ハンガリーの「ゼロ移民」政策の行方

オーストリアのネハンマー首相の主催でウィーンの連邦首相府でハンガリーのオルバン首相、セルビアのヴチッチ大統領を招き、3カ国の「難民対策首脳会談」が開催された。この種の会談は今回が3回目でオーストリアのホストは初めて。

首脳会談後の共同記者会見(右オルバン首相、中央ネハンマー首相、左ヴチッチ大統領)2023年7月7日、ウィーンで、セルビア大統領府公式サイトから

3首脳会談のテーマは如何に殺到する難民、不法移民を抑え、国境警備を強化するかだ。北アフリカ・中東からバルカン・ルートを通じて欧州に入る不法難民が急増してきている。会談には3国の外相、内相、警察署長も参加した。

会議では、各内相による警察業務の分野における4ページにわたる協力覚書の署名が行われた。合同国境警備タスクフォースの設立、密航業者との戦いにおけるより集中的な協力などが合意された。オーストリアはハンガリーとセルビアの国境に警察官を現在の20人から70人に増員することを表明した。

ネハンマー首相は会合後の共同記者会見で、「EU(欧州連合)の難民・移民対策は壊れており、機能していないことを認識する必要がある。3カ国が協力すれば難民・移民の殺到にブレーキをかけることができる」と強調した。

一方、ブタペストからウィーン入りしたオルバン首相は、「ハンガリーとセルビアがなければオーストリアとEUにはさらに数十万人の移民が増えるだろう」と述べ、「ハンガリーはゼロ移民政策を実行している。ゼロ移民だ」と繰り返し強調し、「不法な移民や難民の申請を認めていない」と豪語した。

傍に立っていたネハンマー首相は「不法移民がハンガリーにいないのは事実だが、彼らの80%はハンガリー経由でオーストリアに入ってきているのだ。その難民申請件数は10万9000件になる。ハンガリーは同期間で45件だ」と指摘し、オルバン政権から収容を拒否された難民・移民がオーストリアに殺到していると語調を強めて主張した(公平を期すために説明すると、ハンガリーからオーストリアに入国した難民・移民の80%以上が隣国の経済大国ドイツを目指して行く。オーストリアに留まる移民・難民の数は少数だ)。

それに対し、オルバン首相は笑みを漏らしながら、「われわれはヨーロッパで唯一(不法)移民のいない国だ」と指摘、EUが推進している移民の「強制分配」政策について改めて批判した。

EUは6月8日の内相理事会で、移民・難民受け入れの負担を分担することで合意した。イタリアやギリシャなど地中海沿岸国は海から渡ってくる難民への対応で他の国々の支援を求めてきた。具体的には、各国が受け入れる移民・難民の人数枠を設けるが、受け入れを拒否する国はその代わりに、受け入れ国に1人当たり約2万ユーロの現金や資材、人材を提供すると定めている。EUの「移民・難民受け入れ枠」について、オルバン首相は当時、「受け入れられない」といち早く拒否した(「地中海で2万人以上の難民が犠牲」2023年6月17日参考)。

オーストリア政府関係者によると、1月から5月までの申請件数は昨年同時期と比べて20.5%減少し、5月はマイナス30%だったが、EU域内の残りの地域での亡命申請件数は30%増加しているという。ネハンマー首相は、「EUが移民政策を完全に改革しないのなら、私たちは自助努力をしなければならない」と述べている。

難民・移民対策ではハンガリーに対する批判が強い。例えば、オルバン首相は国内で拘留中の外国人の不法移民密入国業者を早期釈放して、国外に追放している。この措置は密入国業者への恩赦ではない。外国人の移民密入国業者を刑務所に長期間収容し続けるためには経費がかかるからだ。もう少しシンプルにいえば、経費削減策だ。

ブタペスト発のニュースが届くと、ウィーンとブダペストの間で外交的緊張を引き起こしたほどだ。オーストリアのシャレンベルク外相は5月21日、ハンガリーのシ―ヤールトー外相と会談して、ブダペスト側の意図について話し合っている。

公式情報によると、ハンガリーでは現在、73カ国から約2600人の外国人が刑務所に収監されており、その大半が密入国で有罪判決を受けた犯罪者だ。ハンガリーのメディアによると、セルビア、ルーマニア、ウクライナからの密航者700人が既に釈放された。ただし、釈放から72時間以内にハンガリーを出国しなければ、直ちに再逮捕される(「ハンガリー政府の経費削減の『奇策』」2023年5月24日参考)。

なお、今回のウィーンの首脳会談について、オーストリア野党第一党「社会民主党」(SPO)の安全保障担当広報担当、ラインホルト・アインワルナー氏は、「会談はオルバン氏にとって虚偽を広め、オーストリアを脅迫する舞台となっただけだ」と述べた。一方、極右政党「自由党」(FPO)のキックル党首はハンガリー首相の「ゼロ移民」政策をオーストリアの模範とみなしている。同党首は「ネハンマー首相はオルバン氏と話し合うだけでなく、不法大量移民に対してオルバン氏のように行動すべきだ」と発破をかけている、といった具合だ。

中国の習近平国家主席は新型コロナウイルスのパンデミックに対し、「ゼロコロナ」(Zero-Covid)政策を実施し、感染が終息に向かった時にも「ゼロコロナ」に拘った。その結果、中国の国民経済に大きなダメージを与えたことはまだ記憶に新しい。同じように、オルバン首相は「ゼロ移民」(Zero-Migration)政策を実施し、ブリュッセルの「移民受け入れ枠」を拒否する一方、人身売買業者を刑務所から追い払うなど、「ゼロ移民」政策のために徹底した“ハンガリー・ファースト”を実行している。オルバン首相の「ゼロ移民」政策は共同移民政策を目指すブリュッセルにとって大きな障害となってきている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年7月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。