本当の「異次元の少子化対策」はこれだ

島澤 諭

BrianAJackson/iStock

政府が3月31日に発表した「異次元の少子化対策」のたたき台では、(1)経済的支援の強化、(2)保育サービスの拡充、(3)働き方改革の推進を3本柱とし、児童手当の所得制限の撤廃など2024年度から3年間を「集中取組期間」と位置付け、「加速化プラン」を明記した。

その中身を見ると、児童手当の拡充をはじめとする経済的支援の強化や、子ども・子育て世帯向けサービスの拡充などが柱となっている。しかし、いずれもこれまで行われてきた施策の拡充か、検討の俎上にあった施策ばかりで、残念ながら、「異次元」のものはおろか「目新しい」施策すらない。

今まで一向に効果を上げていない従来の延長線の少子化対策の施策で、どうして出生数が増えるのか根拠が全く示されていない。しかも、こうした政策を実現するのに必要な詳細な制度設計も予算規模も先送りされ明示されていない。

もし岸田文雄総理の発言通り、「2030年代に入るまでのこれから6年から7年が、少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンス」だとしたら、「異次元の少子化対策」の失敗は、ねずみ講的な社会保障制度の肥大化が止まらない日本の敗戦を意味することになると思うが、この「異次元の少子化対策」のたたき台を見る限り、嘆息を禁じ得ない。

「子育て支援」と「出生対策」

「異次元の少子化対策」のメニューに限らずこれまでの少子化対策を見ると、児童手当や保育サービスの充実、給食費や教育無償化、学童保育支援等はすでに生まれている子どもの子育てを支援する政策であり、出生増に直接働きかけを行う出生対策は不妊治療の支援等驚くほど少ない。

こうした点で、「異次元の少子化対策」は子育て支援でしかなく出生増には望み薄と言わざるを得ない。

少子化対策にだけ安定財源が必要になる不思議

筆者がさらに違和感を覚えるのは「異次元の少子化対策」の報道には決まって「安定財源」をいかにして確保するかが必ずセットでなされるのだが、よく考えてみれば、なぜ、防衛費や少子化対策だけ国債以外の安定財源の議論が必要になるのだろうか。

そもそも既存の社会保障給付は「赤字」垂れ流しのままであるにもかかわらず、一刻も早い安定財源の確保という話は出てこない。少子化対策にだけ安定財源を要求するのではなく、歳出全体の見直し、特に既存の給付も含めた社会保障制度全体で給付と負担を見直すべきではないだろうか。

女性は「産む機械」ではない

国民の多くが少子化の進行に危機感を感じているいま、少子化を反転させるのは政府に課せられた絶対的な使命の一つであるが、注意しなければならないこともある。

つまり、少子化を反転させるには、一人の女性に、なるべく若い年齢から、なるべく多くの子を生んでもらう必要がある。しかし、これは一歩間違えば女性を「産む機械」とみなしてしまう危険性を孕んでいる。

もし国難ともいえる少子化を止めるのに、「産めよ、増やせよ」が必要だからといって、女性の人権を軽視した乱暴な政策を行ってもよい理由には絶対にならない。

だとすれば、女性の人権を蹂躙せず、子どもを増やすには、子どもを必要と考えていない人たちに子を持つことを強制するのではなく、金銭的な理由などで希望する子どもの数を断念している人たちが希望する数の子どもを持てるよう「異次元の出生対策」を講じればよいということになる。

小黒法政大教授の「異次元の少子化対策」

こうしたなか、小黒一正法政大学教授は、出生増につながる文字通り「異次元の少子化対策」を提案している。

小黒教授の提案はこうだ。

有配偶出生数を現状の2から3への引き上げを政策ターゲットに位置付け、第3子以降の出産を強力に支援するため、第3子以降の出産育児一時金を子ども一人当たり1千万円に引き上げるというのだ。

しかも、この施策のポイントは、第3子以降1千万円という異次元な政策であっても、もし仮にその政策効果が無く、出生数がほとんど増えなかった場合には、追加的な予算はほとんどかからない。第3子以降が10万人しか増えなければ、1兆円の財源しかかからない。しかも、数年間実行してみても効果がなかったら、止めればよいとのことだ。

つまり、既に子どもを2人育てている世帯は、基本的には子どもが嫌いなわけではなく、ただし3人目となると金銭面(子育てには体力も必要だがそれはあるとして)でのハードルの高さが障害になる世帯も多い。だから第3子以上には1千万円支給ということなのだろう。

第3子以上の出生動向

では、第3子以上の出生動向はどのようになっているのだろうか。厚生労働省「人口動態統計」によれば、第3子以上の出生数も出生数全体に占める割合も総じてみれば低下を続けている。足元では14.4万人、全体の17.2%を占めるに過ぎない。

図 出生順位別出生数の寄与度分解
(出所)厚生労働省「人口動態」により筆者作成

子育てにかかる費用

子ども一人を大学卒業まで育て上げるとすると養育費と教育費を含めていくら費用がかかるのだろうか。

ここではやや古いアンケート調査ながらAIU保険会社「現代子育て経済考」(2005年)によれば、幼稚園から高校卒業まですべて公立で大学も国立だとすれば約3千万円とのことだ(幼稚園から大学まで私立で医歯学部だと6千万円超とのこと)。ほかの類似の調査を見ても大体3千万円となっているので、子ども一人にかかる子育て費用は3千万円とみて間違いないだろう。つまり、例えば、子どもを3人を育てようと思えば、9千万円かかることになる。

労働政策研究・研修機構『ユースフル労働統計2022』によれば、60歳経過時点で定年を支給事由とする退職金を得て、その後、平均的な引退年齢まで非正社員で働き続けた場合の男性の生涯賃金は、 中学卒で2億4千万円、高校卒で2億5千万円、高専・短大卒で2億6千万円、大学・大学院卒では3億3千万円となっているので、税や社会保険料のほか、子育て費用で9千万円負担できる層は、1千万円の給付を受けたとしても、ほとんどいないのではないか。

小黒教授とはこれまでも共同研究を多くこなすなど、意見が一致することが多かったが、本提案では珍しく筆者の意見は異なる。

理由としては、先に述べたような子育て費用と生涯賃金の関係の他、第3子以上の子を増やすには、そもそも未婚率、無子率の上昇や出産開始年齢の高齢化もあり、かなり困難だと考えるからだ。

第1子に1千万円支給すべき

ただし、現在の「異次元の少子化対策」には、出生対策が見当たらないという点では小黒教授とは見解は一致しているし、金銭面から子どもを持てない層に出産を促すには「出産育児一時金」が効果的だという点でも見解は一致している。

異なるのは、小黒教授は恐らく財源の問題を考慮して「第3子以上」としているところ、筆者は第1子の出生に1千万円を支給すればよいと考えている点だ。

なぜ、第1子への1千万円支給かといえば、まず、先の寄与度分解のグラフからも明らかなように、少子化は第1子の減少で進んでいることにある。そして、第1子に1千万円支給すれば、最初の1人の子どもの子育て費用3千万円中の1千万円が解消されることになるので金銭的に困っている世帯でも第1子を持てるようになるからだ。

さらに、元々金銭制約で第1子、第2子までしか考えてなかった人たちも、ドミノ倒しで第2子以降を持てるようになるだろう。そして子どもを一人でも育てる世帯を増やすメリットは子育て中の世帯を増やすことで子育てへの社会の理解を広げられることにもある。

現在、子育て中の世帯(児童のいる世帯)は全体の20.7%であるのに対し、65歳以上の高齢者がいる世帯は全体の49.7%となっている。これでは「香川県まんのう町の交流施設『ことなみ未来館』」の例を見るまでもなく、高齢者の難癖ともいえる「苦情」が子育て中の世帯を追い込むにことになるのは火を見るよりも明らかだ。

問題は、第1子への1千万円給付は財政的な負担が大きいことにあり、100万人では10兆円の財源が必要になる。

財源は、高齢者自己負担の原則3割への引き上げなど高齢者向け社会保障給付の効率化や、保育所の整備が進み待機児童もほぼ解消されつつあることなど子育て対策の見直しを含め、既存施策の歳出削減などで賄うのが適切だ。さらには200兆円にも及ぶ年金積立金やその運用益の活用も考慮すべきだろう。

いずれにせよ、岸田総理が「異次元の少子化対策」を掲げるのであれば、出生増に政策資源を思い切って割り当てる必要があるだろう。