トランプの最大の敵はトランプだ

ドナルド・トランプ前大統領が粛々と2020年大統領選での敗北を認め、機密文書を大人しく公文書館に返していれば、今のような法的危機に陥る必要は無かった。しかし、トランプ氏は自分がしでかした失態のために、最悪のケースでは刑務所送りにされてしまう事態に自分を追いやった。

トランプ前大統領HPより

2020年大統領選の勝敗を決めた郵便投票

コロナ禍で現職大統領に大逆風が吹く中で実質4万票差までジョー・バイデン氏を追い詰めたトランプ氏のパフォーマンスは大健闘だった言えよう。また、その僅かな差はトランプ氏が郵便投票を促していれば逆転可能な票数であったように思える。

実際、民主党支持者が郵便投票を利用する傾向にあったため、郵便投票の奨励が民主党の得票数の増加につながってしまうというトランプ氏の懸念は部分的には間違いではなかった。しかし、選挙後に行われた世論調査の数字を見ると、6割が郵便投票を利用したバイデン支持者には及ばないものの、トランプ支持者の3割も同じように郵便投票を利用している。

また、2020年大統領選での郵便投票は年齢を重ねるごとに利用する年齢層が高くなる傾向があることも見られた。コロナウィルスに感染した時の重症化や死亡のリスクが高くなる高齢者にとっては人との接触を回避することは合理的な選択であり、65歳以上の民主党支持者の70%、共和党支持者の42%の共和党支持者が郵便で投票を行っている。

統計的に共和党支持者に高齢者が多いこと、高齢者が郵便投票を利用する傾向にあることを鑑みれば、バイデン票ほどでは無かったかもしれないが、トランプ氏も郵便投票を通じて票の上積みを十分に期待できた。

しかし、トランプ氏は郵便投票を奨励すれば民主党支持者がより投票に行くという動機付けをしてしまうことを恐れ、郵便投票の信頼性に疑問符を投げつけた。そして、大統領選の直後に行われたジョージア州補選の結果からトランプ氏の主張により実際に投票行動を放棄する有権者がいたことが分かっている。もし、2020年大統領選で投票を放棄した共和党支持者を投票所に向かわせることにトランプ氏が成功していれば、4万という票数など簡単に覆すことができ、今でもトランプ政権が継続していた可能性は高かった。

大統領選後の言動が裏目に

大統領選前のトランプ自身の立ち振る舞いもそうだが、現在の彼の訴訟まみれ状態に直結したのが、彼の選挙後の言動だった。大統領選での敗北が認められなかったトランプ氏は、組織的に大統領選の結果を不当にも覆そうと目論んだ。その計画が災いし、ジョージア州と連邦レベルで二つの刑事訴追を受ける羽目になっている。

また、機密文書をめぐる刑事訴追もトランプ氏の自業自得の結果である。トランプ氏は一年近くにわたり公文書館から自身の邸宅に持ち帰った機密文書の引き渡しを要請されていた。その間に機密文書を返還していれば罪にはなっていなかったものの、トランプ氏はそれらの文書の引き渡しを拒否するだけではなく、全ての文書を返したとの虚偽の回答を当局にしている。

トランプ氏の弁明としては、大統領権限で機密文書が全て機密解除されていたとしているが、録音された音声によりトランプ自身が機密解除されていない文書を保持していたことを認めており、且つその文書をジャーナリストに見せびらかしていたことが明らかになっている。

果たして、トランプ氏が機密文書を頑なに手放さなかった理由が、彼の虚栄心を満たすためだったのか、それともその他の理由が関係していたかどうかは来年に予定されている裁判によって全容が明らかにされていくであろう。

トランプは勝ちたいのか?

トランプ氏が良き敗者であることを選択していれば、彼は容疑者になることもなく、今よりもさらに強い政治的立場にいることが出来たであろ。そうなれば、今のような競争的な予備選も戦う必要もなく、共和党は挙党一致でトランプ氏で2024年大統領選を戦うと即決したであろう。

また、トランプ政権時代に米国経済が絶好調だったことを鑑みると、物価が高騰し、不況が訪れるかもしれないとされる今の経済状況は自分の最大の強みであった経済をアピールするのにこれ以上ない状況である。しかし、有罪になるリスクがあるゆえに、選挙の結果を左右する無党派層はトランプ氏を投票先として忌避する傾向を示しており、経済面でのトランプ氏の功績が相対的に矮小化されてしまっている。肝心の共和党支持者でさえもトランプの有罪が確定した場合、45%が彼に投票しないと答えている。

何よりも、トランプ氏自身が大統領になってどうするかを主張するよりも、いかに選挙が「盗まれた」かを熱心に説いている場面の方が目立ってしまっている。ジョージア州でいかに選挙不正が行われたかという信ぴょう性のかけらも無い報告書をトランプ陣営が発表しようしていることがその証左である。

トランプ氏は自分自身の言動や決断により、自分の再選の可能性を遠ざけてしまっており、彼がそれに気づく気配も無い。その点ではトランプ氏の再選を阻む最大の敵はトランプ自身であることが言えよう。