支持率低迷の岸田政権が取るべきスタンス:起死回生のアプローチとは

朝比奈 一郎

首相官邸HPより

1. 岐路に立つ岸田政権

岸田政権の支持率が振るわない。

7月28日~30日の日経新聞・テレ東の調査こそ、内閣支持率は40%で横ばいであったが、他の今月の支持率調査では、読売は6%下落して35%と政権発足以来最低となり、共同通信の調査でもほぼ同様に6.5%下落して34%と過去最低水準であった。朝日も37%で5%下落しており、毎日に至っては5%下落して28%と30%を切る水準となった。不支持率も軒並み上昇しており、かなりの確度で、政権への不満が国民的に高まっていると言えよう。

より深刻とも言えるのが、自民党の支持率の下落である。政権の人気と連動してか、各調査で低下しており(朝日は28%、読売は33%、共同は5%も落ちて約30%、日経・テレ東調査は例外的に2%上昇して36%)、毎日に至っては、政権支持率と政党支持率を足した数字が52となり、いわゆる青木の法則(この合計値が50を切ると危険水域)のボーダーギリギリのところまで落ちている。

歴史にイフ(if)はないと言われるし、政界では特に、「~だっ“たら”、~であ“れば”」という過去への想いを語っても仕方がないと言われるが、とはいえ、こうなってみると、やはり、多少無理をしてでも、G7広島サミットの直後、支持率が比較的高かった時期(5月末~6月上旬。特に解散という伝家の宝刀を総理が抜きかかった国会会期末の6月半ば)に、解散という勝負に打って出なかったのは、岸田総理にとって痛恨事だったかもしれない。

当時は、特に東京を舞台とした自公の亀裂、更には、総理自らの長男の不祥事(昨年末の公邸での私的なパーティ写真の流出)という二重苦で、岸田総理としても、抜きかかった解散という刀を元の鞘におさめざるを得なかったわけだが、その後、より深刻な二重苦が襲いかかってきてしまった。マイナンバーと木原官房副長官を巡る報道だ。

前者については、今週にも、来秋からの従来の保険証廃止の方針を見直す決断がなされるとも言われており、度重なる不手際の発生がボディーブローのように政権の基礎体力を奪っている。国民的人気の高い河野大臣が追い込まれてしまっているのが誤算だ。個人的には、大きなシステム変革を伴う場合、まあ、一定のエラーの発生は確率論的に仕方がない気もするが、エラー発生の予見力とその対応についての準備が欠けてしまっていたのは確かであろう。

後者、すなわち木原官房副長官の一件については、真相は分からないが、より深刻なのは、事件そのものというより、木原官房副長官という「要」を外さざるを得なくなる事態だ。

党内で、相対的に弱い派閥である岸田総理率いる岸田派は、中堅以上の人材という意味でも、人数という意味でもやや心もとない。特に、内閣の屋台骨とも言える官房長官ポストなどを他派閥に譲らざるを得ない中、松野官房長官以上に政策・政務の結節点となっていたのが岸田派の木原官房副長官である。

2. なかなか見当たらない政権浮揚策

この10月で発足丸2年となる岸田政権は、ただでさえ「歌手一年、党首二年の使い捨て」とも言われる政界にあって、国民からも自民党内からも「飽きられ」はじめており、ここからの政権浮揚は容易ではない。

そんな中で、政権浮揚の一つの切り札となるのが9月11日の週とも噂される内閣改造だが、そこで、木原官房副長官を交代させるとなると、なかなか代わりが難しい。敢えて言えば、官房長官の方で、上川陽子氏や小野寺五典氏を活用するという策がありえるが、果たして、現在の岸田派の状態で、党内の納得感をもって官房長官ポストまで取ることができるかは怪しい。

かといって、副長官という立場で、岸田派の番頭として親分の総理を支えつつ、党内や霞が関内に睨みを利かせることのできる政策と政局のキーパーソンがいるかというと、木原氏の他に見当たらない気がする。

内閣改造で、女性閣僚や若手の抜擢などを強化して、少なくとも一瞬は、支持率を上げることは可能かもしれないが、そうした小手先の打ち手はすぐに馬脚が表れてしまうし、こうした本質的ではない形での抜擢は、却って党内の不満を高めたり、抜擢者の新たなスキャンダルの露見を招いたりして、中期的には政権運営をより不安定にしてしまう。

内閣改造以外だと、外相を長く務めた岸田総理としては、先般のG7広島サミットなどに代表されるように、外交で得点を重ねて政権浮揚につなげたい思いもあろうが、正直、あまり期待はできない。昨年に続いて、今月は、NATO首脳会議に出席したり、中東三か国を歴訪したりして、欧州や中東とわが国の距離を縮めたが、メディアでの扱いは小さく、政権浮揚とはならなかった。

これから、日米韓の首脳会談(アメリカ)、ASEAN関連首脳会合(インドネシア)、G20首脳会合(インド)、国連総会、11月のAPEC首脳会合などの外交日程が目白押しだが、目玉となる合意なども想定しにくく、支持率上昇にはさほど寄与しないのではないか。

むしろ、10月からのインボイス開始やマイナンバーに関する決断など、不人気政策・前言撤回施策の実施が控えており、前途は多難である。そんな中、特に自民党・政権にとって不気味な存在となってきているのが、日本維新の会の勢力拡大だ。

はっきり言って、これまでの岸田政権は、野党の不人気に支えられていた部分が大きい。立憲民主党は、少し前までの枝野党首や福山幹事長の「左派的・野党的な与党への抵抗路線」が挫折する中、泉代表という新しい顔を立てて現実路線にある程度舵を切ったが、「岸田政権・自民の方がまし」という国民的機運を塗り替えられずにいた。

また、当初より現実的野党だった国民民主党は、小さくともキラリと頑張っている面はあるが、国民的に広がりを持つまでには至らず、自民党、特に岸田派(宏池会)との合併すら噂される感じで、自民に代わる勢力というイメージはない。

そんな中、統一地方選・各種補選で春に勢いを見せたのが日本維新の会だ。7月20日の青山社中フォーラムで、馬場代表は、これまでの日本新党ブーム、民主党ブームなどとの違いは何なのかという私の質問に対し、「首長や地方議会を中心とした、地方での実績や地域での地盤の強化」ということを明確に掲げていた。

実際、大阪の地域政党とみなされていた維新は、関西一円に広がりつつあり、神奈川や東京などでも勢力拡大が確実となってきている。統一地方選では、地方議員の数を目標数(600)を大きく超えて774議席獲得し、地域に根差した拡大が浸透してきている。

馬場代表は、戦略目標を明確に「まずは、野党第一党となる」と明示しており、上記の弊社フォーラムでも、パネルディスカッションでの私からの質問などに対し、「立憲民主党とは“未来永劫”組むことはない」などと述べ、また、その後、報道によれは、共産党の存在否定とも取られかねない過激な発言をするなど、意図的に、野党間での競争優位を示すべく、炎上商法に走っている。

同時に、上記フォーラムでも「元々自民党である」ということを強調し、最近は、第二自民党という表現も使っているが、現実的な政権担当可能性のある政党ということを標榜しつつある。

こうした状況下、特に私が勧めているわけでもないが、最近、青山社中リーダー塾生・リーダーシップ公共政策学校生の中でも、維新の会からの国政・地方政治への立候補を企図する者が増えていて、実際、衆院選の公認も獲得して東京から立候補する者も出てきている。

最近の大阪・関西万博での各種パビリオンの建設の遅れや、開催延期の話の浮上などは、むしろ、岸田政権が危機感から維新の得点(維新は事あるごとに、大阪府政・市政の成果として万博誘致などを挙げている)にケチを付けようとして、わざとやっているという噂も流れるくらいになっている。

噂の真偽はともかく、維新の躍進は、野党の敵失(野党よりは岸田政権の自民の方がましだろう)に助けられてきた岸田政権にとっては、「本格的な改革を希求しているし、民主党系よりは目新しいので、一度、彼らに任せてみようか」という機運が高まることは避けたいところであり、維新が次の選挙ですぐに政権を取ることはないとしても、政権の運営的には、維新の台頭は頭の痛い問題であろう。

3. 本質的に取るべきアプローチ

今後、外交その他、大きく政権の支持率を上げる策が見当たらず、マイナンバーの見直しやインボイスその他、不人気政策の推進が避けられない中、また、相対的に維新の会の人気が上昇して行く中、内閣改造も不発どころか、要となる人材を外さなければならないとなると、岸田政権は本質的にどのような策を取るべきだろうか。

一つのアプローチは、岸田総理が「本当にやりたいこと」、「やるべきだと考えていること」の原点に立ち戻り、その施策を推進すべく、国民に直接に語りかけるくらいの気合で迫ることである。少し前の小泉政権における「郵政民営化」のように、常識的には考えられないことをしても(与党を二つに割るような刺客を立てての解散など)、国民に必死に訴えることで、浮かぶ瀬もある。

しかし、このアプローチの難点は、岸田総理が本当にやりたいこと、が見えないことである。元々「聞く力」を標榜して成立した政権でもあり、そもそも「やりたいこと」を前面に打ち出す感じでもないが、そんな中、一応、防衛力の増強に道筋をつけたり、異次元の少子化対策を出してみたり、新しい資本主義の中で賃上げやスタートアップ育成にいそしんではいるが、どうも迫力に欠ける。

今更、「実は地方分権がやりたかった」とか、「少子化対策は、実はこんなものではないので、もっと迫力をもってやる」などと訴えることも考えられるが、また、おそらく、政権が順調に推移していればどこかで打ち出したかもしれない「憲法改正」もタマとしては考えられるが、正直、岸田総理のキャラクターや過去の歩みと重ねて考えると、取ってつけた感が出るのは否めない。

唯一、岸田総理の思想信条と重ねて迫力が出るのは「核なき世」といった平和に向けた姿勢であるが、ロシアのウクライナ侵略が長引き、ロシアに対して毅然たる態度を示さねばならない中にあっては、その主張は迫力に欠ける。「核なき世」と言いつつ、ロシアが核を仮に用いる場合は、G7議長国として、報復として核使用するくらいの姿勢を見せなければならない状況だからだ。「力には力を」の現実の中では、岸田氏の「核なき世、広島からの総理ならではの訴え」も悪い意味でポエムにしかならない。

では、最後に残されたアプローチは何であろうか。それは「マネジメントの岸田」というアプローチである。岸田総理が、「私は、〇〇という政策をやりたいし、やるべきである」というリーダーシップ的アプローチ(“始動”力)を発揮できないとすれば、もはや、そうした政策を若手のリーダー(始動者)に委ね、自らはそうしたリーダーたちを束ねるマネジャーとして振る舞うことだ。

具体的には、例えば、①地方創生、②農業、③スタートアップ推進、④少子高齢化対策、⑤デジタル化やインフラの見直し、などの重要政策を5~10並べ、若手や民間人などの本当に改革マインドのあるリーダー(始動者)、それら政策の推進に想いのある人材を政界・官界・民間人問わずに、適材としてトップなどに据え、彼らが改革を推進できるように、自らはマネジメントに徹するという方策である。

現在おかれている状況、特に党内における政権や派閥の位置づけの違いなどから、単純には比較できないが、敢えて言えば、超長期政権を達成した佐藤栄作氏のスタンス(党内の若手改革派などをうまく任用し、人事の佐藤、などと言われた)を目指すべきであろうか。

スーパーマンの項羽に対して、個別には彼に比べて能力に欠ける劉邦が勝利したように、キレキレの優秀さで改革を主導するイメージのない岸田総理は、マネジメント路線、時に恐怖心を与えたり、時に優しさで包んだりしつつ、後進をうまく活用する路線を目指すべきではなかろうか。

以前からこのメルマガで強調しているが、安倍政権の際も、菅政権の際にも言及したとおり、私は、民主主義対権威主義という国際情勢の下では、民主主義陣営側としては、その不安定さという相対的弱点をカバーすべく、せめて、極力、ある程度の長期政権を達成すべきだと主張してきた。

岸田総理は個人的知り合いでも何でもないが、一国民として、政権の安定及び、本質的な日本の改革の進展を個人として望まないわけにはいかない。

読みようによっては、以上の策は、一国民の戯言に過ぎないかもしれないが、割と真剣に、内閣改造などを契機とした、岸田政権の上記のような本質的な改革アプローチへの戦略変更に期待している。