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ダイソン(ダイソン株式会社)がパナソニック( パナソニック株式会社)を訴えた裁判は、 ダイソン側の敗訴となった。
パナソニック広告の差し止め認めず ダイソンの請求棄却
パナソニックの広告、ダイソン側の差し止め請求認めず 東京地裁 - 日本経済新聞
パナソニックのヘアドライヤーの広告表示が不正競争防止法違反にあたるとして、ダイソンが広告差し止めなどを求めた訴訟の判決で、東京地裁(杉浦正樹裁判長)は27日、ダイソン側の請求を棄却した。ダイソンが問題としたのは、パナソニックが2021年に発売したヘアドライヤー「EH-NA0G」の広告。除菌などの効果があるとされる微粒子...
奇妙な訴訟だった。ダイソンの特許が侵害されたわけではない。 デザイン(意匠)が模倣された(パクられた)わけでもない。 パナソニックのドライヤーの広告が、「消費者」に誤解を与える― ―「盛りすぎ」なのでやめなさい――という訴えだった。
「 誤解する」とされた消費者たちは、 記事のコメント欄で以下のような投稿をしている。
そんなにパナソニックのドライヤーが脅威なのか?
たしかに脅威だろう。「きれいなお姉さん+ナノイー」 の優美さに対し、ダイソンの「何千万も放出するマイナスイオン」 というコピーは、武骨すぎて分が悪い。
しかし「風量」 なら勝ち目がある。パナソニックの1.5m³(立法メートル)/ 分に対し、ダイソンは2.4m³(立法メートル)/分。 差は歴然だ。「ダメージヘアに潤いを与える」のではなく「 速乾でヘアダメージを減らす」方向に誘導したい。
ダイソン・パナソニックプレスリリースより 左:ダイソン 右:パナソニック
だが、今回の訴訟はそれだけではない。創業者ジェームズ・ ダイソン氏の「性分」が、大きく影響しているように思う。 過剰広告が嫌い、グリーンウォッシュ(※)が大嫌い、すなわち
「欺瞞(ぎまん)が許せない」
という性分だ。以下詳しく見ていく。
※企業がイメージ向上目的で環境配慮しているように装うこと
パナソニック以上の大物訴訟
「過剰な広告」「誤った基準・規制」
これらを是正するため――もちろん自社も利益を享受するため―― 訴訟するのは、ダイソンにとって珍しいことではない。
パナソニック以上の大物を相手取ったこともある。EU( 欧州委員会)だ。欧州委員会が採用した「省エネ性能」表示が、 消費者に誤解を与えている、と訴えたのである。
EUでは、省エネ性能により掃除機を、A(最も高い)からG( 最も低い)にグレード分けし、製品にグレードを記した「 省エネラベル」を貼っている。ダイソンが問題視したのは、 表示された省エネ性能と、 実際の省エネ性能が大きく異なることだ。原因は、 省エネ性能のテスト方法にある。
「空の容器かつ未使用の製品でテストする」
これがルールだ。家庭とは使用環境がまったく異なるため、 省エネ性能は高く出る。だが、これは自動車でいう「 カタログ燃費」のようなもの。実験室では省エネでも、 家庭ではエネルギー浪費が激しい。
このようなテスト方式が採用されたのは、 競合他社がロビー活動を行ったからだ。グレード分け実施以降、 急にAグレードを謳う掃除機が出回るようになった。ダイソンが、 他社製品を調査したところ、グレードAの製品でも、 掃除するうちにグレードGレベルまで低下する機種があったという 。消費者が「省エネラベル」を目安に購入すると、 期待を裏切られる可能性が高い。
一方、ダイソンでは、自社製品を、様々な塵(チリ) やホコリを使い、極力家庭での使用に近い環境でテストしている。 正しいが、他社に比べ不利な方法だ。
消費者の誤解を招く。自社の競争力が低下する。 これらの理由から、ダイソンは訴訟に踏み切った。 5年にわたる闘争の結果、訴えは認められ、2021年以降、 掃除機に「省エネラベル」は貼られていない。
ダイソンプレスリリースより
ディーゼルの欺瞞
訴訟だけではない。事業進出にも「欺瞞が許せない」 性分が影響する。EV(電気自動車)がそうだ。
ダイソン氏は、父を肺と喉のがんで亡くしている。そのせいで、 幼いころからディーゼル車が排出する黒い煙に、恐怖心・ 嫌悪感があるという。だが、 ディーゼルによる大気汚染は一向に減らない。 2000年頃には自動車メーカーが「 ガソリンエンジンよりディーゼルエンジンの排ガスの方がクリーン 」とまで主張しはじめた。ディーゼル車は、 二酸化炭素の排出量こそ少ないが、 より危険な窒素酸化物や微量金属は多い。そこに欺瞞を感じた。
ダイソンには、モーターとバッテリーという強みがある。 空気清浄機やヒーターに関するノウハウもある。 これらを活用すれば、欺瞞だらけの「クリーンディーゼル」 を駆逐するEVをつくれるのではないか。 そう気づいたダイソン氏は、2014年からチームを編成する。
ダイソンプレスリリースより
充電一回の走行距離目標は「960キロ」に決めた。 通勤使用の人でも、 年に一度はこの程度の距離のドライブをするというデータがあった からだ。
バッテリーが最大の問題だった。 電気自動車の消費電力の三分の一はヒーターとクーラーが占める。 空調は、ダイソンの省エネ知識を最大限活用する。充電池も、 ダイソンが提供できる最高のもの……いやそれでは足りない。 次世代EV電池「全固体電池」開発を進める米ベンチャー企業「 サクティ3」を100億円で買収する。
結果、完成したのが、静止から時速97キロ(60マイル) に達するのに4.6秒(トヨタ プリウスは6.7秒※1)、最高速度200キロ(125マイル) 、7人乗りのEV「N526」だ。
「素晴らしい出来だった」
とダイソン氏は述べる。だが、2019年10月、 EV市場への参入断念を発表。理由は2つあった。
1つめは、コスト増だ。生産台数が少ないうえ、部品は特注だ。 まして、ダイソンは「新参者」、部材は高額となる。 製造コストを反映した販売価格は、約2490万円( 15万ポンド)にまで膨れ上がった。とても「売れる」 とは思えない価格だ。
2つめは、「ディーゼルゲート」により、 EVの競争が激化したことだ。ディーゼルゲートとは、 2015年9月に発覚した、ドイツ・ フォルクスワーゲン社の排ガス量偽装だ。クルマに、 排ガス検査を察知するソフトウェアを仕込み、 検査中だけクリーンなガスを排出させる。検査時以外( 通常の走行時)は、馬力確保を優先するため、 有害物質を含むガスが排出される。ダイソン氏が嫌う「欺瞞」 そのものだ。
だが、この「欺瞞」発覚がきっかけで、 欧州車メーカーはEV化推進に舵を切った。彼らは、 通常車とEVをミックスで販売することにより、 排ガス規制を達成しつつ収益を獲得できる。 大量生産により価格を抑えることもできる。価格競争に陥ると、 ダイソンの「N526」の勝機は極めて薄い。
「欺瞞が許せない」ことが理由で参入したダイソンのEV事業は、 「欺瞞」是正により撤退せざるを得なくなるという、 皮肉な結果に終わった。
ダイソンプレスリリースより
今回の訴訟は「藪蛇」
ダイソンは、プレスリリースにて以下のように述べている。
「ダイソンは、 各国及び地域において同業他社の広告表示や産業界の基準が『 消費者』の利益を損なうと判断した場合には、それらの表示・ 基準に異議を申し立ててきました」(ダイソン プレスリリース)
これまで、ダイソンはこの通りに行動してきた。
今回の訴訟においても、パナソニックに対し金銭請求は行わない、 としている。「信念通り」といったところだろう。しかし、 証拠として提出した第三者機関による試験結果は、 実験方法が不適切・結果に疑義がある、として退けられた。 このことは、
「ダイソンの広告表示は適切に試験されているのか」
という疑念を抱かせる。また、冒頭の報道のコメント欄には、
「他社の広告に意見する暇があるなら、 自社製品に時間を割くべき」
という、厳しい意見も見受けられる。 信用度低下とイメージの悪化。今回の訴訟は、ダイソンにとって「 藪蛇(やぶへび)」となってしまったようだ。
男性からも高い評価
ダイソンのドライヤーは、メディア・雑誌などから高く評価され、 数多くの受賞をしている。意外なことに、 その三分の一を占めるのは、「Fineメンズ美容大賞」、「 VOCEメンズコスメアワード」、「メンズノンノ美容大賞」 など、男性誌(メディア)だ。男性の美容意識が高まっている。 美容家電の市場ははまだまだ広がるだろう。
競合を諌(いさ)めるまえに、 その力を自社製品の強化に使ってはどうか。 その方が消費者のためになるはずだ。
ダイソンプレスリリースより
【参考】
「逆風野郎!-ダイソン成功物語」ジェームズ・ダイソン/著 日経BP社
「インベンション」ジェームズ・ダイソン/著 日経BP
【注釈】
※1 プリウスPHV(0-100km加速)
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