86歳のバイデン vs トランプ刑事被告人
熱狂的な支持者の前で出馬宣言をしたドナルド・トランプ前大統領とは異なり、ジョセフ・バイデン大統領は事前収録した動画をSNSに掲載することで静かに再選活動の始まりを告げた。
Every generation has a moment where they have had to stand up for democracy. To stand up for their fundamental freedoms. I believe this is ours.
That’s why I’m running for reelection as President of the United States. Join us. Let’s finish the job. https://t.co/V9Mzpw8Sqy pic.twitter.com/Y4NXR6B8ly
— Joe Biden (@JoeBiden) April 25, 2023
大多数の米国人はこの二人のリターンマッチを望んでいない。NBCニュースによると、米国人の6割以上がバイデンとトランプの2024年大統領選への出馬を望んでいない。両者が全米規模で不人気なのにはわけがある。
トランプについては、多くの米国人は彼の在任中の過激な発言、カオスな意思決定スタイルに嫌気が差している。また、来年の予備選真っ最中に自身の口止め料支払い疑惑をめぐる裁判がスタートし、ジョージア州での選挙介入、また議会襲撃事件に関連する起訴も重なれば、一般有権者から見ると大きなマイナス要因だ。実際、クイニピアックの世論調査によると、57%の米国人が刑事被告人となったトランプは大統領選に出馬する資格を無くすべきだと答えている。
このように、2024年大統領選において共和党だけではなく、自身にとっての重荷ともなっているトランプだが、対抗馬としての最有力のバイデンも支持基盤が盤石ではない。バイデンはそもそも党内主流派と左派の妥協によって生まれた大統領であったため、左派から寵愛を受けているバー二―・サンダースと違い、民主党支持者からの熱狂に欠ける。さらに、バイデンは2期目の任期満了時に86歳ということもある。それゆえ、バイデン不出馬を論ずる識者の間では健康面の不安が最大の懸念材料として挙げられる。
だが、構造的要因があるゆえに、トランプとバイデンは様々なマイナス要因を抱えていながらも、所属政党における最有力の大統領候補として目されている。現時点でトランプは共和党の中で岩盤支持層からの強固な支持があり、党全体で見ても相対的に支持率が高く、刑事告発されて以降その数字は上昇傾向にある。一方、トランプ再選を何よりも恐れている民主党はバイデンの下に結集している。2020年民主党予備選でバイデンと最終的には一騎打ちになったサンダースも先日バイデン推薦を表明している。
政治の分極化が極まった現代米国において、有権者の投票行動を決定するのは、特定候補者に対する愛着心よりも、競合政党への敵対心である。この現象は「否定的党派性」とも言われるが、共和党はリベラル派に対する反発、民主党支持者の場合はトランプが当選する恐れから、支持政党の候補者に投票せざるを得ない状況に追い込まれている。そのため、トランプとバイデンは候補者にさえなれば、いくら予備選の段階でいざこざがあっても本選では党内反対派からの支持を獲得することがほぼ確実である。
石灰化する米国政治
バイデンは自分がトランプ打倒請負人であるという自負があり、それゆえ再選を決意したのであろう。出馬表明の動画で、トランプ支持者の言い換えであるMAGA共和党員から民主主義を守ることを強調していた。バイデンは2020年と同様に自身が「トランプではない」ことを最大のアピールポイントとして選挙戦を戦うつもりである。だが、バイデンにとってその戦法で戦うだけでは不十分である。実際のところ、その戦い方で2020年の大統領選では危うくトランプに負ける可能性もあった。
2020年大統領選は総得票でみれば、バイデンがトランプを約700万票上回っていたものの、勝敗を決した接戦州の合計票数では両者は4万票程しか変わらなかった。4万というのは全体の約1億5000万票の中で見れば誤差の範囲である。もしも、トランプが自身に不利になるという固定観念を捨てて支持者への郵政投票を推奨していれば、その票差を簡単に覆せたと思えなくもない。
そして、「否定的党派性」とは別に現代米国政治を定義づける新たな現象の出現で、2024年大統領選が接戦という意味で、2020年の繰り返しとなる可能性も出てきている。20世紀中の大統領選であれば、共和党や民主党のいずれかの候補が雪崩を打って大勝する選挙はそこまで珍しくなかった。例えば、20世紀中に行われた25回の大統領選うち12回の選挙で一人の候補者が8割以上の選挙人を獲得している。総得票数で見ても、1964年にはジョンソンが、1972年にはニクソンが対抗馬を20ポイント以上引き離して勝利した。
しかし、21世紀に入ってから、民主党と共和党は大統領選において「拮抗」している。2020年のみならず、2016年は実質8万票の差でトランプが辛勝し、2000年に至っては537票の僅差でブッシュが勝った。ここまで大統領選が競る要因の一つは、共和党と民主党の支持率が「拮抗」しているからだ。全米国勢選挙調査によれば、2020年の共和党と民主党の支持率の割合は、この40年間で最小の4%差まで縮まっている。
もう一つの要因は、「石灰化」という現象だ。米国政治学者の調査によると、直近の大統領選における各有権者の投票行動にあまり変化が見られず、その投票先が「石灰化」し始めていることが分かった。つまり、民主党と共和党の違いがあまりにも極端になり、互いの政党に対する憎悪が強まることで、有権者が支持政党を選挙ごとに変更する機会が少なくなってきているのだ。それゆえ、2016年に共和党又は民主党に投票した人は、2020年だけではなく、2024年も同党に投票するサイクルが出来上がっている。
トランプ再選は夢物語に非ず
2024年に投票する米国有権者が過去二回の大統領選の時のような投票行動を継続させた場合、今後の経済状況、更なる激化が予測されるウクライナ情勢次第で、トランプ再選が可能になるだけの若干の票の揺れ動きが起こる可能性も否定できない。
しかし、繰り返しにはなるが、トランプの最大の敵はトランプ自身だ。渡瀬裕也氏が指摘しているように、2020年大統領選の結果を否定するトランプの持論が無党派層や穏健的な共和党員を遠ざけている。そして、このあまりにも不人気なスタンスに変更を加えない限り、大統領選の結果を決定づける接戦州で勝利することはできない。
それを理解してか、トランプは人口妊娠中絶や社会保障の問題では、従来の共和党候補者よりも左派的なスタンスを取っており、穏健派獲得に向けて戦略的な選挙活動を行っている。だが、トランプに自制心が欠如していることは、これまでの言動から自明である。よって、2020年大統領選が不正であったという陰謀論をどれだけ隠せるかが、トランプ再選を左右する試金石となるはずだ。