマイナスになったことがないほど順調に預金を増やし続けてきた。ところが、連邦準備制度による連続利上げでMMFは高金利商品になったのに、銀行預金は超低金利のままだ。これでは預金がMMFに流出するのは無理もないし、当面預金金利を上げられない銀行としては、まだ流出が続くと見て手元現金を積み増ししておくしかない」というのです。
一応論理的には整合性がありますが、ほんとうにそれだけのことでしょうか? 私としては、なぜ連邦準備制度はどんどん金利を上げているのに、銀行は預金者に支払う金利を上げることができないのかが気になります。
銀行業界全体としてあまりにも証券投資による含み損が大きすぎて、積極運用をすれば含み損を実現するか、含み損を拡大させたまま利益の乗っている投資から実現益を出すというもっと不健全な運用状態に追いこまれるので、預金金利も上げられないのだと思います。
この点に関しては「銀行連鎖破綻で確認できた米ドル覇権の終り」という3月24日の投稿の、1枚目と2枚目のグラフをぜひご覧ください。
小口預金の流出はFedによる利上げ前から始まっていた
また残高が10万ドルを超すような大口預金をのぞく、ほぼすべてが一般世帯による預金の流出は、連邦準備制度がフェデラルファンド金利の引き上げを開始した2022年3月16日より前の同年3月9日の週から始まっていたことも、示唆に富んでいると思います。
さらに、この「その他」預金の5週前に対する変動率を見ると、中堅銀行連鎖破綻の先陣を切ったシルバーゲートバンクの破綻前に、すでに最大の減少率を記録していました。
残高10万ドル以上の大口預金の主要顧客である大手企業や機関投資家より、一般庶民のほうがずっと経済の健全性に対する感度は良好なのでしょう。
ここで、預金獲得とともに銀行本来の中軸業務であるはずのローン・リース貸出残高についても、1970年代初めからの長期的な推移を見ておきましょう。
こちらも、大激増は何度かあっても、激減は意外に少なかったことに気づきます。2週間前の残高との対比でいうと、1000億ドルを超える減少額を記録したことは今年の3月まで一度もなかったのです。
ハイテクバブルの崩壊や国際金融危機のどん底でも、ローン・リース貸出残高の減少額は1000億ドル未満にとどまっていました。それなのに、今回はまだ世間的には危機に入ったという共通認識もないうちに、1000億ドルを超える貸出残高の減少が起きているのです。
なぜこんなことになってしまったのでしょうか?
投機に手を出した銀行に対する当然の報い
最大の理由は、銀行が保有している米国債、とくに長期債で金利上昇に伴う価格下落で巨額の含み損が出ているため、資金運用の自由度が激減していることでしょう。
金利上昇時の長期債には巨額の含み損が出ますが、満期まで持っていれば額面で償還してもらえるので大きな実現損になることは稀です。ただ、貸出需要があるからといってすぐ換金しようとしても、それは含み損を実現してしまうのでできません。
もうひとつ見逃せないのは、銀行までもが非常に投機色の強い未上場株ファンドや特別買収目的会社のような危険な投資対象にも手を出していることです。
「私が将来の大化け企業を発掘する能力を信じてください」というファンドマネジャーが運用している未上場株ばかりで構成されたファンドや、まだ投資対象はこれから探すというカラ箱に資金を入れてしまうわけです。
しかも、たいていの場合、いかにも個人投資家が食いつきやすい、株式市場で話題になっているEV、eコマース、バイオテクノロジー、AI・ロボットのような、もう旬を過ぎてしまったか、永遠にチャンスはこないような分野で新企業を探すわけです。
ファンドマネジャーは上場直後の高値で売り抜ければ大儲けしますが、そこに投資してしまった人たちは、高値から70~90%下がってしまった株を売るに売られず、含み損として持ちつづけるわけです。
このへんの事情については、「米株高元凶の3悪のうち、2悪はこけたが最後はじぶとい」という3月31日の投稿のうち、「経済実態を反映しない株高の元凶その1 IPOブーム」という小見出しの部分をお読みください。
「いくらなんでも銀行はそんなに危ない橋は渡らないだろう」とお考えかもしれません。ですが、残高10万ドル以上とか、25万ドル以上とかの大口の預金口座は金利に敏感で、もっと高い金利が取れると思えばまたたく間に移動してしまいます。
それをつなぎとめておくために、とくに大口預金の多い大手銀行は危ない橋を渡っているのではないでしょうか。
中小銀行は個別の銀行が危ないケースはあっても、全体としてはそれほど投機的な投資をしていないと思いますが、大手銀行やMMFに預金を吸い取られてしまうために全体として預金残高の目減りが大きく、あまり貸出しを増やせない環境にあるはずです。
弊害は地味な事業分野の資金調達難に現れる
その弊害がどこに現われるかというと、まず中小零細企業が乱立する地場産業への細々とした中小銀行からの資金供給がますますやせ細ることです。
このブログでも何回かご紹介しましたが、1947年にロビイング規制法という名の贈収賄奨励法が制定されてからのアメリカ経済は、いびつな発展を続けてきました。
この法律が制定された時点ですでに3~7社ぐらいの全国的な寡占企業が成立していた業界は、ワイロの力で有力企業に有利な法律や制度をつくらせて繁栄を続けます。また、まだ存在しなかった分野を開拓した新興企業も、その分野を独占状態で維持できます。
ところが、その時点ですでに産業としては成立していたけれども寡占状態を確立していなかった産業は十分なロビイング投資ができないので、中小零細企業乱立のまま取り残されることになります。
不動産や建設がそうした産業の典型でして、アメリカには開発・賃貸・分譲を手がける総合不動産企業も、土木・建築なんでもござれのゼネコンという業態も、もののみごとに存在しません。
こういう巨額資金を大きな利幅で運用できないような業界にどこが融資するかというと、中小銀行なのです。
ご覧のとおり、「最大の原材料は借金」と呼ばれる商業用不動産開発事業などは、中小銀行からの融資がなければにっちもさっちも行かない状態なのです。その他不動産も55%と過半数を中小銀行が占め、居住用不動産でも11年間でシェアが22%から38%に上がりました。
このまま大手銀行の冒険的な方針のしわ寄せで中小銀行の融資能力がどんどんやせ細ったら不動産業界全体に危機が訪れます。
「インターネットの普及で、仕事は在宅勤務でOK、買いものもeコマースで十分という世の中になったから、不動産という業界自体も不要になる」といったご意見もあるようですが、まあそこまで実情を無視した議論にお付き合いする必要もないでしょう。
もちろん、被害は不動産業界にとどまるわけではありません。米国独立企業連盟という産業横断的な中小企業の連合体が中小企業楽観度指数というデータを公表しています。下のグラフと表の組み合わせに出ていますが、状況はかなり悲観的です。
ご注目いただきたいのは、楽観度指数の基準点となる100が1986年の実績として設定されていることです。当時、アメリカ経済は日本経済の追い上げにあって四苦八苦していて、景況感はかなり渋かった時期です。
中小企業の楽観度は、その1986年実績である100に対して90台とか80台後半にとどまっていることが多いのです。
中でも「アメリカ経済全体が良くなるか、悪くなるか」という質問に対しては、楽観派マイナス悲観派がマイナス47パーセンテージポイントで、しかもこの極端な数字が前月から2ヵ月連続しているのです。
命綱の資金供給が今後さらに悪化する
さらに見落とせないのは、「融資が受けやすいか、受けにくいか」という質問への答えが徐々に悪化していることです。これは非常に重要な項目なので、個別に過去の推移をふり返っておきましょう。
一見したところ、融資の受けやすさは国際金融危機の頃ほど悪くはなさそうです。しかし、融資の受けやすさは、典型的な遅行指標です。つまり、経済全般の動きより遅く変化する指標なのです。
現に、ハイテクバブル崩壊時に最大の下げ幅を記録したのはもう完全に崩壊し尽くしていた2002年12月でしたし、国際金融危機の時にも最大の下げは経済全体としては回復に入っていた2010年になってからでした。
ひるがえって、今回はまだ危機に入ったことが共通認識になっていない今年の3月に、2002年12月以来20年3ヵ月ぶりの大幅な下げになっているのです。
この先融資融資の受けやすさがどう変動しそうかを、さらに長い射程で見てみましょう。
まず日本経済の追い上げに苦しんでいた1980年代末の地味な不況は、おそらく日本のバブル崩壊に助けられて、1990~91年にマイナス12パーセンテージポイントで底打ちしました。
それに比べて、2000~02年のハイテクバブル崩壊にあまり悲惨な印象がないのは、1999年には中小企業のローン受けやすさが、珍しくプラス1パーセンテージポイントに上がっていたことも手伝って、最悪期でもマイナス8パーセンテージポイントにとどまったからでしょう。
一方、国際金融危機前後は、たんに大底がマイナス16パーセンテージポイントと低かっただけではなく、ハイテクバブル期の底を上回るにも底入れ後4年を要した深刻な不況でした。
今回は、出だしからマイナス9パーセンテージポイントということもあり、今後ますます悪化すると予想されるだけに、中小企業にとっては国際金融危機を上回る苦境となることは確実という悪い予感があります。
それにしても、アメリカの中小企業経営者たちが終始一貫して強気を貫いていることには敬服します。世の中全体が大手企業に有利、中小企業に不利にできているのに「今は事業拡大のチャンスか」という質問にはほぼ一貫してイエスと答えています。
しかし、直近のプラス幅は1980年6月にプラス1パーセンテージポイントを記録して以降最悪の、たった2パーセンテージポイントでした。
どこに最大のしわ寄せが来るか?
中小銀行の融資能力が縮小したとき、最大の被害をこうむるのは不動産や建設のような中小零細企業乱立の地場産業とともに、雇用です。
大手・中堅銀行はあまり中小零細企業に融資をしません。とくに比較的農村などの多い地方に本拠を置く企業に対する融資はめったにしないのですが、じつは雇用の確保という点では人口密度の低い地方になるほど雇用全体に占める中小企業のシェアが多くなるのです。
アメリカ全土では従業員500名以上の大手が50%、50名以上500名未満の中堅が21%、中小企業が29%という雇用シェアになっています。
しかし、都市圏外の郡では大手は35%に下がるのに対して、中小企業が42%、中堅企業が23%というシェアに変わります。
中小銀行から地方の中小零細企業への融資が細っていくと、地方の労働市場は深刻な打撃を受けるでしょう。
アメリカ経済については、いまだに「労働市場が堅調だから、景気は底堅い」とおっしゃる方が多いようです。しかし、失業率や新規採用者数もまた融資の受けやすさと並んで典型的な遅行指標なのです。
そして、スタートアップの中で1000社に1社とか1万社に1社とか大化けする銘柄が派手な話題になったとしても、ほんとうに地域で日常生活を支える企業が資金難で次々に破綻していく底冷えのきびしい季節に入ったようです。
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年4月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。