ライザップ「のれん」なしで300億円稼げるか

関谷 信之

あなたが、アウトレットで洋服を探しているとしよう。

以前から欲しかった定価3万円のコートを、2万円で買うことができた。1万円得したかも! でも、これはあくまで「お得感」。1万円「儲かった」わけじゃない。

経営者であるあなたが、家電量販店でパソコンを探しているとしよう。

定価30万円のノートPCを、20万円で買うことができた。10万円の経費削減。しかし、これも、あくまで「お得感」。儲かったわけじゃない。もちろん「利益」でもない。帳簿には「20万円のパソコンを買って、20万円現金が減った」と記録する。

では、これはどうだろうか。企業買収(M&A)を頻繁に行ってきたある会社の話だ。

価格(純資産の評価額)35億円のA社を、20億円で買うことができた。15億円儲かった! これは「利益」だ。 帳簿に15億円の「利益」として記録する(※1)。

違和感があるのではないだろうか。

「ある会社」とはライザップ(RIZAPグループ株式会社)のことである。

ライザップは、2014年3月期から2019年の間に、このような「利益」を160億円以上計上している。特に、2018年には、営業利益の65%(136億円中88億円)を、このような「利益」が占めるという異常事態となった(M&Aを凍結した2020年3月期以降は未発生)。

この利益は、「のれん」(負ののれん)という特殊な処理だ。M&Aが増えている昨今、報道でこの言葉を目にした方も多いのではないか。

「のれん」(漢字では暖簾)という呼称は飲食店などの店先にかかってる店名が書いてある布に由来する

「ふつう」ののれん

「のれん」とは、買収する企業の「純資産の額(※2)」と、購入額(買収額)との差額である。

通常、売る側(売却企業経営者)により利益が加えられるので、購入額は純資産額より高くなる。結果、「のれん=購入額 - 純資産の額 >0」。のれんがプラス(正)の「正ののれん」となる。よって、先の例のような、

「35億円の会社を20億円で買う(負ののれん15億円)」
という、安く買えるケースは少なく

「35億円の会社を50億円で買う(正ののれん『15億円』)」
という、高く買うケースの方が多い。

この「正ののれん」の『15億円』とは、何に対して払ったお金だろうか? 信用、取引関係、ブランドなど。目に見えない要素に対して支払ったお金。「将来」収益を生む(と思われる)ものに対して支払ったお金だ。帳簿には「資産」として計上される(※)。

※減額(償却・減損)方法は日本基準と国際会計基準(IFRS)により異なる

「負」ののれん

一方、ライザップが計上していたような「負ののれん」は、「正ののれん」とは逆に、純資産より購入額が安かったときに発生する。「のれん=購入額 - 純資産の額<0」。のれんがマイナス(負)となったものが「負ののれん」だ。

負ののれんは、現行のルールではその期の「利益」となる。

よって、冒頭の例の、

価格(純資産の評価額)35億円のA社を、20億円で買うことができた。 帳簿に15億円の『利益』として記録する

は、正しい処理であり、会社を安く買えば買うほど利益が増える、ということになる。だが、この利益はしょせんは「差額」。未実現の利益だ。買収した企業を、同額で「転売」できたわけではない。キャッシュが増えたわけでもない。

日本の会計基準が、国際会計基準(IFRS)に合わせ「負ののれん」を負債から利益に変更したのが2010年。以降、利益獲得目的の計上が少なくない。結果、株主や債権者などステークホルダーが企業を過大評価するリスクが高まっている。

利益は増えるのに、現金が増えないことも問題だ。

2018年3月期、ライザップが計上した「負ののれん」は、合計で約88億円。これが反映され、純利益は107億円を超える。にもかかわらず、営業活動キャッシュフロー(営業活動で得た現金)は88百万円でしかなかった。

その翌年には△94億円の営業赤字を計上。第1四半期の予想利益230億円(黒字)から大きく乖離した要因が「負ののれん」であったことに多くの批判が集まった。

M&Aを凍結している現在、「負ののれん」の計上はなくなり、ライザップの財務諸表の信頼性は高まっている。だが、過去にステークホルダーの期待を大きく損ねたことは、覚えておくべきだろう。

今のライザップ

ライザップの新業態「chocoZAP」が急成長している。

「直営展開」の強みを活かし、店舗数は572店舗に到達。会員数も55万人に急増。2年後には配当再開、3年後には「営業利益」300億円を達成するという。各メディアで賞賛する記事も散見される。

RIZAPグループ株式会社プレスリリースより

だが、財務安全性は「高い」とは言えない。

「高額かつ前払い」だったライザップボディメイクから、「低額かつ毎月払い」のchocoZAPへの急激なシフト。これが、手持ちの現金を減らし、資金繰りを悪化させている。長期借入金・リース負債の返済のため、短期借入金を増加。結果、流動比率(※3)は89%と危険水域(IFRSを考慮すると105%)へ、自己資本比率(※4)は前年度19%から10%(IFRSを考慮すると30%→17%)へと大きく低下した。

これらについてライザップは、

「chocoZAP事業黒字化に伴う純資産の増加」
「chocoZAP営業キャッシュフロー良化による借入金返済」

により、今期以降改善する、としている。

つまり、すべてはchocoZAP次第。ライザップはステークホルダーの期待通りの成果を出せるだろうか。

【注釈】

※1 非支配持分は度外視している
※2 純資産の額:本稿では手持ちの全ての資産の額から負債の額を引いたものとする
※3 流動比率:流動資産を流動負債で割ったもの。100%未満は短期安全性が低いとされる
※4 自己資本比率:本稿では「株主資本÷総資本」を採用

【参考】

ライザップ 決算資料 他