郵便受けに入れるのは「日本郵便」だけ。ということになるらしい。
ヤマト運輸が、メール便等の配達を日本郵便に移管する。
ヤマト、メール便配達を日本郵便に移管 ネコポスも
ヤマト、メール便配達を日本郵便に移管 ネコポスも - 日本経済新聞
日本郵政とヤマトホールディングス(HD)は19日、ヤマト運輸がメール便などの配達を日本郵便に全量委託すると発表した。物流業界で深刻化する人手不足に対応。ヤマトは非中核事業を切り離し、日本郵便は積載効率を上げる。ヤマトは「クロネコDM便」の名称で展開するメール便サービスを24年1月末でやめる。代わりに日本郵便の「ゆうメー...
対象となるのは、同社メール便「クロネコDM便」と、フリマアプリで多用される「ネコポス」。配送を日本郵便に委託し、ヤマトは集荷業務のみを行う。
背景にあるのは、ドライバー不足(2024年問題)と、両社の取扱荷物の構成変化だ。
ここ5年間で、ヤマトの宅配便は、18億個から23億個へと「約3割」急増している。
キャパオーバーも目立つ。2019年には、外部配達員(クロネコメイト)に委託したクロネコDM便の未配達が22,956個、2021年には7,760個あったことが判明している。こうしたことを踏まえ、ヤマトは、2年前から一部地域のクロネコDM便の配達を、日本郵政に委託していた。今回の全量移管により、同社主力の2tトラックを活用した中核事業「宅急便」に専念できる。これがヤマトにとってのメリットだ。
一方、日本郵便は、余力を有効活用できることがメリットとなる。日本郵政の増田寛也社長は、会見で以下のように述べた。
「荷物の量が2020年をピークに減った」
2020年と比べ、郵便は164億通から144億通へ、メール便(ゆうメール)は36億個から31億個へと、どちらも「1割以上」減少している。日本郵便の持つ8万2000台の二輪と3万台の軽四輪が、有効活用できていない。これをクロネコDM便に活かし、「きめ細かく配ることが可能になる」という。
日本郵便の投函精度の高さや安定性を、ヤマトホールディングスの長尾裕社長は、以下のように評する。
「当社が一生懸命まねしても、なかなかたどり着けない領域」
はて。ヤマトはこんな“丸い会社”だっただろうか?
戦うクロネコ
いや違う。ヤマトは「戦う会社」だったはず。取引先、運輸省、そして郵政省。ケンカ相手を選ばない。正しいと思うことをする。それが、ヤマト運輸の元経営者であり、「宅急便」の生みの親でもある小倉昌男氏だった。
1979年、小倉氏は、主要取引先である三越の配送業務からの撤退を決める。三越新社長のヤマトに対する扱いが、あまりにも理不尽だったからだ。
配送料金が引き下げられる。三越流通センター内の駐車料金、事務所使用料が徴収される。遊休状態の三越配送センターとの賃貸借契約を強要される。新社長がプロデュースしたという「映画」の前売券を押し売りされる。
結果、ヤマトの対三越収支は、年間1億円以上の赤字に落ち込んだ。一方、三越の経常利益は100億円を突破する。
倫理感の欠落が許せない。パートナーとして一緒に仕事するのはまっぴらだ。あんな経営者には絶対なるまい。小倉氏は、50年以上取引がある三越との決別を決めた。
以降、ヤマトは新事業「宅急便」に傾倒していく。だが、この事業でも戦いが待っていた。
運輸省との戦い
宅配便事業には二つの省庁が関わっている。運輸省(現国土交通省)と郵政省(現総務省)だ。
最初に戦ったのは運輸省だった。
路線免許の延長申請を5年も棚上げする。新サービス(宅急便Pサイズ)の料金申請の審議を1年経っても行わない。そんな運輸省に、小倉氏は「正攻法」で対抗する。
路線免許については、運輸大臣を相手取り行政訴訟を起こした。運輸省は、申請を放置していた理由が説明できないため、公聴会を開き、その後ヤマトに免許を付与している。
新料金認可については、世論に訴えた。2回にわたり新聞広告を掲載したのだ。1回目は、「X月X日から『宅急便Pサイズ』の提供を始めます」という宣言。2回目は「運輸省が認可しないので、提供を延期します」という理由説明である。
この広告に運輸次官は激怒したという。だが、小倉氏は
「(運輸省に)楯突いた気持ちはない。(中略)あえて言うならば、運輸省がヤマト運輸のやることに楯突いたのである」
(「小倉昌男経営学」 小倉昌男/著 日経BP出版センター)
と意に介さない。広告掲載から約2か月後、ヤマトの新料金は認可された。
そもそも宅急便Pサイズは、学生からの「試験前のノートの貸し借りに宅急便を利用している。もう少し安くできないか」という声に応えたもの。既存の「Sサイズ」より200円安く(1983年当時)使い勝手が良いものだった。小倉氏は著書で「役人は国民の利便を増進するため仕事をするものではないか」と述べる。
郵政省との戦い
ヤマトは、郵政省とも、激しく戦ってきた。いまだ決着がついていないものもある。主な論点は「信書」の扱いだ。
信書とは、「特定の受取人に対し、差出人の意思を表示し、又は事実を通知する文書」(総務省ウェブサイトより)である。平たく言えば、受取人が明記された「手紙」の類を指す。定義があいまいで、判断が難しい。実質、総務省の胸三寸というところもある。現在、日本郵便以外に信書(一般信書)を扱える事業者はいない。
添え状(送付表・送付状)、クレジットカード、地域振興券、これらすべてが「信書」にあたる。郵政省は、そう主張しヤマトに圧力をかけてきた。その手法はかなり狡猾だ。たとえば、ヤマトが1993年に開始した、郵便局の簡易書留よりも安価なクレジットカード送付サービス「セキュリティ・パッケージ」に対する圧力である。
郵政省は、この「セキュリティ・パッケージ」に対し、「クレジットカードは信書にあたる」と警告。ヤマトが裁判で争う姿勢を見せると、郵政省はヤマトより安価な「配達記録サービス」の提供を開始する。価格競争力に劣るヤマトは、裁判で争うことなく、クレジットカード送付サービスから撤退せざるを得なかった。
現在は、総務省のウェブサイトで、「商品券」や「クレジットカード」は信書に該当しない旨が明記され、添え状は「許容」されている(貨物に添付する無封のものに限る)。しかし、「信書とはなにか」についての本質的な議論はいまだ行われていない。
クロネコメール便は、信書問題が原因で廃止に追い込まれた。これに代わる法人限定のクロネコDM便が、日本郵便に移管されるとなれば、議論がうやむやになることが懸念される。
政治家に頼らない理由
小倉氏は、政治家に頼らない人物であった。政治家の「先生」に頼むと、反対派も別の政治家「先生」に頼むため、先生同士の顔を立てた妥協案で決着しかねないからだ。氏は著書にて以下のように述べている。
「中途半端な解決などしたら、百年の悔いを残す」
(「小倉昌男経営学」 小倉昌男/著 日経BP出版センター)
2024年問題を乗り越えた後
今回の移管発表会見では、ヤマト経営陣の「柔らかい」発言が目立つ。
郵政省との過去の確執について問われたヤマト専務 鹿妻明弘氏は
「過去はともかく、そういう時代じゃなくなってきた」
「考え方が少しずつ変わってきた」
と答えている。2024年問題を乗り越えるため、協調するのは当然のことだろう。だが、ヤマトは、岩盤規制を崩してきた最先鋒の企業でもあったはずだ。
ヤマト運輸のウェブサイトには「信書における問題点」と題したページがある。このページがなくなるのは、協調したからではなく、議論が深まり問題が解決したからであってほしいものだ。
【参考】