黄昏の基軸通貨米ドル:ドル基軸が本質的に良くない理由

学生の頃、海外の放浪の旅をしていたころ、米ドルの価値は嫌という程感じていました。当時、東欧諸国は海外からの入国者に対して強制両替制度があり、滞在1日当たりいくらを米ドルで支払い、現地通貨と交換する制度がありました。正規レートと闇ドルとのレートの差は激しく、例えば戒厳令下のポーランドでは3倍以上あったと記憶しています。ソ連でも米ドルショップがあり、一般人が手に入れられないものが豊富にある世界を演出していました。

MarianVejcik/iStock

業務やプライベートで中南米に行った際も米ドルサマサマで、現地通貨より米ドルでした。特にハイパーインフレ下のブラジルやアルゼンチンは現地通貨では商品価格が午前と午後では価格が変わるほどのインフレでも米ドル建てなら価格は安定していました。

そういう経験をした人にとっては米ドルは何処でも使え、安定感がある絶対的に信用できる通貨でありました。まさに基軸通貨といえましょう。

ところで基軸通貨はかつては英国ポンドでした。英国自体の貿易収支は常に赤字だったものの世界に張り巡らせた支配国、影響国からの貿易外収支が大幅黒字で経常収支も常に黒字であったことがポンドを基軸通貨にさせた最大の要因です。その上、英国は長期海外投資を継続していました。この収支のバランスは大英帝国があっての基軸通貨だったという点に着目なのです。

ポンドからドルにその役割が変わったのは第一次大戦頃からアメリカが戦争特需に沸き、貿易が黒字になったのです。その後、黄金の大戦間経済や1929年から始まる大不況を乗り越え、再び大戦がはじまるとアメリカとドルは更に強固な地位を固めたのです。

第二次大戦後、アメリカは日本との貿易赤字を含め、慢性的な赤字に苦しみます。80年代以降の経常収支も真っ赤っか。しかし、米ドルとユダヤとアメリカ国家というトライアングルは様々な困苦や障害もどうにか乗り切って今日に至っています。

以前ご紹介したと思いますが、経済学者ケインズはドルが基軸通貨になることに反対し、バンコールという金とリンクした無国籍通貨を創設することを主張しました。理由は仮に一国の通貨が基軸通貨となり、世界経済が拡大し続けるならその基軸通貨は発行量を増大させ続け、その結果、経常赤字が慢性化し、結果としてその国の信任が下落する「トリフィンのジレンマ」に陥るからであります。

よって本質的にはドル基軸は良くないのです。ところが基軸通貨であることで世界経済の主導権を取れることにアメリカらしいメリットを感じたのでしょう。何度となく通貨バスケットのようなアイディアが出てきていますが、ほぼ実現していません。21年には国際通貨基金のSDRは再配分により国際的準備資産としてはドル、ユーロに次ぐ規模になっていますが、SDRは通貨の機能は持たせていません。ケインズが生きていればこれに通貨機能を持たせた形で新バンコールを生み出していたかもしれません。

近年、ドル基軸に対する疑問が出てきたのは通貨が一国の政治とリンクしたからです。特にウクライナ問題ではロシアに対してドルの供給を閉めることで本来、共通通貨であったドルが不平等通貨になったわけです。これはロシアが不安となっただけではなく、グローバルサウスを含め、必ずしもアメリカに同調しない国に衝撃となったのです。

ブラジルとアルゼンチンが共同通貨構想の検討をしているのも「なぜ、ドルなのだ?」という不信感があるからです。中東ではかつて石油決済でドルからユーロへの動きがあったものアメリカの強い介入を経てドル決済を維持していました。しかし、最近ではその効果も薄れ、中東のドル離れが明確なトレンドとなっています。

つまり世界各地でドル離れが起きており、「通貨によるアメリカとの連関性」が薄れつつあると言ってもよいのでしょう。反アメリカの中国はここぞとばかり中国元取引を大規模に進めており、ロシアや中東、更にはブラジルあたりとも元取引を拡充しています。また香港市場を通じて中国資本市場向け投資では元をベースに開放するなど明らかにその勢いを増しています。

世界の決済通貨の規模ではドル、ユーロ、ポンド、円、元の順ですが、今年6月時点で円の比率は3.36%で元が2.77%、円の比率は下げトレンドで元は急速に伸ばしていることから2025年には逆転するとみています。80年代に騒がれた「円の国際化」は一部では盛り上がりを見せましたが、当時から識者は誰一人「そんなことが起きるわけがない」と非常に冷めた見方をしていました。私も当時、国際貿易を研究していたこともあり、非常に興味深いテーマだったなぁと回顧しています。

基軸通貨米ドルが崩れるとなれば日本経済にも大きな影響が出ます。なぜなら日本はアメリカの国債をドル建てで世界一、保有しているからです。

世の中の常識は永久には続かないことは肝に銘じるべきでしょう。もちろん、今日の話題も何か明白な変化がすぐに出てくるわけではありません。共通通貨を模索するということはドル信任が崩れ、世界経済がパニックになった時、ようやくその必要性を議論するからです。今はまだ、ほぼ誰も現実味をもってこの話題に取り組む人がいません。多分、タイミングとしては主要国でデジタル通貨が運用されるようになった時に変革の時期が来る、そんな気がします。2030年代でしょうか?

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年7月31日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。