司法試験は「漢検」ではない

司法試験の論文解答が、手書きからパソコン入力に切り替わる。

司法試験パソコン実施に 令和8年から、論文負担軽減

司法試験パソコン実施に 令和8年から、論文負担軽減
裁判官や検事、弁護士になるための司法試験について、法務省が、令和8年の実施から、紙に解答する現行の形式をパソコンでの受験に切り替えることが26日、同省への取材…

予兆は10年以上前からあった。平成22年の採点実感(※)から、受験者の書いた「字」に、採点者が苦慮している様子がうかがえる。

「美しい文字である必要はないが、少なくとも普通に判読できる文字で記述するよう心掛けるべきである」(平成22年 採点実感)

翌年は要望が記載される。

「書く練習をしてほしい」(平成23年)

その翌年はマナーとして言及。

「丁寧な字で正しい文字を書くことは基本的なマナーである」(平成24年)

やがて説教まじりに。

「判読できない記載には意味がないことを肝に銘ずべきである」(平成27年)

そして令和。

「毎年指摘されていることではあるが、書き殴ったような読みづらい字の答案が散見された。文脈を理解していなければ到底判読不能と思われるものもあり、文字の巧拙というよりも、そもそも他人が読むことを意識していないのではないかと思われる」(令和元年)

以降、現在まで強い口調が続く。どんな字がいけないのか。具体的な指摘も増えてきた。小さい字。乱雑な字。殴り書き。「日本語で書かれていることを疑わざるを得ないほどの『個性的』な字」、とまで。

いや、耳が痛いです。異なる資格ではあるけれど、自分でも読めないほど雑な字で解答論文を書いた身としては。

今月(2023年7月12日)実施される司法試験の受験予定者数は4,165人。9月実施の予備試験受験予定者数は16,704人にのぼる。採点の負担は相当なものだろう。

採点者だけではない。受験者も辛いのである。

解答は「4万字」の大作

司法試験当日、受験者に配られるのは、23行のラインが引かれたA4解答用紙8枚(最大)だ。

1行に30字程度、「1科目」の解答文字数は5,000字超。これが1日「3科目」(最終日のみ2科目)、試験時間は最長で7時間に及ぶ。試験が進むにつれ、疲労がたまり、目・肩・腰が痛くなる。字も相当乱れることだろう。試験最終日に完成するのは、64ページ4万字の「大作」だ。1ページ目と最終ページでは、別人のような筆跡になっているのではなかろうか。

疲労を軽減するため、万年筆を使う人も多いと聞く。試験前の苦労は言うまでもないが、試験当日も苦行なのだ。

他の資格試験への拡大を期待

「〇〇士試験も追随するのでは?」

司法書士、弁理士、中小企業診断士など、他の資格受験者もパソコン導入に期待を寄せる。

共通するのは、やはり字の悩み。特に漢字だ。書けるだろうか?

「じょうと(譲渡)」、「しんとう(浸透)」、「はんよう(汎用)」。

読めるけどちょっと難しい漢字。診断士受験時代の筆者は書けなかった。書いても汚くて――他の人はもちろん自分でさえ――読めなかった。パソコン漬けで、字が思い出せない。手が動かない。書き続けられない。対策に多くの時間を割いた。

論文式試験においては、実力だけではなく、読みやすい字が書けるという「技能」と、数時間書き続けられるという「耐久力」が求められる。だが、我々が、受験するのは「漢字検定」でも、「ペン字検定」でもない。士業試験だ。求められる能力に直接関係せず、実務でもほとんど使わない「技能」の獲得に時間が割かれるのは、とても虚しい。

パソコンを導入し、より実力を発揮しやすくしてほしい。多くの受験者が、そう考えているのではないだろうか。

採点の効率化

論文式試験とは「何を」「どのように」書くかの試験でもある。

論文がパソコンで入力され、テキストファイル化されていれば、「何を」すなわち「重要キーワードが記述されているか」の判定は、システムで対応しやすくなる。採点者は「どのように」すなわち「論点が整理されているか」「因果関係が成立しているか」など人間でなければ難しい採点に注力できる。

採点者にも受験者にも大きなメリットがあるパソコン導入。躊躇する必要はない。ぜひ他の資格にも広げてほしい。

【注釈】

※採点実感:評価基準や採点方針等を伝えるもの。司法試験後に法務省が発行する。